第14話

「すまない。いちばん厄介なのを仕損じた」

 馬型ゴーレムの点検に出てきたリデル嬢に、ラケル氏はそう詫びた。

「気に病まないで。……尼僧院の門までは一緒に来てくださるのでしょう?」

「ああ、もちろんだ」

 ほどなくしてゴーレムの修復が済むと、

 ラケル氏は僕に、馬車に乗れよ、と顎で示した。

 そうだ、もう外で見張る必要はなくなってしまったんだ。


「モローさん! その傷……!」

 エレンは我が事のように驚いてくれた。

「リデルさん、治せませんか?」

「あいにく、魔力には相性がありまして、この方には私では駄目なのです」

 死者である僕に、回復魔法は有害なのだ。その点を上手く誤魔化してくれたようで、ホッとした。

「では私が! 今ならきっと出来るわ」

「ちょっ……」

「無理はおやめなさい!」

 忘れていたが、この少女も回復魔法の使い手だった。

 僕や周りが止めても、彼女は、助かったばかりの被害者に労力を使わせまいとする善意と解釈したらしい。

 僕の上に屈み込んで傷のあたりに手をかざした。

 観念しよう、死者であることがバレさえしなければ、もう何でもいいや……。


 しかし、何も起こらなかった。

 エレンが弾かれたように僕から離れ、怯えはじめた以外は。

「ごめんなさい、ごめんなさい、私、また……」

「おこらないで! お姉ちゃんをおこらないで!」

 僕はあの館で聞いた叫び声を思い出した。

「大丈夫だよ、ここでは誰も君たちを責めたりしない」

「そうですわ。それに、助かった嬉しさでお忘れでも、あなたは身も心も疲れていらっしゃいます。魔法にもその影響が出るのはよくあることです」

 安心したのか、姉妹は抱き合って泣いた。リデル嬢がエレンの肩にそっと手を置いた。


 それからは、馬車は順調に進んでいく。

 僕はリデル嬢からもらった、滅多に調合できない特別製だという薬を飲む。

 ああ、生き返るとはこのことだ。

 傷が癒えるばかりか、忘れていた食欲めいた感覚を思い出すような美味。

 小さな瓶なのが惜しい。



「そうだ。改めて、尼僧院に発つときは知らせてくれないか」

 ラケル氏が姉妹に語りかける。

「わるいが、敵を2人逃しちまったんだ。尼僧院までの危険を排除する目的を果たせなかった。せめてあんた達の道中は護衛させてくれ。

 3日後より後ならいつでもいい。こいつを北都から送ってから、な」

「宿代は、これを持っておきな」

 小さな皮袋をエレンに渡そうとしたが、エレンはすぐには受け取ろうとしなかった。

「あの、それなんですが……やっぱり、私たち、尼僧院に入るのはやめました。仕事を見つけて東都で暮らします。いいよね、メリッサ」

「うん。お姉ちゃんと一緒なら」

 どういう風の吹き回しだろうか。

「そうか……なら、それまでの足しにするといい。引っ越し祝いの代わりと思って」

「ありがとう……ございます」

 エレンは、感激に声をつまらせながら皮袋を受け取った。

 それから、リデル嬢に何か言いたいような、何を言えばいいのか分からないような顔を向けると、銀髪の乙女は、尼僧の卵さながらに優しく微笑んで頷いたのだった。

 馬車は進む。

 僕はやはりあの味を諦められなかった。

「リデル様、あの薬はほんとうにあのひと瓶しかないんですか」

「困りましたね。予備がない訳ではありませんが……これから休息をとれば充分なはずですよ」

「お願いです。今だけでも」

 リデル様の僕を見る目が氷のように冷たくなった。銀のローラ、どんな表情も絵になる女。でも本物にそんな目を向けられたら、僕はきっと死にたくなる。

「仕方ありませんね……ほら」

 リデル様の自在箱から取り出したばかりの小瓶をありがたく頂戴した。

 蓋を開けるのももどかしく一息に飲み干したが、さっきのような魅惑的な味はなく、代わりに急速に意識が薄れた。

 それからのことは覚えていない。


 気づいたら、ラケル氏に与えられたあの部屋にいたのだった。

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不死系ロミオと魔性のジュリエット 蘭野 裕 @yuu_caprice

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