第254話 掃討作戦──開始
ミレアが加わったことで魔法科の生徒、四十六名。
武術科の生徒、八十一名。
近衛騎士バークレイ隊、四名。
聖教騎士、一名。
以上が今作戦に参加する人員だ。
総勢百三十二名。戦力としては申し分ない。
申し分ないのだが──あの晩以来顔を合わせていないエミルがこの場におらず、連絡も取れていないということだけが唯一の不安材料ではあった。が──もう時間がない。
今回は王国屈指の治癒魔法師抜きで挑むことになる。
俺はそのことも含め、後から来た六人に、ここに至るまでの経緯と地下の構造について報告した。
◆
「ラルク……いや、ラルクロア殿か。それにしても卿があのときの少年、キョウだったとはな」
クレイモーリス殿下から聞いてそれを知ったというバークレイ隊長は、俺の全身を見回してそう言った。
バークレイ隊は謀反を働いたタッカーが抜けたことにより五人から四人となっていたが、今も人員は補充せず、四人で隊を組んでいるそうだ。
「はい。その節は大変お世話になました」
俺は四人並ぶバークレイ隊の面々に向かい、頭を下げた。
「おいおい、なにを言う。世話になったのはこちらではないか」
隊の中では一番体格の良いバイレンさんが、俺の肩を叩く。
「百人規模の隊で地下に潜る──と殿下に説明いただいた際には驚いたが、これだけの地下であればその人数も納得か……」
スティングさんが広大な森を見て頷く。
「それで、卿のことはどう呼べば良いのだろうか」
バイレンさんの隣の細い騎士──たしかデイルさんだったか──の質問に、
「ラルクとお呼びいただければ」そう返すと、「それにしても──」俺は魔法科の生徒たちに囲まれているミレアを見ながら、
「──トレヴァイユ様がよく許可をお出しになりましたね」
バークレイ隊長に訊ねた。
トレヴァイユさんはミレアの専属近衛であり、バークレイ隊長の実妹でもある。
だから、トレヴァイユさんがどれだけミレアの護衛に心血を注いでいるか理解しているはずだが──
「あれは少し慎重が過ぎる」
しかし隊長は、妹のことをそうバッサリと斬った。
「まあ近衛としてそれは必須なのだがな。だが、ミレサリア殿下におかれては、ひとり安全な場所で報告を受ける、などお望みでない。そしてクレイモーリス殿下もそのご意思を尊重しておいでだ。それになにより、私と──あの御仁のいる場所こそが最も安全であるのだからな──」
隊長は、武術科の生徒──その中でも特にテイランド先輩から執拗に纏わりつかれているカイゼルを見ながらそう言うと、
「──ところでクラウズ殿はどこにいる。ミレサリア殿下の隣に常にいてもらうよう、トレと約束を交わしているのだが……」
次いで、魔法科の制服を着た集団に視線を移す。
クラウズ……なるほど。そういえば舞踏会の晩も同じような
それで前線に出る許可が下りたわけか。
まあ、ミレアのことだ。トレヴァイユさんの『城に残ってください』という言葉を頑として聞き入れなかった、ということもあるのだろうが。
「クラウズでしたら──」
俺はクラウズが離脱した事情を隊長に話して聞かせた。
「それは……いないとは想定外だな。それではトレとの約束が果たせない」
少しの間、なにやら考えていた隊長が顔を上げると──、
「……ならばラルク殿。代わりといっては何だが、万が一の際には殿下をお任せしてもよろしいかな」
一瞬、クラウズとトレヴァイユさんの顔が脳裏に浮かんだ俺は、魔法科の仲間と歓談しているミレアを見た。
すると俺の視線に気づいたミレアがニコッと笑い、こっちに向かって小さく手を振る。
その安心しきった表情に俺は──
「は。私などでよろしければ、この命に代えてでもお護りいたします」
そう答えたのだった。
◆
情報交換を終えると、バークレイ隊長は反対側を向き、生徒たちを一か所に集めた。
そのとき、気になる生徒でもいたのか、一班が並んでいる辺りに鋭い視線を向けたような気がした。が──隊長は何事もなかったかのように姿勢を正すと、挨拶を始めた。
「私は近衛隊長のバークレイ=クレーゼという。近衛にはもうひとりトレヴァイユ=クレーゼという名の騎士がいるから私のことはバークレイと呼んでもらって構わない。この細い男がデイル、その隣の大きいのがバイレン、端に立っているのがスティングだ。さて、ここにいる我々近衛の四人は殿下の命により、調査隊という名目で君たちの隊にひとりずつ加わることになった。
ここでバークレイ隊長がカイゼルに襷を渡した。
カイゼルは大きく咳払いをすると、
「
「──カイゼル。一言じゃなくなっているぞ」
「む。これは某としたことが。では兄者!」
そして最後に俺のところに襷が回ってくると──、
「──ただいまより敵の掃討作戦を開始する! 敵の数は知れないが、必ず生きて戻れ! では各班、移動開始!」
その号令によって、五つの班はそれぞれの方角へと駆けていった。
◆
「こうして兄者と大暴れできるとは! まさに七年前のあの日のことを思い出しますな!」
隣を駆けるカイゼルが顔を綻ばせる。
七年前のあの日、とは、かつて試練の森に存在していた神殿での任務のことだ。
「あのときは俺もほんの子どもだったからな──実はあの頃、カイゼルのことが怖くて堪らなかったんだ」
俺がそう暴露すると──
「なんと! 兄者はそのような思いを某に抱いておったのか! なんともはや……」
カイゼルはとても悲しい顔をしたのだった。
「昔は、だよ。今はそんなことないから──」
城の──というよりレイクホール辺境伯の警護をほかの聖教騎士に託してここへやってきたというカイゼルは、とても気合が入っているようにみえた。
存分に力が奮えることを喜んでいるのだろう。
しばらく平和が続いていたスレイヤやレイクホールでは、その腕を奮う機会は極めて少ない。
盗賊や獣相手では、カイゼルの本気の一割も出さずに解決してしまうだろう。かといって試練の森の深層に入れば鍛錬を積むこと自体は可能だが、その行為は国によって禁止されてしまっている。
腕がなまらないように維持するのも、カイゼル程になると大変なことなのかもしれない。
どちらにせよ、今回の作戦でカイゼルには日ごろの憂さ晴らしも兼ねて、とことん暴れてもらうつもりだ。
「それにしてもカイゼルの言う通り、こうして走っていると、いやでもあの日のことを思い出すな」
流れる景色、空気の匂い。まるでここは試練の森のようだ。
俺たち第一班は、今、森の中央を走っている。
進むべき方向を示す頼りとなるのは、リーゼ先輩の香水の香りだけだ。
「まったくですな。これで姉者と寝小丸殿がおれば完璧なる再現ですぞ」
すると、隣からため息が聞こえてきたことに、そちらを見ると──
「さっきからラルクはそのお話ばかりです。それは、カイゼル様との思い出なのですからわからなくもありませんが……」
ミレアがつまらなそうに口を尖らしていた。
「ガハハハ! 青巫女殿は嫉妬しておられるのか! これは姉者もうかうかしてはおられませんな」
「し、嫉妬だなどと! カイゼル様もご冗談はほどほどになさってください!」
「ガハハハ! よいであろう! 若かりし日は恋が心の成長を支えるのですぞ! 某が若いころには
『楽しそうね。線なし君?』
「うぉっ!」
突然頭の中に聞こえてきたヴァレッタ先輩の声に、俺は思わず大きな声を出してしまった。
「ぬ! 兄者! 何事だ!」
「ど、どうしたのラルク君! 敵?」
俺の奇妙な態度に、カイゼルと、フレディアが警戒する。
が──、
「い、いや、なんでもない。大丈夫だ。そいうえば、カイゼル。エミルはなにをしているか知っているか?」
俺は咄嗟に誤魔化すと──
「姉者、と? ふむ。そういえば先日、城で師と一緒のところをお見かけしましたが──」
「師匠と? なんだ。やっぱりあのふたりは一緒だったのか。それなら安心か」
俺は不安が払拭されたことに、大きく息を吐いた。
そのとき。
「ラルククン! 右斜め前方! 土煙が上がってるよ!」
木の高いところを枝伝いに進んでいたアリーシア先輩の声が聞こえてきた。
俺は班に止まるように指示を出すと、アリーシア先輩の立つ木の枝までリーファに頼んで運んでもらう。と──。
「ほら、あそこ」
「……」
「やっぱり移動してるね」
先輩の指さす方向へ目を凝らすが、その先は暗く、俺では視認することができなかった。
先輩の言うことだから、土煙が
先輩の視力を全面的に信頼している俺は
「進行方向はわかりますか?」
そう訊ねると──
「ん~……こっちじゃないみたい。もっと右……二班の進路上あたりかなぁ」
二班というと、テイランド先輩か。
「なんだろう……馬車かなぁ。ここからだと丁度あの大木が邪魔で……もう少し近寄れば確認できるんだけど」
敵、だろうか。
二班にはバークレイ隊長もいるから問題はないと思うが……
「念のため俺が行ってみてきます。班にはここで待機するよう伝えてきますので、アリーシア先輩はこの場から土煙の動きを見張り、詳しい場所を都度ヴァレッタ先輩に報告してください」
なにかあったら連絡を、と頼むと、俺は下へ戻った。
◆
「ということなので、少し様子を見に行ってきます」
上で見たことを説明すると──
「承知した。兄者が戻るまで、ここは某に任せてくだされ」
カイゼルがこの場を請け負ってくれた。
「ほんの少しの間だろうから、ミレアもここで待っていてくれ」
「はい、ラルク。わかりました」
カイゼルがいてくれて本当に助かる。
手放しでミレアを預けられる人物など、カイゼルと師匠くらいのものだ。
俺は全員に休息をとっておくように伝えると、光魔法──あの光の矢が必要になるかもしれないことを想定して、
「フレディア。悪いが一緒についてきてくれ」
フレディアに声をかけた。
「うん。わかった。行くよ」
表情を引き締めたフレディアの右手は、剣の柄を強く握りしめている。
「ぼ、僕も行きます!」
すると、弓を抱えたオリヴァーが俺の前に出てきた。
「オリヴァー。いや、今回は敵かどうかもわからない。俺とフレディアのふたりだけで十分だ」
必要となったら呼び寄せる、とオリヴァーに説明するが──
「万が一フレディアさんの手が塞がってしまったら、そのとき代わりに伝報矢を放つ者が必要になります。僕にその役をやらせてください。放つ矢の速度は誰よりも速い自信がありますので」
オリヴァーは強く言い切る。
言われてみればそうかもしれない。
敵であった場合、そして残された魂が相手だった場合、フレディアに光の矢を放ってもらっている限り、そのフレディアに伝報矢を放つ余裕などないだろう。
オリヴァーが自信があると言うのなら──
「わかった。そうしてくれると助かる」
俺はオリヴァーに同行の許可を出した。すると、
「オリヴァーが行くのなら、私も──」
ハウンストン先輩がオリヴァーの隣に並ぶ。が──、
「それはできません。ハウンストン先輩には他班との連絡のやりとりしてもらわなければなりませんので。先輩はこの場に待機してオリヴァーからの連絡を待ってください」
「ですが──」
しかし、ハウンストン先輩はなお食い下がろうとする。
「姉さま。僕なら大丈夫ですよ。心配性の姉さまのためにもしっかりと務めを果たしてきますから」
オリヴァーがハウンストン先輩を宥める。
と、そのとき、一瞬ハウンストン先輩の瞳の奥に、例の光が垣間見えたような気がした。
「そう……ではオリヴァー。くれぐれも迷惑だけはおかけしないように」
ふたりの間に決着がつくと、俺はカイゼルに視線で後を頼み、
「──しっかりついてこいよ、オリヴァー。ではヴァレッタ先輩、詳しい場所の指示をお願いします」
フレディアとオリヴァーとともに、土煙がみえたという方角へ向かって地を蹴ったのだった。
『無魔』のレッテルを貼られた元貴族の少年。追いやられた辺境の地で最強の加護魔術師となる。 白火 @seeds
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