レドリー曰く、犬も食わない夫婦の日常
旦那様はアホほどモテる。
そりゃもうモテる。引くほどモテる。
道行けば旦那様に魅了された人々が先を塞いで進めない。歩く公害だ。正直一緒に出掛けたくない。
失礼。私の名前はレドリー。とあるお屋敷で執事をしています。
屋敷の主人たる旦那様の事を、何故突然誉め称えているのかと言えばーー
え? 誉めてない?
失礼、つい本音が混ざってしまったようです。
まあともかく、何故かと言えば。
今まさに、その歩く公害と一緒に街へ来ている訳です。
ええ、大変不本意ながらーー二人きりで。
もうお分かりでしょう。
街の人々に囲まれて、一向に目的地へと近付けないのです。
全く、何の罰ゲームなのでしょうか。
※
勿論私とて、旦那様から、
「レドリー! ステイドが喜ぶ贈り物を選びたいから、買い物に付いてきてくれ!」
と誘われた際に、即刻お断りしました。
他を当たれと。
すると、いい大人がべそべそと泣き出して、
「頼むレドリー」
「他の皆には断られた」
「ステイドにバレないように買い物に行きたいから、仕事の体で付いてきて」
と、私の足にしがみついて懇願しだすものですから、
「みっともない真似はやめて下さい」
と、足を払いました。
しかししつこい
「私がステイドに嫌われても良いのか!」
「毎日泣くぞ! レドリーの枕元で!」
と脅迫してくるのです。
「店ごと屋敷に呼んで買い物をすれば良いじゃないですか」
「嫌だ! そんな事したらステイドにバレちゃうだろ!」
私はとんと呆れ果て、
「私だって嫌です。他の使用人達は断れたのに、不公平でしょう。何故私だけそんな面倒事を引き受けなくてはならないのですか」
と突っぱねました。
旦那様は騒ぐのを止めると、「ふむ……」と考こみ、そして名案とばかりに得意顔を晒しました。苛つきますね。
「じゃあ、公平にジャンケンにしよう。使用人総出でジャンケン大会を開催する。勝った人が私と買い物に行く」
奥様にバレたくないと言いつつ、もっとバレそうな案を提案する
この人本当に有能なんでしょうか?
「何が、じゃあ、なんですか。それに、普通は負けた人では?」
「なんだと! 私と買い物に行くのは罰ゲームだとでも言うのか!」
「だから今私に泣きついて来てるんでしょうが。いい歳して一人で買い物にも行けないんですか」
「いや行けるよ!? でも、その、うーん。今回は事情が事情だから……女性に寄って来られると困るというか……」
「まあ浮気を疑われて奥様と喧嘩中ですからね」
「何で知ってる!?」
そう。事の発端は、奥様と旦那様の喧嘩なのです。
「……旦那様、アホですか? 成長しないんですか? 今回の件、使用人全員とっくに知っていますよ。まさかバレていないとでも思っていたんですか?」
ちなみに喧嘩の原因はというと。
ある日、新婚で仲睦まじい旦那様と奥様が、二人で街へと出掛けられました。
黙って澄ましてさえいれば、大層見目麗しい旦那様です。
例のごとく、その外見に釣られた街の人々に囲まれました。
なかでも、学生時代旦那様の同級だったという女性が出てきてからが、面倒だったようで。
曰く、私たちは恋人同士になるはずだっただの、私が知らない内に結婚しただなんて許さないだの、(旦那様は身に覚えが無いそうですが)、ちょっと落ち着きのない方だったようです。
あろうことか、えー、伝え聞いた私が口にするのは憚れるのですが。
まあ、その、奥様が見ている目の前で、その女性は、無理矢理旦那様に口付けしてきたそうで。
濃厚なラブシーンを見せ付けられた奥様は、まあ旦那様は前科が前科ですから……大変動揺し、今回の夫婦喧嘩と相成った訳です。
あんなに派手に喧嘩しておいて、私以外の使用人達には隠し通せたつもりだったらしい旦那様には、呆れて物も言えません。
旦那様も被害者とはいえ……
「くっ、口じゃないぞ! ギリギリ! 頬だったんだ!」
との事ですが……
「私に言い訳されましてもねえ」
角度的に奥様はバッチリ誤解しているみたい(ハームル談)ですし、それは奥様と旦那様の問題ですので。
「だ……大体! 全然知らない女性だったんだ! 私の恋人だったのはエラだけだ!」
エラとは、ステイド奥様のミドルネームです。
旦那様と出会ったばかりの頃は、そちらを名乗っていたようですね。
「そうは言っても、旦那様は、『婚約者と恋人が同一人物だと知らずに、勝手に婚約破棄して行方をくらませた』という最低な前科がありますからね」
「うっっっ」
「ステイド奥様は元々使用人でしたから、皆、奥様に肩入れしているんですよ。それでなくとも旦那様は、ただでさえ『最低な前科』があるんですから、もっと気を付けていただかないと」
「ううっっっ」
言い返す言葉が見つからないようで、旦那様はしょんぼりと項垂れました。
すっかりしょげてしまって、それでいてムスッと口を閉ざした旦那様の様子は、大変大人げないのですが、これでもやれば出来る人ではあるんですよ。
何故か普段はちゃらんぽらんですが……。実家で抑圧されていた分、幼児返りでもしているんですかね。
旦那様は拗ねた口振りで、
「でも、やっぱり買い物には付いてきてほしい……。ジャンケン大会で負けた人で良いから……」
結局ジャンケン大会の開催は譲りませんでした。
※
使用人全員強制参加による、旦那様の買い物付き添いジャンケン。(奥様には極秘。)
ええ、しっかり開催されました。
されたんですが……どういった事でしょう。
私は順当に負け進んでしまいまして……
「結局、私が旦那様のおもりをする事に……」
「れ、レドリー! 助けてくれ!」
「はいはい」
人々にもみくちゃにされている旦那様を、無理矢理引っこ抜きます。
旦那様を引きずるような形で、サッと狭い路地裏に逃げ込み、何とか追手を撒きました。
何か怪しいフェロモンでも出しているんでしょうか、 この人は。
以前はここまで酷くはありませんでした。
しかし奥様と結婚してからというもの、旦那様は忌々しい色気を増し増しで撒き散らしているので、
特に今回のように憂い気味かつ、隣に奥様が居ない(つまり、デレデレしていない)となると、公害レベルも緊急事態な訳です。
「はあ……。あれだけの人数でジャンケンしたのに、何故私が一緒に来る羽目に……」
「フフン……やはり自分では気付いていなかったか。レドリーは昔から、ジャンケンでは最弱だったからな。負けた人が付き添いになるって決まった時に、結局レドリーが付いてくる事になるだろうと思っていたんだ」
この状況で、私を嵌めた事を白状するアホ極まる旦那様。
「旦那様。さっきの場所に置き去りにしますよ」
「ごめんなさい」
ちょっと凄んでみせると、旦那様は即座に謝罪して、見捨てられまいと私の腰をガッチリ掴んできました。
百年の恋も冷める情けなさ。
奥様がこの場に居なくて良かったですね。
※
一難去ってまた一難。
厄介事とは続くものです。
目的の店へ向かう道すがら、またあの女性が現れたのです。
旦那様(曰くギリギリ頬)へ口付けをかました、例の女性です。
あまり穏やかとは言えませんね。
今度は私が、(旦那様に無理矢理盾にされ、)間に入り、事故を防がなければなりません。
詳しく話を聞いたところによると、旦那様の出身校は、男子校だったのだとか。
つまり旦那様と同級だという女性も、そういう事なのだそうです。
名前を聞いて、知己だと気付いたらしい旦那様は、
「あ……ああ、君か! どうみても女性だったから、分からなかった……、随分……その……変わったな!」
とのたまいました。
私の背中に隠れながら。
話の通じない相手へ旦那様自ら話しかけて、彼女……彼? を刺激したらどうするのだと、私は身構えておりました。
しかし彼女(彼)は、「どうみても女性」「変わった」という旦那様の言葉を、とてもポジティブに、『女性らしくなった』『綺麗になった』と捉えたようです。
その上で純粋に、昔の知人として、旦那様との再会を喜びました。
そして彼女(彼)は、学生時代、ひっそりと旦那様の事を想っていた事、旦那様に見合いたいがために、努力して女性らしい容姿になった事などを、打ち明けました。
先日は、旦那様と連れだって歩く、お似合いのステイド奥様を目撃した事で、長年の想いが暴走してしまったのだそうです。
彼女(彼)は旦那様と、この場には居ない奥様に対して、深く謝罪しました。
何だか、しんみりとした雰囲気になってしまいます。
しかし普段はポンコツの旦那様も、この時ばかりは、持ち前のスキルを発揮して、良い感じに場をおさめてくださいました。
腹の立つ美形を最大限に生かした台詞と態度で、彼女(彼)の長年の想いへの感謝と、出来る事なら穏便に、昔と変わらぬ友好を望む、その旨を伝えた旦那様。
駄目押しで、憂いを帯びたあの忌々しい色気を醸します。
彼女(彼)は納得してくれたようで、吹っ切れたように爽やかな表情で、夕日の向こうへと一人去って行ったのでした。
※
その後は、奥様へのプレゼントを購入して帰宅しました。
私のした事と言えば、街の人々から旦那様を引き剥がしたくらいで、買い物自体は全て旦那様主導です。
旦那様は、裏で執事に泣きついていたとは思わせない、無駄にハイセンスな贈り物を見繕っておりました。
旦那様は満を持して、ステイド奥様だけに見せる甘い笑顔と共に、贈り物をスマートに手渡します。
そして、例の女性とはやましい関係では無いという事、また、日々増すばかりである奥様への深い愛情を、誠心誠意伝えられたのです。
※
その後のお二人ですか?
無論、無事仲直りされましたよ。
ただ、その後夫婦が街へ出掛ける際、見られるようになった、「鉄壁漫才」が話題なのだとか。
え? 「鉄壁漫才」とはは何ですかって?
そうですね。街で旦那様が人に囲まれた際、ステイド奥様が冷ややかにこう言うのです、
「旦那様、私のこと好きですか?」
すると旦那様は、人目も憚らず、それはもうデレデレと、ステイド奥様への愛を列挙する訳です。
憂いを帯びた色気? そんなもの吹き飛ばし、鋭利な美形が形無しというほど、だらしない顔で奥様への愛を語る様子に、周囲はドン引きです。
これは犬も食いませんねと、生暖かい眼差しで、遠巻きにされるようになったのでした。
ま、旦那様と奥様はお幸せそうですので、これもハッピーエンドという事でしょう。
鉄壁メイド 三島 至 @misimaitaru
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