イブの夜、雪は降る
わたなべ りえ
1
男って、釣った魚に餌はやらないっていうけれど、どうしてこうも薄情なんだろうと、すごく思う。特に、今夜のようなイブの夜に、約束破りで姿も現さないとは、言語道断だと思いません?
八時には着く……と言っておきながら、九時になるよ。もう。
窓の外は雪。おうおう、珍しくどっさり降っているじゃないの。ロマンチックな夜になるはずだったのに、さっさと来てくれないとフレンチ・レストランの予約もキャンセルだよ、あそこ、ラストオーダーが十時までだもの。
彼と私のつきあいは五年になる。
ラブラブだったのは、つきあい始めて五ヶ月だけだよ。
いつの間にか、半同棲みたいな生活になっちゃって、それも慣れ慣れになっちゃって、結婚のケの字も言い出さないで、お茶! とか、飯! とか、風呂! とか、叫んでばかりでさ。
私だって、もう二十七歳だよ。
四捨五入して三十歳になるまでには嫁に行きたかったわよ。
それを、ことごとく話をそらすし……。
二十五歳の時、職場の制度が変わって女も総合職を選べるようになった。
世の中の女、すべてがキャリア・ウーマンになりたいなんて思っていたら、大間違いだわよ。本当に迷惑。昔のよき時代の女みたいに、寿退職して永久就職したかったのに。
総合職を選んだのは、それしか選びようがなかったからなの。だって、どう考えたって、コピーやお茶汲みに二十五歳の年増は必要だと思う? 若い子に負けるに決まっている。それをネチネチ「あら、あなた。お茶の蒸らし時間はもうすこし置かないと……」なんて、お局様できるタイプじゃないのよ、私って。
たよりはあんたのプロポーズだけ……って、ビームもオーラも出しまくっていたのに、彼は素っ気なくこう言ったのよ。
「俺、女が自立して働くの、嫌いじゃないから」
ば、ば、ばかやろーーーー!
あんたがもらってくれないから、嫌な仕事を渋々続けているんでしょう!
窓の外はすごい雪。なんと積もっているじゃないの?
車……大丈夫かな? もしかして事故ってる? いやいや、そんな……。でも、不安。
なんせ今、彼と私は中距離恋愛中なのだ。彼の職場から私の家までは、高速を飛ばしても軽く二時間は掛かってしまう。
実は二十六歳の時、まちがいなく肩たたきだと思われるような転勤を言いつかったのよね。やっぱり、私みたいな年齢になって男ほどには使えないとなると、邪魔なんだよね。会社のほうは。
大ショックだったけれど、希望の光も見えていた。だって、これをチャンスに彼が「仕事をやめて嫁にこい」って言い出すかと思ってね。
私、かなり泣きました。半分演技もあったけれど、半分はかなり本気だった。
これでうだうだつきあった五年間に見切りをつけ、別れることになっても仕方が無いと思ったら、涙が止まらなかったのよ。
「離れていたらおつきあいできない。別れましょう……」
女がこれだけ悲痛な顔で泣いていたら、普通は覚悟を決めるものでしょう? なのに、彼ときたら、なんて言ったと思う?
「俺、一度遠距離恋愛ってしてみたかったんだよな」
ば、ば、ばかやろーーーー!
更に極めつけは。
「あ、H市だったら、海あるじゃん。サーフィンできる」
そういう問題じゃないってば!
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