獄炎の女帝はリベンジしたい
RAY
獄炎の女帝はリベンジしたい
★
「アト五分。アト五分」
オニキスのような、漆黒の瞳が見つめる先には、彼の
見た目はいつもと変わらない彼女だった。
燃え盛る炎を自由に操り「
それには、深い
外見は大きめのカラスにしか見えないガブリエルはエウリュアレの使い魔。彼女に仕えてかれこれ百年が経つが、このときほど
それは、ガブリエルがエウリュアレに施した術式――
エウリュアレとて例外ではなく、しばらくの間、その美しい顔は苦痛に
ガブリエルの黄色い
★★
前日の夜、日付けが変わった頃、城の正面の扉が開く音がした。
ガブリエルは、勇者と一戦交えたエウリュアレがいつものように深紅の
獄炎の女帝を倒して名声をあげる――これまでもそんな考えを抱く勇者が後を絶たなかった。しかし、エウリュアレは能力の半分も出すことなく、そんな連中を
ただ、今回は状況が違った。
扉の前にエウリュアレがうつ伏せの状態で倒れていた。床が
「何ガアッタ、マスター! シッカリシロ、マスター!」
ガブリエルは、城の周りを警護する
「……完敗だった……あの
ベッドに寝かされたエウリュアレは、荒い呼吸をしながら、途切れ途切れの言葉を吐き出す。顔には、怒りとも悔しさとも取れる、やり場の無い感情が滲み出る。
「考エルナ、マスター。ユックリ休メ、マスター」
労いの言葉を掛けるガブリエルだったが、自分が激しく動揺しているのがわかった。敗北したエウリュアレを見るのが初めてだったことに加え、その相手がただの人間だったから。
「……ガブリエル、頼みがある」
沈黙が続いた後、エウリュアレが視線をガブリエルの方へ向ける。燃え盛る炎を
「あの
ガブリエルは自分の耳を疑った。
確かに
ただ、それは、競馬で言えば、最低人気の馬に全財産を賭けるようなもの。あまりにもリスクが大きく、
「駄目ダ、マスター! 危険ダ、マスター!」
ガブリエルは首を横に振って、エウリュアレに考えを改めるよう促す。失敗すれば、命があったとしても炎の能力を失う。そうなれば、勇者との戦いに勝ち目はなく、遅かれ早かれ死に至ることに変わりはない。
「危険なのは百も承知だ。しかし、このままでは
口調こそ穏やかだったが、エウリュアレの瞳には覚悟が見て取れた。「命と尊厳を賭けて勇者へのリベンジを果たす」。そんな思いがひしひしと伝わってきた。
使い魔として最優先すべきは、
今のエウリュアレであれば、力づくで勇者の目が届かない場所に連れて行くことは可能だ。どれだけ
ガブリエルの中で激しい葛藤が湧き上がる。彼は悩んだ。これまで生きてきた中で一番と言えるぐらいに悩んだ。そして、何が得策なのかを考えた。
激しい呼吸を繰り返しながらエウリュアレの方へ視線を向けると、彼女の瞳は真っ赤に燃えあがっていた。そこには、溢れんばかりの闘争心と
ガブリエルは思った。「
「ワカッタ、マスター。ヤルゾ、マスター」
ガブリエルの漆黒の瞳にも覚悟が
それを目の当たりにしたエウリュアレはフッと穏やかな笑みを浮かべた。
「
ガブリエルの心の中を見透かしたような一言だった。
熱いものがこみ上げるのをグッと押さえながら、ガブリエルは
★★★
「アト三分。アト三分」
術の効果が現れるまできっかり四時間。それが明らかになる瞬間がすぐそこまで迫っている。同時に夜明けも間近まで迫っていた。
ベッドに横たわるエウリュアレの肢体は相変わらず
「アト一分。アト一分」
「ガンバレ、マスター。頼ンダゾ、マスター」
体内時計がカウントダウンを開始する。心臓が早鐘のように鳴っている。呼吸が苦しくて堪らなかった。自分のものではないような気がした。
カウントがゼロになる。
その瞬間、エウリュアレの両の瞳がカッと見開いた。時を同じくして、ガブリエルの目はその瞳に釘付けになった。
エウリュアレの瞳の色が変わっていた。
燃えるような、真っ赤な左目は今までと同じ。右目だけが氷のような、冷たい青色になっている。
エウリュアレの瞳は、左右の色が異なるオッドアイになっていた。
「スゴイゾ、マスター! ヤッタゾ、マスター!」
エウリュアレはシーツを身体に巻いて静かに起き上がった。そして、手のひらを上にして両手を左右に広げると、術式を詠唱し始めた。
瞬時に、左右の手のひらから直径一メートルほどの球体が現れる。左手の赤色の球体と右手の青色の球体はゆっくりと上昇を始め、頭上で一つになる。炎と氷が渦巻き、大理石の表面のようなマーブル模様を描いている。
高密度のエネルギーが凝集したそれは、小型の核爆弾という形容がピッタリだった。
「ガブリエル、よくやってくれた。やはり
術を解いたエウリュアレは視線をガブリエルの方へ向ける。美しいオッドアイが満足げに輝いているように見えた。
「もうすぐあの
エウリュアレは口元を緩めながらベッドから降りると、いつもの
「ドウシタ、マスター。問題ガアルノカ、マスター」
心配そうに尋ねるガブリエルに、エウリュアレは小首を傾げて独り言のように呟いた。
「
おしまい
獄炎の女帝はリベンジしたい RAY @MIDNIGHT_RAY
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