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あ! 車の音!
慌てて窓から外を見て……がっかり。
なんだ、隣の部屋のあんちゃんじゃないの。 しかも、彼女と食事でもして、その後、部屋に連れ込みか? やるじゃない。
中古のFR車は、いかにもヤンキーっぽいけれど、今日はスーツを着ているし、彼女も毛皮のマフなんかして、おしゃれしている。パーティでもあったのかな?
慣れない雪に足を滑らせて……おっとっと……なんて、ああ、あの細いヒールなら、確かに滑りそうだけど、賭けてもいい。ぜったいわざと。
しかしまったく。
本当によく降るな、雪。
テレビのニュースでも、気象情報がひっきりなし。え? 高速道路閉鎖? やれやれ、これじゃあ彼が来なくても仕方がない。
電話しても繋がらない。きっと、どこか電波の悪いところで渋滞に巻き込まれたんだと思う。
よりによって、イブの夜に……と思うけれど、仕方がない。未練がましく雪を見つめた。
コートにマフラー、手袋、帽子。しかも、足はゴム長靴。がっちり身を固めて外に出てみた。
それでも首に侵入してくる雪が憎い。本当にひやって感じで寿命が縮まりますよ。 空はなんだかオレンジ色。これが雪明かりなのだけど、何とも不気味な色。
お隣さんは、人がいるはずなのに薄暗い。お二人は、今頃ラブラブなんだろうな……。
でも、私ときたらたった一人で、しかも風呂桶という情けないグッズで雪かきをしている。
だって、もしも彼がたどり着いたとしても、こんなに積もってしまったら、車を駐車できないじゃない?
当然、焼け石に水……ならぬ、豪雪に風呂桶なんだけれどさ。実家にある【ママさんダンプ】が欲しいけれど、まさかこの地方でこんな雪になるとはね。
踏み固めるほうが早そう。アパートの回りをえっちら、えっちら、足踏みして回る。絶対に変なおばさんだわよね。ああ、汗かいた。
こんなにがんばっているのに、雪はどんどん積もってきりがないから、あきらめた。
ついに十時半。
雪は降る〜。あなたはこない〜。つい、歌っちゃった。
レストランもしまっちゃったよ。あーあ……。おなかがすいたな。ポテチーでも食べるか? これ、太るんだよね。
まさか、本当に雪道で事故っているわけじゃないよね? 電話も通じないし、不安。
気分が落ち着かないから、再び風呂桶雪かきに挑戦。完全防備で外に出てみる。
すると……。
うわ、タイミング悪し。お隣さんと鉢合わせてしまった。
まぁ、お上品そうなお嬢さん。白いドレスが、まるで雪の精のようではありませんか! きゃー、肩なんかに腕を回しちゃって……。ちょっと会釈したあと、見ないふり、見ないふり。
お隣のあんちゃん、紳士している。車のドアなんか開けちゃってさ。家まで送り届けるのね。見慣れないものを見てしまった感じ。きっと、ラブラブなんだ。くっそー。
お嬢さんにくらべて、明らかに年増の私は、風呂桶片手に中腰で雪かき。まるでこれじゃあドジョウすくい。
あーあ、同じイブの日に。かたやロマンの雪が降り、かたや悪夢の雪が積もる。
ところが……。
ひゅうううううんんん!
何の音? 車が埋まった音。
なんと、あんちゃんのFR車は、たった二メートル走ったところで、雪に埋まって動かなくなってしまったのだ。
そういえば、FR車って雪に弱いんだよね。
せっかくかっこ良く今夜を締めくくるはずだったあんちゃん、ささっと車を降りてきました。車庫から何やら板きれらしきものを運んで来て、タイヤの下に押し込んで再び車へ。
ひゅるるるるるうううん!
はい、間違いなくタイヤの空回りです。再びあんちゃん、車を降りて苛々と板きれをタイヤの下へと蹴飛ばして入れた。
ひゅるるるるううううううううん! バキッ!
板きれ、折れました。
あんちゃん、苛々と再び降りてきて、折れた板きれをぼこぼこ蹴っ飛ばす。見るに見かねましたよ、私。
「あの、手伝いましょうか?」
クリスマス・イブだもの、人助けしてもいいよね?
えんやこら……と、がんばって押しました。
でもね、さすがに女一人に力じゃ、車は動かないです。本当は、あんちゃんが押して私が車を運転すればいいのだけど、免許ないし。
ついにお嬢さんも車から降り、私といっしょに並んで車を押しました。
あああ、かわいそうに。ピンヒールの靴は雪まみれだし、既に靴下はびっしょり。 それに白いドレスには、容赦なく排気ガスの黒い煙が絡み付く……。
ひゅるるるるーん! よいっしょ!
ひゅるるるるーん! どっこいしょ!
ひゅるるるるーん! あらよっと!
やっと脱出。
やった! と喜んだのもつかの間、わずか二メール車は再び雪に埋もれる。
私もお嬢さんも、思わず放心状態です。
無情な雪は、しんしんと降り続けておりました。
やがて、大きなため息とともに、あんちゃんが車から降りてきました。
絶望を通り越して、やけくそ……という表情。案の定、あんちゃんは言いました。
「やめた」
私とお嬢さんは、目をぱちくりさせて、雪の中。
「え? やめた?」
やっと出て来たお嬢さんの言葉に、あんちゃんの言葉は雪よりも冷たい。
「ああ、もうやめた! おまえ、ひとりで帰れ」
あのー、あんちゃん。
ひとりで帰れって簡単に言いますけれど……。
「ほら、そのへんのガソリンスタンドあたりにいけば、タクシーとかひろえるだろ? もう、俺は疲れた。好きにやってくれ!」
あのー、あんちゃん。
それはないんじゃないですか? どう考えたって、この雪道にタクシーは空車で走っているような感じはない。
せめて、タクシーを呼ぶとか、ひろえそうなところまで、送っていくとか、あるでしょうに。
でも、あんちゃんは、車をそこに乗り捨てたまま、彼女をそこに置き去りにしたまま、膨れっ面で部屋に戻ってしまいました。
「俺は知らないからな!」
と、捨て台詞だけ残して。
あの……。
私もお嬢さんも、知っているわけではないのですが。
ハイヒールの足を雪につっこんだまま、お嬢さんも呆然。白いきれいなドレスは泥だらけ、足は濡れたまま、毛皮のマフくらいしか、防寒になりそうにない。
「あの、よかったら、うちからタクシー呼ぶ?」
その声に、お嬢さんははっと気がついて、慌てて首を振りました。
「いいえ、私、大丈夫です。親切にありがとうございます。では……!」
だだだだだ……と足早に、つるつる滑りながらも去ってゆくお嬢さん。
私は雪の中、風呂桶を抱えながら、若い二人の恋の終わりを、呆然と見送ってしまったのであった……。
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