第3話

真夏の夜の長い坂道を自転車を押して登るのは存外疲れるものだ。この街はいわゆる関東平野と呼ばれる立地なので普段はこんなに苦労することはない。しかし街の裏にある丘を登るとなれば話は別だ。小学生の時には良くこの小さな山に入って遊んでいたが、中学を卒業する頃には近寄ることすらなくなっていた。

「そろそろ交代してやるよ!」

そう言って今度は谷口が自転車を押して登る。だいたいなんで坂道を登るのに自転車が必要なのか。

「帰りは下り坂だから楽だろ?」

そう言ってへらへら笑う谷口。上り坂でむしろマイナスなのではないかと感じるくらいには疲れていたが、反論する気力は無い。山の中腹ぐらいまで登ったあたりで谷口が止まった。

「おまたせしました!ここが今日のメインイベント会場ですっ!」

そう言って指差したのは古い旅館のような建物だった。俺が小学生の頃はまだやっていたような記憶があるが、今はもう所々朽ち果てているようにも見える。随分前に店を畳んだようだ。

「懐中電灯に虫除けスプレーは持ってきたか?それでは肝試しにしゅっぱーつ!」

男2人で肝試しの何が楽しいのか甚だ疑問だが、仕方なく谷口の後を追う。ここで置いて行ったら間違いなく不機嫌なLINEが夜中鳴り響くだろう。


中は外観より広く、物が散乱していた。割れたガラス、倒れたタンス、落ちた照明器具が手放された時間の長さを物語っていた。

「中は思ったより簡単な作りなんだな。あとこの部屋で最後じゃ無いか?」

1部屋が大きいからか、見て回るのにそこまで時間はかからない。最後の扉を谷口が開ける。

「……なんだよなんもないじゃーん。つまんねーな。」

ゲームならここでワッとお化けが出てくるのになどとぶつぶつひとりごちながら散策する谷口を尻目に俺は部屋の奥に足を踏み入れる。足場が良くないので注意深く進むと金庫のような頑丈そうな金属の箱を見つけた。鍵は既に空いてるようだが中を確認してみる。特に変わった様子もなく、中に何か入っているわけでもなかった。

「お化けもお宝もナシか……これだったら女子も誘うんだったなー。」

心底悔しそうな顔をする谷口に溜息をつきつつ外に出ようと促す。部屋を出る間際ちらとあの箱の方を見る。別に俺もお宝を期待してたわけではないが、収穫がなかったというのはなんとも心地悪さを感じるものだと思った。しかしそれも家に着く頃には帰りの下り坂の疾走感で掻き消されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それは蒸し暑い夏のことだった 南極時代 @kuropengin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ