悪戯ウサギのフェアリーライト(悪巫山戯エディション)
本陣忠人
悪戯ウサギのフェアリーライト(悪巫山戯エディション)
老朽化してカビ臭い教室の一番後ろの席からクラス全員を見渡す度に思う事がある。
まばらに点在する有象無象はひとりひとり性別も性格も異なって、当然容姿や運動能力或いは知能や知性なんかもばらつきがある。
けれど、思春期特有の浮ついて青く見通しの浅いトレンドみたいな空気感がそうさせるのか―――ある種の強制された根源的な類似点や共通項みたいなものをその中に感じなくもない。
なんて言えば良いのか…どうすれば上手く伝わるのかは分からないが、恐らくは異性や他者を意識した格好付け。
虚飾と同調で厚く塗り固められた虚構がいたるところから見え隠れするんだよね。
作為にまみれた流行りの範囲で作られた量産型の外見とそこから繰り出される画一的な話題。そもそもが有する思想や共感の底の浅さ。
勿論、一人か二人くらいはそこから外れた一匹狼ちゃんもチラホラ見受けられるけれど、それはそれでシンプルなレッテル貼りが出来る程度の範疇に収まるレベルだと思う。ヒトとは違う俺かっけぇー的な浅慮で――厨二病的で高二病の素質を含んだ上で限りなくありがちな――全然特別じゃない普遍的で進歩のない思想体系だ。
少し話が恣意的な方向に逸れたので強引に方向を主題へと戻すけれど―――その割に提起した論説を恥ずかしげも無く引っ繰り返すけれど。
そんなありふれた「個性」でカテゴライズされてジャンル分けされた「無個性」の有象無象に画一的なパッケージング処理を施して狭い屋内に押し込んだのがこの教室と言う訳だ。
各個人の持つ軽微で些細な「違い」を世相や常識で閉じ込める為の
かつて中世の哲学者は人間社会は未だ原始的なジャングルルールに縛られていて、人類の根本的進化と生物としての劇的な変化は望めないと提起していたけれど、浅学の身ながらもそれなりに少し分かる気がする。
人類がおぎゃあと誕生してからずっと
多分、人間の本質みたいな源泉はそんなに変わっていない。
社会を生きる大人が思ったより大人じゃないと同じ理屈だ。社会人とか立派でもなんでもない、ただ社会に生きているだけの人でしかない。
更にそこから枝葉の様に脈々と伸びる文化や社会のミームやらがあって。
それらをまるっと総意や民意の言葉で形成した型枠に流し込んでぐちゃぐちゃと混ぜて不恰好に形成したものがこの世界の
その時々や時代、宗教や人種によって混ぜ方の配分や指揮するマエストロは変わるかも知れないけれど、多分それでもそんなに革新的で根本的なシンギュラリティはありえない。それがきっと種としての限界点なんだ。
はてさて、僕がこんな粋がった思考をつらつらと発生させて、世間様に排出しているのかと言えば…ってバレたかな? 二回目だもんな。流石にバレてるよな。
僕は現在、教室の後ろの方―――教科書や体操着なんかが乱雑に押し込まれたロッカーが立ち並ぶ壁際にて四肢の自由を物理的に奪われてるからに他ならない。
大して詳しく無いクラスメイト達同様に手足をビニールテープで縛られてすし詰めの缶詰状態でボロ雑巾みたく投げ捨てられて転がっている。
平たく言えば捕縛されて人質状態という訳です。
え? 誰に捕縛されたかって?
決まってるだろ―――テロリストグループにだよ。
凄いだろ?
まるで出来損ないの妄想みたいだが、残念これが現状で現実なんだよね、ところがどっこいびっくりだ。
一時間程前に我が学校の敷地内にバカでかくてトランスフォームしそうなデザインのフルトレーラーが数台突入してきたのが始まりで。
その荷台から彼ら一軍が素早く校内に侵入・手早く制圧した訳だ。全米のなんちゃら協会の言葉を借りるならば、
全校生徒の内――恐らく一人くらいは退屈な授業の慰み――その一貫としてそんな益体無き妄想に
どうせ現実になるならば僕のしていた逃避的な妄想―――街角スナップからカリスマ読モになってウハウハ。やがて俳優デビューという罪の無い将来設計を具現化しとけばいいものを…全く、世界って奴はどうしてこう……。
現実逃避のヴァーチャル世代の意識の背後で校内放送が鳴り響く。
洋画の吹き替えの様な低く落ち着いた壮年男性の声が学び舎を満たしていく。
何やら難しい言い回しが多く高度に政治的な香りも相まってちんぷんかんぷんに聞こえたが、それでも何とか掴めた断片とその声明を真剣に聞き入るソルジャー達の表情から国を
その果てにというか、その理念を達成する為の過程でどうして学校を占拠することになるんだ?
君達の目的は何となく分かった。
僕には皆目見当もつかない崇高な使命を帯びた結果の聖戦なのだろう。うんうん、分かるよ。全然欠片も理解出来ないけど、気持ちは分かる。誰でもそういう時ってあるよね。うん。誰しも世界の反逆者さ。
でもさ、なんでこんなことすんの?
ただでさえ閉塞した社会に囚われている若人を物理的な檻に閉じ込めることによる戦術的価値ってあるかなぁ…? 世論操作と人口減少位しか思い付かないが、プロフェッショナル政治犯にはもっとなんかあるのか? 見えてる
価値あるはずの思想とその為の実行に明確な繋がりを見い出せ無くて、僕には分からない乖離したミッシングリンクに思考をシフトした頃、取り巻く状況は一変した。
何処か遠くの方で甲高い銃声が響いた。
その暴力的な音と無機的な反響から発砲されたのはトカレフのコピー品、恐らくは中国製であることが分かった…嘘だ、知らない分からない。適当に吹きました。ごめんなさい。
耳慣れぬ銃声と共鳴するみたく巻き起こる悲鳴に僕も大概テンパってるな…。非日常過ぎるわ流石に。
そうこうしながら短い発砲音と物騒な物音が何度か続き、その度にこちらに近付いて来る感覚がある。
目の前で爆発が起こったのかと思った。
アサルトジャケットを着こなした大男が教室に投げ込まれた。まるでワイヤーアクションみたいにド派手に。
割れたガラスの煌めきに混じって、降り注ぐ光の間を抜けて一つの影が凄まじい速さで移動する。
侵入者は淀みの無い清流の様な動きで一人目の
返す刀を返し続ける事数十秒――見慣れぬ武装組織は誰一人立っていない。
唯一立つのはこの学校において知らぬ者はいない有名人。
彼は両手で髪を掻き上げて溜息を一つ。
「さて、これで全員制圧したかな?」
汗一つ無く、切れる息など持ち合わせていないと錯覚させるほどに優雅に、極めて何でも無いように彼はそう言った。
シリアからの帰国子女であり、元少年兵で偏向的な思想教育を過去に施されたと笑って語る男。
神宮寺・サトル・ヤマナカ君が一人で立っていた。
これは後から聞いた話だが、神宮寺君はその日寝坊した為、少々遅めの登校だったらしい。
遅刻しての重役出勤を果たした彼はすぐにその違和感に気付いたという。馴染んだ校舎から漂う暴力を嗅ぎ付けたのだと言う…って、おいおいエスパーかな?
そして迅速に行動した。
転校初日に校舎内の全てを練り歩き、見取り図と実際の光景を比較した彼は自分だけが知るルートを通り、敵戦力の様子などを把握してから殲滅を開始したそうだ。
その阿修羅の如き戦闘の一端は僕が目にした通り。
敵さんを廃棄物さながらにちぎっては投げ、ちぎっては投げの大立ち回り。鬼神のように圧倒的な膂力で無双したんだと。
それを見て、それを聞いて僕は思ったね。
力こそパワーだと。武力イズ神だと。
という訳でこの夏は筋トレに励もうと思う。手始めにダンベルを買いに行こうかな。
悪戯ウサギのフェアリーライト(悪巫山戯エディション) 本陣忠人 @honjin
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