Lament//Last moment

有澤いつき

ラメント『ラスト・モーメント』

 がらがらと、世界は音を立てて崩れてゆく。隣で笑う君の顔が、不安そうに揺れた。


「気にしないで。もっと君の話が聞きたい」


 けれど、といいよどむ君を制して、僕はそっと唇にキスを落とした。人差し指の魔法がかかる。


「ね?」


 優しく念押しすれば、観念する。あるいは僕の心を見透かしてわかってくれる。彼女はあまりに優しいから、いびつな僕のわがままに見てみぬふりをしてくれた。


 僕は長くない。吐き出した血がその証拠。君の唇は赤黒い痕跡を残している。僕が押し付けた罪と罰だ。

 どうせ長くないならと、満月のこの夜に君を連れて病院を抜け出した。散りばめられた星が綺麗だ。ここはビルやネオンがないから、暗い夜空がよく見える。

 改めて、小高い丘に寝転がる。夏は花火を見るのに絶好のポイントらしい。僕も見てみたかった。


「続けてよ。君が好きな星の話を」


 まっ暗い夜空の下で、満天の星空に包まれて。がらがらと、内側から崩れていく世界の音を忘れて君の声が聞きたかった。


 訥々と、君が星を語りだす。中断してしまった冬の夜空の話だ。

 今見えているのがカシオペア。懐かしいな、学校で習った。近くにあるのがオリオン座。砂時計みたいな形には親近感を覚える。真ん中に煌めくのが北極星で、君はその輝きをいつもいとおしそうに見つめている。


「君は、どうして北極星が好きなの?」


 最後だから聞いておきたい。

 そうしたら君は一瞬だけ顔をくしゃりと歪ませて……泣きそうな笑顔で、僕の頭をそっと撫でた。


 あなたの星だからよ。星司。


「……それって、二等星だからってこと?」


 確かにぼくはセイジだけど、漢数字の二じゃない。「星を司る」でセイジ。色々と惜しい気がするのだけど、二等星だからという理由では僕は満足できない。単純すぎて。

 そうしたらまるで宥めるように、君は僕に微笑みかけた。


 絶対に、私が忘れない。私が見失わない星だからよ。


 涙が一粒、ぽつりと。寝そべった僕のほっぺたに落ちる。泣かせてしまった君の言葉はしかし、僕の胸にゆっくりと染み渡った。何も残せないと思って、不格好なキスをしてしまったけれど。そんなことをしなくても、君には、僕を感じることができるのだと。


「そうか。じゃあ僕は北極星になるよ」


 あの星になって、いつまでも君を見守っている。もう赤い血を吐き出して、君に僕を刻まなくてもいいんだ。

 ああ、いい話を聞けた。聞けて、本当に良かった。


「ありがとう。君に会えて、良かった」


 世界の崩落する音は、すぐそこまで来ている。僕にしか聞こえない、内側から溶けていく音だ。

 けれど僕はもう怖くない。この世界に生きた証は、もう君が持っているのだから。


 次に目が覚めたら、きっと僕は星になっているのだろう。君を導く、北極星に。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Lament//Last moment 有澤いつき @kz_ordeal

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ