17、ほらさっさとあいつ倒してギャグパートに戻ろうぜベル子ちゃん
「ねえ、何があったの、あっち……」
遠くで火が燃えている。
それを見て、ベルフェゴールは地面に転がったまま聞いた。
ぱたぱたと飛んでいたナヴィが、隣に降りてきて言う。
「小瑠璃が火をつけたみたいだね」
「なんで、そんなこと」
「たぶんだけどね、あの火に自分を巻き込んで目くらましにしたんじゃないかな。〈無敵〉を使いなおす一瞬を稼ぐためのね」
「なに、それ……。自分から、焼かれたってこと……?」
ベルフェゴールは絶句した。
たしかに、目くらましにはなるかもしれない。
でも、それがわかっていても、迷わず実行に移すなんて、普通しない。
というより、できない。
「頭おかしいわよ、あの子……っ」
声の震えはそのまま、ベルフェゴールの自責の念の現れでもあった。
あの子にそこまでさせたのは、私だ。
私なんだ。
遠くの火を見る視界がにじむ。
ナヴィが見ると、ベルフェゴールの目に涙が浮かんでいた。
「煙が目にしみたのかい?」
「……違う。………………なんで、あなたたち、私なんか助けに来たのよ……」
死にに来るようなものだって、わかっていただろうに。
どうして止めなかったのかという意味もこめて、ナヴィを見る。
ナヴィは「さあね!」と投げやりに言った。
「小瑠璃は頭のネジがたくさん外れてるから、そのせいじゃないかな?」
ひどい言われようである。
ベルフェゴールは満身創痍ながら、呆れと軽蔑の目でナヴィを見る。
その視線を受けて、ナヴィは清々しいくらい、きっぱりと言い切った。
「――僕、小瑠璃の考えてることはよくわからないからね!!!」
胸張って言うことか。そう言いたかったけれど、そんな気力もなかった。
――と、ナヴィは続けて言う。
「でもね、わかってることもあるよ」
「……………………なによ」
「小瑠璃は君を助けようとここに来たってことさ」
「……だから、そこの意味がわからないわ。……私たち、敵同士だし……そもそも、会って少ししか経ってないのに……」
「君だって一度、小瑠璃を助けてるじゃないか」
「……逃げ切る算段があったからよ。わざわざ命を捨てに来るなんて、おかしいわ」
そうだね! とナヴィは力強く言った。え、認めるの? と首を傾げるベルフェゴールにはかまわず、
「でも、だからこそ、うちの神様は小瑠璃を選んだのかもしれないね。気がつかなかったかい?」
「何によ……」
「あの子の〈無敵〉が、さっき君にかすり傷ひとつつけなかったことにさ」
そう言われて、ベルフェゴールはハッとした。
『あなたの〈無敵〉でそいつはダメージを受けてた! それは、あなたが心の底ではそいつを味方だと思ってない証拠なのよっ!』
少し前、ベルフェゴール自身が言ったことだ。
思い出して……いったいどんな反応をすればいいのか、わからなかった。
今、自分の体はボロボロだ。
あちこちすり傷だらけで、特に肩はひどいことになっている。ほうっておいたら確実に失血死するだろう。
でも、回復魔法は使わない。
魔力の残りは全部攻撃のために使う。そう決めていた。
ひょっとしたら、ヘルハウンドに攻撃を当てられるチャンスが来るかもしれない。そんなとき、魔力がないじゃ話にならない。
どうせあいつを倒せなければ、ここで死ぬんだ。だから耐えた。限界まで。たとえどれだけボロボロでも。
そんなボロボロの体に、さっきの〈無敵〉でついた傷がひとつもないことに、ベルフェゴールはナヴィに言われて気がついていた。
「…………」
そうだ。
思い出す。
さっき、あの子に庇われたとき――
前に〈無敵〉を食らったときのような、オーラに体を削り取られていくイヤな感じが、なかった。
なかったんだ。
「…………わけわかんない」
いったいどんな反応をすればいいのか、わからないまま。
ちょっと泣きそうな呟きが、唇からこぼれていた。
〇
(なんか死ぬほどクシャミ出そうなんだけど私の噂してる?)
(してるよ!)
なにそれ気になる。
とはいえ、悠長にそんなこと言ってられない。〈無敵〉が解けそうなのを察して、小瑠璃は新しく着火した炎の中に飛び込んだ。
最初のあれを入れて、これで二回目。
もはや発射に迷いがなくなったファイアボルトの連射が、炎の中を通っていく。
地面に伏せて、当たらないことを祈りつつ〈無敵〉を解除。
ほんの一瞬、炎の熱が体を燃やしにかかる。
一瞬でも熱いものは熱い。ろうそくだとかの火の上を、さっと手で横切るのとは、訳がちがう。
でも、まだまだ強がれるレベルだ。
あの愉快な骨の精神攻撃の方が何倍もきつい。あれはホントに死ぬかと思った。
…………そう。だから、それと比べればこんなの、屁でもない。
〈無敵〉のオーラをまとい直す。
耐久だって、よくわからないけど竜級だ。超人的な何かだ。こんな火じゃ死なないぞと自分を励ましながら、炎の中で攻撃の機会を待つ。
(とはいえ、今日一日でジャンヌ・ダルクの偉大さを知りすぎてるぞ私)
〈超再生〉はあるものの、体に熱を通される痛みは、炎をシャットアウトしてもなかなか消えてくれない。
(いい感じに私の限界が近づいてきたな……)
それはヘルハウンドもわかっているだろうが、いちいち待つ気はなさそうだ。
ファイアボルトの爆風が炎をふっ飛ばす。いつのまにか目の前にあったヘルハウンドの尻尾が、思いっきり体をぶった。
乙女にあるまじき悲鳴を上げつつ何十メートルも地下空間をふっ飛んで、壁にぶつかる。ぶつかった壁をぶち抜いて、中にあった空洞にまで転がりこんだ。
「ここは……」
空洞というより、トンネル? たぶん、ベル子ちゃんたちが作った避難用の通路だ。
中はけっこう入り組んでいて、ちょうど隠れられそうだ。とりあえず避難しながら今後を考える。
(不幸中の幸い……まあ、あんまり焦らしてベル子ちゃんの方に行かれるのも困るし、すぐ出るけど)
あいつにとって、今のベル子ちゃんは獲物以下のエサだ。
獲物の私がここで自己主張してる限り、いつでも食えるエサに食いつくことはあるまい。
そんなわけで、一瞬で接近してくるヘルハウンドの気配を感じつつ、自己主張する心の準備。
(魔力は……まだ、残ってるかな?)
自分の魔力、ではない。
ヘルハウンドの魔力だ。
(ベル子ちゃんからの連戦だし、今も魔法連発してくれてるから、けっこう削れてるとは思うんだけど)
――と。
苛立たしげな咆哮とともに、どこからか、ぱちぱちと雷の爆ぜる音が聞こえてくる。
ヘルハウンドは、小瑠璃を探さなかった。
全部まとめて叩き壊す。
少しでも隠れる時間を削って、〈無敵〉が切れる瞬間に立ち会える可能性を上げておくべきだ――そう考えたらしい。
崩落して、隠し通路があらわになっている岩壁の前で、ヘルハウンドはあの黒い雷の球を浮かべていた。
それを、今度は槍にするのではなく大きく膨らませる。直後それが爆発した。
地形を変える威力の黒い雷が、全方位に飛び散る。
隠れていた通路も何もかも関係なく、全てを砕き飛ばした。
「っ、そう来るか――」
瓦礫といっしょに飛ばされた小瑠璃が、宙を舞う。
ぎりぎり〈無敵〉が持続していたおかげで、なんとかダメージはない。
その〈無敵〉が今、解けた。
解けたところで、かろうじて、襲い来る黒い影を目の端にとらえる。
やば。
死ぬ。
――〈無敵〉
魔法が発動する前に、ヘルハウンドの爪が、肩に食いこんでいた。
〇
満身創痍で横たわる、ベルフェゴール。
その目の前で地面が爆発した。
衝撃波が顔を打ち、もうもうと土煙が上がる。
何が起こったの?
そう思うベルフェゴールの見る先で、小瑠璃がよろよろと立ち上がる。
「ひどい傷…………っ!」
虹色のオーラ越しでもはっきりとわかる。右肩が裂けていた。
体を斜めに真っ二つにされる。その途中で運よく攻撃が止まったかのような、そんな傷だった。
(……ううん、真っ二つじゃないか)
と、小瑠璃は思う。
もしあのまま攻撃を通してたら……ミンチで済むだろうか。まあ、どっちみち死んでいただろう。
〈無敵〉を発動させきる前に、食らった。
もっと正しく言うと、食らっている最中に発動した。
ヘルハウンドの爪でばらばらになる前に、なんとか無敵さんが体を覆ってくれた。
肩から食い込んだ爪は弾かれて、代わりに衝撃が小瑠璃を初期位置まで吹き飛ばしたと、そういう顛末だった。
それにしてもあの犬、こらえ性ないな。私を食べるつもりだったくせに、一瞬殺しにかかってきたぞ……
まあ過ぎたことはもういいか。ベル子ちゃんとナヴィのことはひとまず置いて、死にかけているせいかやけにぐるぐる回る頭で状況分析に勤しむ。
現在、満身創痍。
体はろくに動かない。
血がダラダラ出ている。
(あー……
どん、と衝撃。
せっかく頑張って立ったというのに、また地面に倒されていた。
仰向けにされた私の隣で、現れたヘルハウンドがよだれを垂らしている。
この〈無敵〉が解けるまで20秒と少し。
その瞬間を待っているのだ。
待って、そのあと、食べる。
喉笛にぞくっと寒気を感じて、体をよじる。前足で叩かれ、元の姿勢に戻された。
ベル子ちゃんが叫んだ。
「なんでよ!」
何がだ。
今は余計なこと考えてる余裕ないんだから、もっとわかりやすく言ってよ。
そんな気持ちを察してくれたのか、ベル子ちゃんは続ける。
ううん、続けるというか、元々一続きのセリフの途中で、私がごちゃごちゃ考えているっぽい。
時間を遅く感じてる。
ヤだな。縁起でもないぞ。
「私なんか放っときなさいよ! そしたら、そんな目にあうことなかったじゃないっ! 死ぬことだってっ……」
ベル子ちゃんは言った。
――20秒。
「勝手に死ぬとか決めないで」
むかっとして言っていた。
ベル子ちゃん、君はなんにもわかってない。
この期に及んでもまだ、私は死ぬつもりなんか全然ないってことを、わかってない。
私は死にに来たんじゃなくて、君を助けに来たんだ。で、まだそれをあきらめてない。
でも、説明してる時間はないよね。
だから、もっと大事なこと言うよ?
「いい? 私はベル子ちゃんをすでに友達認定しているの。これはもう何があっても変わらないの。わかる?」
自分で言っててなんだけど、これじゃ伝わってないな。
しょうがないかな。昔から何考えてるのかわからないって、よく言われるし。
時間がもったいないけど、じゃあ、もっと言うからね。
けど、その前に――
薄れつつある〈無敵〉さんを、無理やり強める。ようするに気合いだ。まるで爆発するようなその勢いで、隙あらば体を押さえつけてくるヘルハウンドを引き剥がす。
ちょっと気が遠くなったけど、どうせもうすぐ終わる。出し惜しみはなしだ。
立ち上がろうと体に力を込めながら、言う。
――15秒。
「私さ、ベル子ちゃんに会えて嬉しかったんだよ。……転生したのは自分の意志だったけど、このまま一生ナヴィとしか話せないのかなって、ちょっと思ってたからさ」
なんでそこまで。
そう思ってるだろうベル子ちゃんを見る。
そう、嬉しかったんだ。
たぶん、これでわかってくれるよね?
このワンコのせいで、ベル子ちゃん、私たちに会うまで独りだったんだから。
私は、友達が欲しかったんだ。
場所が場所だ。お互いあっさり死なないという前提だけど、一生ものの付き合いになるだろう。
いい人だってことは、この前助けてもらってわかってる。ナヴィと仲が悪い? そんなのどうとでもしてなる。というかする。
だからたぶん、うまくやってけるだろう。たぶん。
それだけじゃ、私が命を張る理由にはならないかな?
ならない?
じゃああれだ。なんとなくだ。
なんとなくびびっと来たから、がーっと走ってきて、今うぉーって戦ってる。まあそんな感じで。
伝わってるかな?
あ、ちょっと伝わってるっぽい。
伝わってなくても、いいっちゃいいんだけど。
まあようするに、
「私はベル子ちゃんが好きだ。だから来た。以上」
早口で言う。
要約しすぎたかな。まあいいよね、伝わってるみたいだし。
ちょっとベル子ちゃん、何泣いてんの。まだベル子ちゃんの仕事残ってるよ?
だから、泣くのはまだ早いって。
「ほら、さっさとあいつ倒してギャグパートに戻ろうぜベル子ちゃん」
「…………う、ん!」
(ねえナヴィ)
(なんだい?)
(かっこいいことはもう言い終わったんだけど、怒濤のご都合主義で新たな力に覚醒する展開はまだ?)
(そんなのないよ!)
(マジかー)
「じゃあ、自力でなんとかするとしますか」
――10秒。
よろよろと立ち上がる。
ヘルハウンドはすでに跳びかかる体勢を整えていた。
無敵が解けると同時に、とどめをさすつもりだ。
さっきみたいに炎で目くらましをする余裕はもうない。
そんなつもりも、もうなかった。
目くらましで勝てるだなんて思ってない。
あれは、ヘルハウンドの馬鹿げた魔力を削るためだけにしたことだ。
(ナヴィ、どう?)
(うん。魔力の減少、十分だよ!)
よし、とうなずく。
「ベル子ちゃん、合図したらすぐ〈空間歪曲〉! 私の右ポケットに攻撃を誘導!」
ベル子ちゃんのスキルはここに来る前、前にナヴィがのぞき見したのを聞いている。
それ込みで、作戦を立てた。
「は、はい!」
ベル子ちゃんはうなずいて、合図を待つ。
無駄なあがきを――ヘルハウンドがそんな目で見ている。ヘルハウンドにとって、私はもう獲物じゃない。エサだった。
来たるべき時を待って、その足に力が込もる。
これで、煩わしかった狩りはようやく終わり、食事にありつくことができる。
何か叫んでいたようだが、どんな策を練ろうとも時間稼ぎにしかならない。
じきに力は尽き、そして、自分は真正面から喉笛に食らいつき、血を啜ることができる。
ヘルハウンドはきっと、そう思っている。
望むところだった。
――5秒。
ヘルハウンドが口を開ける。
唾液に塗れた牙の群れが外気に晒される。
――4秒。
〈威圧〉や〈魔眼〉といったスキルを含め、ものすごいプレッシャーが襲いかかってくる。
本能が、よけるか、できないならせめてガードしろと訴えてくる。
――3秒。
でも、それじゃ意味がないんだ。
だからよけない。ガードもしない。むしろ挑発する。ヘルハウンドの前に、逆に喉笛をさらしてみせる。
――2秒。
しっかりと、ヘルハウンドがそこに狙いをつけたことを確認する。
よし、これで……
仕込みは終わった。
――1秒。
「今!」
「〈空間歪曲〉!」
魔法が発動する。
私の首回りの空間がぐにゃりと歪んで、攻撃をそらすための魔法が施される。
――そして〈無敵〉が消えた。
次の〈無敵〉が発動する前に、ヘルハウンドは飛んでいた。
口を大きく開き、喉を食い裂こうと迫ってくる。思考はそれに追いつけても、体は追いつけない。誰も反応できなかった。
「――っ」
牙は私の喉を目指し、空間歪曲の魔法にそらされて、青い魔法少女の衣装ごと、横っ腹をごっそり削っていった。
どばどばと血が出てくる傷口が、一つから二つに増えた。
「い、いやぁああああっ!」
ベル子ちゃんの悲鳴が遠い。
「大丈夫、あれくらいならすぐには死なないよ」
「何言ってるのよっ! そんなだからお前らは……」
詰め寄るベル子ちゃんを遮って、ナヴィは言う。
「いいかいベルフェゴール。小瑠璃について、僕がわかってることがもうひとつある。小瑠璃はこういうとき、本当にどうしようもなかったら、さっさとあきらめて死ぬ!」
わかってるじゃん。
そう、まだ終わってはいない。
ヘルハウンドが、これ見よがしに肉を咀嚼して、ごくりと呑み込む。
ここからが勝負だった。
「食べたね……私の、ポケットの中身…………」
つぶやくように言った私をヘルハウンドは不思議そうに見て……赤い眼を、大きく見開いた。
気がついたのだ。自分に起こった変化に。
――これが、食べるための牙でなく、爪を使っての攻撃なら、自分は今ごろ、散り散りの肉片になっていただろう。
――これが魔法なら、ポケットの中身もろとも炭になっていただろう。
――必要なのは誘導と運。最初は獲物を演じて魔力を削り、最後はエサになることで、捕食以外の選択肢をなくさせる。
この世界の〝ステータス〟における『魔力』は、ゲームで言うところの『知力』と『MP』を兼ねている。
魔法を使って、魔力を消耗すればするほど、魔法の威力は弱まり、魔法に対する耐性は低くなっていく。
そうして抵抗力が弱りきったところにこそ、用意した小細工が活きてくるのだ。
「ねえワンコ、惚れキノコのお味はいかが?」
ヘルハウンドの眼がしっかり自分を捉えたことを確認して、私は言った。
魅了の魔法。
アビスのいたるところに生えている、発光するキノコ。そのキノコは体内に強力な魅力の魔力を蓄えているとナヴィが言っていた。
それを食べてしまったことに、ヘルハウンドは今、気づいた。
唸り声を上げ、身じろぎする。
キノコの魔力に対抗するには、現状残っている魔力では足りないはずだ。精神力だけで魅了の魔力に打ち勝たないといけない。
だが、こちらとしても死に物狂いでつかみ取った勝機。なんとしても魅了が効いているあいだに止めをささねばならない。
「ほら、おいで。ぎゅっとしたげるから実体化なさい?」
痛みを押して両手を広げる。
傷だらけのゾンビみたいな私だが、今のヘルハウンドには女神か何かのように見えているはずである。
抵抗しつつも、私の方に歩いてくる。
だが……
(マジか。もう解けかけてる……)
ゆっくりと、一歩、また一歩。
歩くたびに、どんどん抵抗が強くなっていく。
「早く、して? ね、ほら……」
焦りを隠して呼ぶ。ついでに無表情を頑張って崩し、蠱惑的な笑みを浮かべる努力をする。
犬にそんなことして効果があるのかとか、そんなことはどうでもいい。
ここが瀬戸際なのだ。
とんでもなく分の悪い賭けに勝って、やっと持ち込んだ勝負。ここで勝つためなら、できることは全部やる。
ヘルハウンドが魅了に勝つ前に捕まえて、実体化した体に〈無敵〉を叩き込めるか。
全てはそこにかかっている。
とっくに限界を超えている体を引きずって、私もヘルハウンドに向かって歩く。
「勝つのは……私たち、よ……!」
こちらが歩き、相手が歩く。
相手が歩き、こちらが歩く。
それを何度か繰り返して……
私の手が、やっと、ヘルハウンドの体に届いた。
やさしいとさえ言える手つきで腕を相手の背中に回し、ぎゅっと抱きしめる。
そして〈無敵〉を発動させた。
ヘルハウンドが悲鳴を上げる。
これで最後と決意したせいか、発現した虹色のオーラの勢いはすさまじかった。
実体化したヘルハウンドの肉体を、オーラは確実な勢いで削っていく。
しかし、ヘルハウンドも黙ったままではない。
攻撃のショックで一気に魅了の解除が早まる。私は舌打ちした。
このままでは、おそらく殺しきる前に実体化を解かれる。
何を置いても実体化が解ける前に倒さなければ、こちらが殺される。
だが、〈無敵〉で殺しきることはできない。焦りを悟ったのか、魅了されながらもヘルハウンドが余裕を取り戻してきた。
……くそ。
ダメか。
唇を噛む。
(しかたない、認めてやろう。勝てないって……)
けど――
それは私一人ならの話だ。
「〈ファイアボール 〉っっ!」
ぐるるぅっ!?
その声とともに生まれた超高熱に、ヘルハウンドが驚きの声をあげた。
同じ声を聞いて、私は小さく笑う。
最後の力を振り絞ったのだろう、とてつもなく巨大な炎の塊が、倒れたベル子ちゃんの上に浮いていた。
「言ったでしょワンコ。勝つのは、私
これで、今度こそ、終わり!
そう言った次の瞬間、膨れあがった火の玉が投合され、私ごと、魅了で実体化していたヘルハウンドを呑み込んだ。
ごうごうと燃える炎の音を切り裂いて、ヘルハウンドの断末魔が空間内に響く。
そして。
無敵のオーラは炎の助けを借りて、ようやくヘルハウンドを倒しきることに成功したのだった。
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