collage(コラージュ)

三鷹朝人

赫(あか)のルディクラウステイル 前編

俺、赤紗鈴真はついてない人生だった。

父はおらず、母は生きることに必死で自分を構ってはくれなかった。

それでも自分なりに置かれた立場を理解していた。

その中でも、自分なりに必死に幸せになろうと努力は怠らなかった。

たったひとりの肉親を支え、友達と助けあい、

自分の手の届く範囲だけだったけれども

それでもなんとか平和に、滞りなく日常を謳歌していた。

ああ、それなのに。どこで自分は間違えたのか。

いや、間違ってない。間違ってないはずだ。

自分が正しいと思ったからこそ戦った。

だけど友達も、教師も、親も、他の大勢の人たちの目も、皆俺を裏切った。

そして目の前にいる奴も――――どうして。

ああ、どうして、俺は……


こいつに殺されなくてはいけないんだろうか。


痛みと憎しみと少しの疑問を浮かべながら、俺は意識を失って倒れ込んだ。


それからすぐに、自分の目が閉じられているのがわかって、

うっすらと入ってくる光の眩しさに少しだけいらつきながら目を開けた。


「あ、起きた」


目を開いて最初に見たものは、屈託なく笑う顔だった。

綺麗なプラチナブロンドの髪に金の目。

声から察するに男性なのだが、顔が中世的な作りなせいか、

声の低い女性と言われても妙に納得する。


(そう言えば、アンバーって狼の目って言われるけど。この人はどっちかって言うと――)


綺麗な猫だ。そう心の中で呟くと同時に、髪をなぜか撫でられた。


「綺麗な赤い髪だね。染めてるわけじゃないんだよね。炎のような綺麗な赤だ」


ぼーっとしていた意識が頭を撫でられた恥ずかしさで急速に覚醒した。

起き上がろうとすると、わき腹に激痛が走って

そのままベッドに体が逆戻りした。

頭が、柔らかい枕にダイブする感触が、妙に心地よかった。


「あー、そのままで」


落ち着いて、と言いながら布団を掛け直された。

ずきずきと痛む傷に呻き声しか出ない。

苦笑を浮かべているその人を見て、また恥ずかしくなった。


「君いきなり現れてそのまま青い顔して倒れたんだから」

「た、倒れた……?」


確かに、倒れ込んだ。腹を刺されて、激痛の中無表情のあいつの顔を見ながら。

だけど、そこから一瞬、ほんの一瞬で視界が変わって。

そこからは何も覚えてない。


「うんうん、混乱するのも無理はない。斯く言う私も混乱したよ」


男は笑顔のまま、納得するという動作で首を縦に振った。


「でも、君の怪我と服を見て、一瞬で理解したよ。そう、君は私と同じなのだと」

「は?」


同じ、とはどういう事なのだろうか。

自分の身に起こっている事があまりにも奇妙な事ばかりで頭が混乱する。

言葉が思いつくのに声に出ない。そんな自分は今、百面相しているのだろう。

男が噴き出したので、失礼な奴だと言う意味を含めて睨んでやった。


「うん、言葉足らずなのは自覚してるよ。居間から説明するから聞いてくれるかな」


男の言葉にとりあえず頷いた。落ち着いて、と言われて軽く、肩を叩かれた。


「君は私と同じ渡行者としての因子を持って生まれたんだ」


とこうしゃ……?と呟くと、そう。と返事された。


「渡行者というのは、数多の数ある断片世界を自由に聞き機できるものを指す。

もちろん誰にでもなれるものではない。生まれつきの因子を持ってないといけない。努力とかそういうものでは取得できない、生まれつきの才能と言うべきかな。それを何かがきっかけで覚醒した場合、その世界だけでなく他の世界に行くことが可能なのだよ」

「世界……」

「そう、例えば君はある事がきっかけでこの世界に来た。ここは元いた君の世界ではない、別の世界だよ。そして私も君の世界に行くことができる。うーん……君の世界で言う所の異世界に行く、という表現だね。で、だ。そのきっかけある、ある事言うのは――――君が元いた世界で死ぬ事だ。そうなることで元いた世界の肉体は消滅して、君は渡行者として覚醒して様々な世界を行き来できる体に生まれ変わる。という所まで理解できる?」


ああ、と彼の説明に納得し、頷いた。

自分がもう死んで別のものになって別世界に来た、という所まで理解できた。

よくある異世界もののセオリーの一つだ。説明がうまい。

ん?しかし何で俺の世界の表現がわかるんだろう。


「何で、俺の世界、とか、異世界なんて表現、知ってるんだ?」

「ん?ああそれはね。君が寝てる間に君の記憶を見たからだよ。

そこからああ、ここ行ったことある世界だなーと思って

説明を分かりやすく表現したわけだよ」

「プライバシーの侵害!!!」

「えっと、プライバシー、個人情報、うん、君の情報ということか。

でも介抱した赤の他人を知らないといけないのは当然と思わないかい?」

「うっ………!」


笑顔で指摘されて、言葉を詰まらせた。確かに、俺でもそうする。

介抱はするが誰か知らないと怖いんだから財布見たりとか身分証明書とか

探してみる。

何も言えずにいると、ほらね、と言われて笑顔が深まった。


「とりあえず、しばらくはここにいるといいよ。

いきなり宿なし、というのも辛いだろう」


それについてはありがたい。いきなり追い出されるのは勘弁だし、

異世界というならこの世界の事を色々と知らないといけないからだ。

それが自分の第2の永住の地になるなら尚更だ。


「宜しくお願いします」

「うん、礼儀正しい子は好きだよ。私は在処(アリカ)。

金貴 在処(カナタカ アリカ)だ。

よろしく、赤紗 鈴真(アカサ スズマ)君」


自分の名前を何故知ってるんだ、と思い、さっき言われた言葉を思い出した。


(そうか、自分の記憶を読んだんだっけ……)


伸ばされた手を、力があまり入らない手でぎゅっと握ると

嬉しそうに在処さんはほほ笑んだ。

あ、こう言う笑顔見るの久しぶりだな。そう思った矢先―――。


ぐー………


盛大になった自分の腹の音が、あまりにもタイミングが良くて

自分でびっくりした。

手を握ったままアリカさんは吹きだして大爆笑するし。

そんな笑うことないだろう。俺だって恥ずかしいわ!


「いやぁ、ごめんごめん。あまりにもベタな展開で」

「自分でもびっくりです」

「うん、うん、そうだろうね。お腹がすいたならキッチン行こうか。

起き上がれる?」


その言葉に促されるように、起き上がってみる。先ほどの激痛ではなく、

じくじくはするものの起き上がれないほどではない。

何とかベッドから出ると、それじゃあ行こうかと促されて部屋を出た。


「しかし、なんで傷を引きずってるんだろう」というアリカさんの呟きは、

その時の俺には聞こえなかった。



そのキッチンは、ゴミ屋敷でした。まる。

汚い。ただただ汚い。そんな表現しかできない。

乱雑と置かれた食べ残しがのった皿やコップ。

ゴミはそこらに散らばっている。鍋はべとべと。

おそらく俺の世界ではフライパンというんだろう

鉄の板は何かの液体に塗れて放置。

かろうじて見える床は黒ずんでいて匂いはひどい。

そしてそこから続くダイニング、リビングと呼ばれる空間も

色んな物が積まれ、置かれている。あまりの惨状にめまいがする。

さっきまでの空間は一体何だったんだ。


「あー、ごめんね。忙しくてめったに掃除しなくてちょっと乱雑なんだけど」

「ちょっと?!これがちょっと?!?!?!」


あまりにも能天気な表現に思わず怒鳴った。傷に響きそうだがお構いなしだ。

痛みよりこの部屋の惨劇があまりに衝撃的だったからだ。


「さっきの部屋も君を寝かせるために片づけたんだよー。

部屋にあった荷物はそこにまとめてるんだ」


そう言って指差された先には大量の本やら色んな器具がただ積まれていた。

今にも崩れそうだ。

駄目だ。ご飯うんぬんよりこの惨状に俺は耐えられない。

母親の適当さを何倍にもひどくした状態だ。

あれでさえ耐えれなかったのに、これはもう駄目だ。


「あああー!ダメだ!耐えられない!」


その声に思わずアリカさんが体を震わせた。いや、もうさん付けやめた。

アリカ、アリカでいい。


「掃除する!掃除用具貸してくれ!!」

「ええ、これを全部かい?怪我追ってるのにそれだけ動くと

体に響くんじゃ……」

「こんな状態だと体よりまず精神がぶっ壊れる!

何時間かかってもいい!やる!」

「ええー……」


俺の渾身の叫びに、アリカの顔が引きつった。

とりあえず、掃除用具!なければいらない袋からまずよこせ!とせっつけば

いくつかもらった。

そこからは怒涛の進撃(掃除)だった。

アリカを引っ張っている者といらないものを選別。

いらないと判断したものはすべて袋に突っ込んだ。

分からないものと言われたものはとりあえず脇によけて

見える様になった床は洗剤片手に磨きあげた。

鍋や食器類、調理器具も別の素材を借りて洗いあげ、

(水は魔法で出してもらった。この時魔法の存在を初めて知った。便利だ。)

更に自分のものではない、同居人のものだと言われて

判断がわからなくなった物を

リビングの一定部分にそれぞれ布を引いてまとめ上げた。

傷が痛んで少し心配されたが、俺はやりきった。

アリカがさすがに心配して手伝ってくれたのがよかったのか、

思ったより早く片付いた。

当の本人は、綺麗になったダイニングテーブルに突っ伏して呻いてたが……。


「ううう……これだけ動いたのは久しぶりだよ」

「手伝っていただいてありがとうございます」

「いやいや、まぁ元は僕達の家だからね。久々にもののない床を見たよ」

「そういえば、ここは後何人が住んでるんですか?」

「4人だよー。今は各々外出中」


なるほど。これだけ物音がしてるにもかかわらず誰一人出てこないのはそう言うわけか。アリカの部屋はリビングにつながるすぐ脇の部屋だがそれ以外の部屋はこの部屋の外の廊下だったり、リビングから伸びる階段の上の2階部分だったり色んな部屋に住んでるらしい。もちろん空き部屋もあるとのこと。そんな事情を聴きながら、俺は簡単な、だけど多く食べれると思って麺料理を作っている。

丁度俺の世界で言う所のスパゲッティに似た麺があったからそれを綺麗になった鍋でゆでつつ肉類や野菜、おそらく食べれるだろうと判断できたものを、味見してみて理解した調味料を混ぜて調理している。

しばらく世話になるんだからこれぐらいはしないとな、と自分で納得した。


出来上がった大盛りパスタは具と合わせると思った以上に量が増えてしまった……。大皿にこれでもかと言う程主張している。

まぁ、食べれなかったら後から帰ってきた人たちに残せばいいし。

湯気を立てたパスタをテーブルに置くと、アリカが目を輝かせた。


「うわー、美味しそうだね。スズマは料理上手だ!」


自分の料理をこれほど喜んでくれるのは、久しぶりだ。

その言葉と表情に、しばらく見てない母の笑顔がダブッた。


『わー、今日も豪勢ね鈴真。あいつもありがとう!』


あの事件以来、全く聞かなくなった言葉を思い出して、それを振り払うように首を振った。

その様子を見て、首をかしげるアリカに何でもありませんとだけ言った。


「あ、でも飲み水きらしてるんだった。丁度いいから倉庫から取ってくるよ」


そう言って立ち上がると、ウキウキしながらアリカがリビングを出て行った。


(本当に食事を楽しみにしてるんだな……)


そう思えば少し心が和らいだ。麺を食べるに必要だと思ったフォークに似た食器と小さな皿をテーブルに置くと、

飲み物を入れるコップも用意しないといけないなと戸棚を探していると何やら騒がしくなった。

気にせず探していると、何やらガチャガチャと音がする。

しゃがんでいて状況がわからなかったのだが何やら音が変だと思い

立ち上がるとアリカではない4人が既に席についてパスタを平らげていた。

え、あれだけの大盛りパスタがもうない!あ、でも4人で食うとなると適量か。

って言うか違う、そうじゃない!

あまりの出来事に俺が立ったまま固まっていると4人が俺に気付いたのか

俺を見て固まった。

そりゃ見たことない人物がそこに立ってたらびっくりするだろう。

お互い硬直しているとそれを打ち破るようにアリカが戻ってきた。


「スズマー!水持ってきた……」


笑顔から一変。無表情。テーブルの上にパスタが消えてると理解し、

さらに4人の口周りなどを見てああ、こいつらが食ったんだと瞬時に

アリカが判断した。


「あーーー!なんで私抜きで4人で食べるんだよずるいじゃないか!!!」


大の大人がひたすらずるいを連呼して地団駄踏んでいるのを持て、若干引いた。

いや、顔が若々しいから違和感はないのだが。

本当に悔しそうで持ってきた水の瓶をテーブルに叩きつけたほどだ。


「いや、それよりもアリカ。その、拾ってきたのかい?新しい子……」

「うん、そうだけどそれがどうかしたのかい?」


緑の髪の人が聞くと、さも当然と言わんばかりの回答を出したアリカに

4人だけでなく俺も呆れた表情を浮かべた。




「というわけで、スズマはしばらく僕達で世話を見ようと思います。異論は聞かないよ」

「いや聞けよ!!」


俺を拾った経緯を簡単に4人に説明し終わると、黒い人が突っ込んだ。

まぁ、当然だろう。

俺は4人に関する紹介を説明の中で軽くされた。

青く長い髪の堅物そうな難しい表情を浮かべているのがソーマさん。

眼鏡を掛けている藍色の髪のおどおどしているのがノクスさん、

深緑のふわふわした髪と雰囲気の人がマオさん。

さっきツッコんだ黒く短い髪に全身黒服の人がネーロさん。

また個性的なメンバーだなぁ、と心の中で呟いた。

ネーロさんがアリカに対して色々怒鳴っているけど笑顔でかわすのはもはやじゃれあいにしか見えない。

他のメンバーはあーあ、またやってると二人を放置して静観している。

そうか、これがこの人たちの立ち位置なのか、と観察していると、ふと視界が歪んだような気がした。

何か、別の景色がランダムに視界に入りこんでくる。浮遊感が感じられ、足がぐらつく。


「スズマ!」


アリカの焦ったような声が聞こえ、フッと意識が戻ると目の前は先ほど自分が綺麗にした床が映った。

かろうじて接触してないのは、右腕が強い力で引っ張られて支えられているからだ。


「大丈夫か?」


ふと見上げると、青い瞳の無表情が映った。ああ、ソーマさんが支えているのか。


「だ、大丈夫です」


そう言えば、ゆっくりと腕を掴んだまま下ろしてくれた。その動作で、俺は何とか地面に膝を突く事が出来た。

気持ち悪さは取れない。さっきまであまり感じなかった傷の痛みが激痛となって俺を襲った。

傷口を見るとさっきまでなかった赤い色が服についている。床には、それが垂れた滴が小さな円を作っていた。


「おい、どうなってるアリカ。普通覚醒したものは死んだ際の傷なんて肉体構成時にはないだろう」

「うん、そうなんだよね。普通はそのはずなんだけど、仮説を立てるならば……」


ソーマさんの発言に、真剣な表情で考えるアリカの言葉を待った。

死んだ際の傷、致命傷という事だろうか。肉体構成時、というのはなんだろうか。

そんな疑問が頭に浮かんだ。


「きっと、スズマの肉体は完全には死んでないようだね」


その言葉に、俺だけでなく全員が首をかしげた。

何を言ってるんだこいつは、という目でアリカを見ている。


「瀕死の状態で因子が覚醒したけど、何らかの拍子に魂だけが先にこっちに移動してきたようだ。

渡行者は自分の記憶と経験を持って肉体を構成する。

だけど覚醒して魂が渡行者として肉体を構成しようとしたけど、

君の元いた世界で肉体はまだ完全に死を迎えず生かされた。

だからその肉体構成が不完全になってしまって、

死ぬ寸前に負った傷が記憶に引きずられて再現されてしまった。

再現された傷は致命傷になるほど深くはなかったけど、

元々肉体構成時に傷を引きずること自体がおかしいんだ。

なるほど、これはちょっと特異なケースだ」


説明されても俺は理解できない。ただ、自分が普通でないことしか、分からなかった。

他の4人も、難しい顔をしている。

理解はできているらしいが、珍しいのか対応に困ってるようだ。


「どうするんだ、アリカ。このままだとこいつはどうなる?」

「うーん、このケースは見た事がないからね。どうなるかは実際私にもわからない。

それでも魂だけの渡行者ってケースはあんまり珍しくはないんだけど

彼はもとからそういう種族ってわけじゃなさそうだから……うーん」


どうしたものか。気長に死ぬのを待って観察するか?とあまりにも無責任な発言をしやがった。

思わずおい!と声を荒げたが、笑いながら冗談だよ。と言った。


「まぁ、とりあえずそれは置いておいて」

「置いておくなよ」

「スズマ君に質問です」

「無視か!!」


ネーロさんの突っ込み癖がうつったようだ。痛みを我慢しながら怒鳴るのはちょっと辛い。

だけど、笑顔で問われた次の言葉に、俺は目を見開いた。


「君、元いた世界に未練はあるかい?」


思わず、言葉を失った。未練、やり残したこと。

あるにはある。だけど、俺自身。あの世界に対しては恨みしかない。

あったところで、何だと言うのだろう。


「君が元いた世界で死ねば、渡行者として完全に覚醒する。

だけど渡行者は君の元いた世界の種族とは違うものだから君は元の君ではなくなる」

「それほぼ、確定事項なんだろう?」

「うん。正直、君はすでに不完全とはいえ覚醒しているから渡行者になるのは確実だ。私が言いたいのは―――」


一呼吸を置いて、俺の目をまっすぐ見て、アリカは言う。


「君はこのまま死ぬだけなのを待つか、それとも君が死んだ原因を知ってから死ぬか」


アリカのその言葉に、俺は反論した。なぜなら――――


「死んだ原因は知ってる」

「おや、そうなのかい?」


意外だ、と言わんばかりに言われた。自分の死因なんて、直前まで生きていた俺が一番よくわかっている。

そう、思い出す。何があったのか、どこにいたのか。


「友達に、学校に呼び出されて……そこで……いきなり、刺された」


思い出す。痛みと憎しみと、後悔と嫉妬。黒い感情だけがぐるぐると渦巻いていくのがわかる。

フラッシュバックする自分が殺される瞬間の記憶。

脳内で再生されたそれが、目の前にないはずなのに目の前で再生される。

目の前が、怒りで真っ赤になりそうになる。


「ふむふむ。じゃあなんでその友人は君を刺したんだろう」

「さぁ、自分の経歴に傷でもつけたくなかったんじゃねぇか?」

「ほうほう」

「やってもないのに泥棒扱いされて、周りは片親だからとかくだらない理由でこっちを信じないし」

「ふむ」

「母親も俺の言う事信じないでひたすら周りに謝って俺を怒るし」

「証拠だって出てない。周りの証言だけなんだよ。素行だって悪くなかった、はずだし」

「なるほどねぇ」


俺の言葉を促すようにアリカは相槌を打つ。

俺はそれに引き出されるように自分の想いを言葉にする。

そうだ。自分は悪くない。悪いことなんて、何一つしてない。

なのに、なんで――――。


「やっぱり、君は納得してないんじゃないか」

「え?」

「自分の死に、自分の置かれていた状況に。何一つ」


言葉にしてみて、アリカにそう言われて、再認識した。

確かに、自分は納得してない。

殺されなければいけないことなんて、何もしてない。

ましてや、自分を刺した友人は――――自分と最も仲のよかった、

幼馴染だった。

柚樹(ユズキ)。責任感が強くて真面目な優等生だけど不思議と気があって

ずっと仲良くしていた、親友。

それがなぜ、俺が刺されなければいけなかったのか。

柚樹は、なんでそんな凶荒に走ったのか。

分からなことばかりが俺の頭をぐるぐる駆け巡る。


「自分の死に関わる真相を確かめたほうがいいんじゃないかな。

じゃないと、すっきりしないと思うけど」

「だけど、今更わかったところで……」

「そうだね。君自身死ぬことに変わりはない」


断言された。そう、自分が死ぬことは確定事項だ。

元の世界で生かされていたとしても、おそらく時間の問題だ。

致命傷を受けているのであれば、いずれ俺は死ぬ。

だけどね、とアリカは俺に言葉を続けた。


「それは君の気持ち次第。これは、死ぬ運命にある君が今唯一選べる結末だ」


その言葉に、胸がつまった。確かにそうだ。現在選べる唯一の選択肢。

知らないまま死ぬか。真相を知って死ぬか。

それはちょっとした差異なのかもしれない。

それでも、このままよりは―――――。


「確かに、俺は納得してない。何も知らないまま死ぬことになる。

このむかつく気持ち抱えたまま」

「うん」

「だったら、せめてこの気持ちをどうにかできるならしたい。

自分が選べるならば、俺は―――」


自分の言葉を、アリカは待っている。

俺は一呼吸おいて、こう言った。


「俺は納得できるかは分からないけど、真実を知りたい。暴きたい。

そして知らしめてやりたい。

自分はちゃんと生きてたんだと。後ろめたいことは何もなかったと。

お前らに後ろ指刺されながら生きたんじゃないんだって事を」


そうだ。自分は短い間だったこの中でもちゃんと生きてきたという事を

伝えたい。

そう、あいつに。柚樹にお前に刺されなければいけないことなど

一つもしてないと文句の一つでも言ってやらないと気が済まない!

そうだ、あの警官や俺に罪をなすりつけたあの憎きクラスメートにも

ぎゃふんと言わせて、それから……。


「おいおい、色々やばい事口に出てるけど大丈夫かアイツ」

「よ、よっぽど恨みが深いと見えるね……」

「まぁ、冤罪で腹刺されて殺されるってそりゃ普通むかつくでしょ」

「いやむかつくって言う感情すらわく前に死ぬだろ普通は」


俺を遠巻きに見ていた4人が口々にそう言った。

悪かったな、ほっとけ。


「まぁ、何はともあれこれも縁だ。私たちが手伝ってあげようじゃないか」

「「「「「は?!」」」」」


アリカの発言に俺だけじゃなく、その場にいた4人まで俺とハモった。


「安心したまえ。ここにいるものは全員私や君と同じ渡行者だ。

君の世界に行くぐらい訳ないさ」

「いやいやいやいや!何勝手に決めてるんだよ!」

「え?駄目かい?」

「駄目、駄目じゃなくて勝手に決めるなってーの!」


ネーロさんが思いっきり詰め寄ってる。まぁ、それはそうだろう。

他の人が拾ってきた赤の他人の面倒事なんか普通は引き受けたくない。

俺も理解できるので別にいいです、と言おうとした時。


「うーん、でもね。君たちが勝手にさっき食べた机の上のご飯。

彼が作ったんだよね」


アリカの言葉に全員動きが止まった。

いいなー、私も食べたかったなーと言いながら

言葉でじりじり4人を追い詰めた。なんだか、雰囲気が黒くなってきた。


「おいしかったよねー、そうだろうねー。私の分まで食べてねー。

しかもこの部屋一帯掃除したのも彼だよー」


すごいよねー、誰が汚したのかなー。という笑顔が黒い。

邪悪な笑顔だ。漫画だと上半分に影が付くぐらいには怖い。

掃除に関しては自分の事を棚に上げて笑顔で責めてるよ4人を。

自覚があるのか他の4人全員目を逸らしてるし。

一食の恩ぐらい報いても文句言えないよねー。と更に迫っている。

あ、ネーロさん一番逃げたそうだ。


「わーったよ!やればいいんだろうがやれば!」


あ、ネーロさんが陥落した。よっぽど圧がかかった笑顔が怖かったらしい。


「僕…も、いい……よ」


そう言ったのはノクスさんだ。

それに続いて「うん、僕も問題ないよ」、「俺も構わん」と

マオさんとソーマさんが二つ返事をした。

ね!皆いい人でしょ?というアリカに

「ソウデスネ」と片言でしか返事ができなかった。

一人は完全に脅しに屈した形だろうから。すみません、と心の中で謝った。


「それじゃ、行こうか。スズマの世界へ」


はりきって行こうー!というアリカのやる気満々の掛け声に、

返事したのは俺も含めて誰もいなかった。




あれから、俺の知らない間にだいぶ騒がれているようだった。

窃盗の前科あり高校生の俺は刺されて現在病院に入院中。

意識は無く昏睡状態でかろうじて生きている。

警察は俺の意識が回復次第事情聴取をするとのこと。

犯人はまだ捕まっておらず、現在捜索中である。

凶器は見つかったが、指紋は見つかってないとのこと。

警察というものは無能だな、と愚痴る。

ただ、犯罪経歴のあるとされる俺が刺されたと言う事は

怨恨ではないのかという事で、ない事ない事が週刊誌やテレビに流れている。

真面目だったら憂さ晴らしに非行に走ったとか、実はヤバイグループと付き合いがあったとか、片親だから教育がよくなくてなど様々だ。

共通点があるとすればそれは悪意のある根拠なき噂話であることだ。

それを面白おかしく推論を立てて現実味を帯びさせて俺を、母を中傷する。

果ては殆ど口もきいたことのないクラスメートが

「いやー、実は俺あいつがヤバイって思ってたんすよー」と

自分が目立つためにそう発言するのを目撃した。

あまりにも傍若無人な今の状況に、俺はただ見ていることしかできなかった。

なぜなら―――――


「スズマ、そんな眼をしても他の子は気付かないよ。君、今幽霊みたいな状態だから」


そう、俺の体は現在透けており、この4人以外から誰も認識されなくなっていた。

普通、渡行者は別の世界に移動しても肉体は因子に情報として記憶されているため、そこから構築されるためよく小説にある『現界』状態になるはずだった。

だけど、今俺の肉体はこの世界で『生きている』状態であるため、

肉体は完全に構築されず中途半端に現界している、とのことだった。


「さて、僕達は今この世界ではスズマのネットの友達という設定でここに現界しているよ」

「そうだね、知識はすでにあるから、説明は大丈夫だよね」

「ただ、揃いも揃って高校生とネットやる年齢か?俺ら……」

「ネット、に……年齢は、関係……ない」

「まぁ、それがネット世界の特性だからな。実は年齢知らなかったと言えば通じるだろう」


そう、さすがにこのメンバーはどう見ても全員20代以上である以上、

高校生と不自然ではないつながりを持っておかないと俺に協力ができないと言う事でスマホでのチャットアプリのグループの知り合い、という設定で動くことになった。

渡行者はその世界の知識などは世界に張った瞬間に理解出来ると言う

チートな設定を持っている、らしい。

もうそうなったら神様と同じみたいじゃん、と思ったのは秘密だ。

まぁ、神様は普通自ら動こうとは思わないだろうけど。

で、現在は学校のすぐ近くの人通りのない路地で作戦会議中だ。

何もないところで俺に話しかけるには人通りのないところでやるのが

一番だからだ。

更に言うと、学校の様子を一度見ておいた方がいいだろうという判断もあった。

何せ自分を貶めた犯人と自分を殺した犯人が一堂に集まる場所だからだ。


「あ、スズマ。これもっておいてね」


そう言ってマオさんが俺に差し出したのは3重の綺麗なリングだった。

葉っぱが所々飾りとしてついている。

左の薬指につけて、と言われてえ?!と戸惑ったが、

まぁ、別に結婚のリングでもないしと

何とか自分を納得させてはめた。自分のサイズにちょうど良く一瞬だけ光ってすぐ元に戻った。なんださっきの光。


「それで僕らの位置がわかるから。別行動を取っても大丈夫。

あと、僕らを介して簡単な魔法ならそれで使えるよ」

「あ、ありがとうございます」

「基本魔法はイメージだから。ほら、よくこの世界の漫画や小説だと火を想像したら火を使えるって、あんな感じ」


またもやこの世界での引用を受けて説明された。まぁ、分かりやすくていいけど。

もしかしてこの人もここに来た事があるのか?


「とりあえず、スズマはその体の特性を活かして調べた居場所を調べればいいよ。

僕らもそれぞれ行動を起こして情報を洗ってみるよ」

「何かあったら思念で誰かの名前でも呼べば応答するから。

何もなくても夕方には一度誰かと合流する事」

「わかった」


アリカとマオさんに説明を受けて、俺は頷いた。そこから皆散らばった。

俺も行動を起こした。そう、行き先はもちろん学校の自分のクラスである。

そこに、柚樹も憎き真犯人もいる。さぁ、どうしてやろうか。

そんなことを考えながら俺はそこから飛びあがった。




『ねぇ、アリカ』


念話で、マオが話しかけきたので応答する。


『なんだい、マオ』

『どうして、スズマに協力するんだい?』


その疑問はもっともである。ただの赤の他人に肩入れする理由がわからない。

他のメンバーは一食の恩があるからと言う理由がちゃんとある。

だが、アリカにはそれがない。


『ほら、私も部屋片付けてもらったしね』

『それだけじゃないでしょ』

『何、ちょっとした老婆心さ』

『……』


おそらく疑っているのだろう、マオが黙ってしまった。

何気に失礼だと思ったが、付き合いが長いので自分の事を理解してくれてるからの反応である。そして、それは正しい。降参だ、と私はマオに自分の気持ちを答えとして伝えた。


『そうだね。強いて言えば渡行者として死なせたくない、と思ってしまった、かな』

『ああ、なるほど。恨みを持つ渡行者は、死にやすいからね』


そう、渡行者の肉体は精神状態に左右されやすい。

特にスズマは死ぬ寸前で渡行者になったという珍しいケースだ。

その中で、恨みを持ったままやがて死に、渡行者として完全になった場合

肉体にどう影響がでるのかがわからなかったのだ。

恨みを抱いたままだと、おそらくこのまま活動しても体は弱りすぐ死んでしまう恐れがある。

彼を仲間に引き入れたいと思っているから、できれば不安要素は潰しておきたかった。


『彼、期待できそうないい子だもんね』

『うん、ちょっと気にいっちゃったんだよ』


自分でも驚くほど嬉しい感情を声に込めて言えば、マオは軽く笑った。

おそらくこの念話は、慣れてないスズマ以外は全員耳にしているだろう。

それでもいいや。そう考えながら、私は自分の行動に専念することにした。

さて、どこから潰して行こうか。そう悩みながら。

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collage(コラージュ) 三鷹朝人 @saion_hikami

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