一枚目 河童:存在証明と意思表明(報われない)中編


「私、サイコ系ヤンデレストーカーの気質がある事は多少自覚してはいますが、物語の如く只々他人様に迷惑を振りまくような二束三文ヒロインになる気はないのですよっーーええっ!」


 先輩と別れて数分後の事です。無論、ご近所迷惑を考えて声量抑えめですよへへっ。

 意思表明、決意表明、ぶっちゃけ、その相手が居ないところで何を叫んでも唯の痛い女なのですがまあ、厨二的ナニカがつい疼いたとかそんな感じのアレですよ。

 とは言えやはり、他人様に迷惑をかける前に隠密行動開始ですっ!

 私、あまり周知の事実ではないのですが視力と聴力は人より優れていると自負して居ますので、

 後はそうですね、補正ですよ、補正。ヒロイン補正。15年間貯め続けたヒロイン補正爆発です。利息がエライことに。

 なんて、馬鹿な空創してたら先輩を発見。自分、何故か夜目も効くんですよ。まあ、母もそうなんですが。遺伝?

 ーーですが、ここぞという場面で利用しない手はないですね。ヒロインってのは案外泥臭いものですよ、はい。

 住宅団地から10分程歩いた場所でしょうか、雑木林ーーいえ、木々群、ですかね?ともかくそんな感じの、雑多に伸びた木と木の間に先輩は吸い込まれるように消えて行きました。その際、周りを確認して居ましたのでーーナニカ、ばれてはいけない事、如何わしい事でもするんですかねデュフフ。

 ーーなんて、妄想はさておき私も先輩に続きます。

 うう、やはりと言うかなんと言うか、いざ木々群の前に立つと、時間帯によってその相貌を大きく変化させますね。ぽっかりと空いたそこは、異界への入り口をも思わせます。

 ぶっちゃけ怖いですが、そこは恋する乙女パワー!幽霊なんてへっちゃらですよまあええはい。

 洞窟をも思わせる木々群の中を歩く事数分、先輩の後ろ姿が見えてきました。因みに、夜目とか全然頼りになりませんでした。スマホとか言う、文明の利器には感謝ですね。

 そういえば先輩、ライトの類は持っていませんでしたね、もしかして……先輩も夜目持ちですか!?運命的なディスティニー感じちゃってますかきゃーっ

 小躍りする私を他所に、先輩は更に先へと進みます。スマホのライトは勿論、足音が聞こえてきた時点で既に切っています。

 やがてもう数十秒程歩いたところで先輩が立ち止まりました。風に揺れる微かな水面……湖、いえため池ですね。

 私、言ってませんでしたが、全国一ため池の多い島出身アーンド育ちなんですよ。家の近所にも三つ四つある事は知ってましたが、まさかこんな所にも…………

 まあ、驚きは少ないんですがね。あれです、種族の坩堝と化した異世界みたいなもんです。週一のペースで新種見つけてたらそりゃもう、なんか、薄れてくるんですよね、感性というか、何というか。

 流石にこの距離だと夜目も効くのですが、表情までは分かりかねます。先輩は、ため池の淵へとゆっくりと近付き、しゃがみ込みました。

 なんて言うんですかね、哀しみ?哀愁?兎も角、そんな感じの重いナニカを吹き出し始めた先輩。

 気付けばもう、動き出していました。

 遠く離れた場所にあった、憂いを帯びた表情はもう目と鼻の先で、

 その表情も少し驚愕に変わりましたね、そちらも素敵です。

 手元には不思議な光沢を持つ釣竿が……


 ーーーー釣竿!?



「身投げはダメですううぅぅーーーーぶべしっ!?」


 慣性さんに従い、本来であれば受け止めてくれる筈(?)の先輩をぶっち切って、柔らかな土色のカーペットに頭からダイブです。もうね、ズザザーですよ。眼鏡がーっですよ。

 先輩も瞬間移動もかくやと言うスピードで避けることないじゃないですか、もうちょっとレディーボディーを労って……


「………どうして、ここに?」

「あ、あははははは」


 怒ってます。ちょー怒ってます。いえ、これはキレてますね。私、案外空気は読める方なのですが、これはそうですね、鈍感な方でも分かりやすい位にキレてます。今ちょっと泣きそうですよナウ。ーーーーなんて、おちゃらけないと、本当に泣いてしまいそうです。

 嫌われたくない、明日から話を聞いてもらえないかも、そんな、自己中心的な考えばかりが胸を突きます。

 これはあれですね、二束三文サイコ系ヤンデレヒロイン確定ですね。いえ、私なんてモブです、モブ。二束三文サイコ系ヤンデレモブです。なんですかその救いようのない不可思議系生命体は。

 考えがいよいよ纏まらなくなってきた頃、様々な種類の恐怖に突き動かされ、咄嗟に口から出た言葉は、自分でも意外なものでした。


「……ごめん、なさい……」


 言葉は窄み、視界はぼやけます。土に汚れた眼鏡で隠れてはいますが、今にも頰を伝い流れ落ちそうです。


「……………………はぁ」

「…………っ!」

「まあ、陰謀系と言えば陰謀系、ですかね?」

「………え?」

「用事、いえ仕事の内容です」

「いい、のですか?」

「いいも悪いも、力尽くでどうこう解決するやり方もあるのですが、それは少々、紳士的ではありませんので」

「あ、り……がとう、ございます」


 脚が子鹿の如くプルプルしてますが、これは恐怖の所為ではなく、感謝感激を表す意味です。涙、零れ落ちてませんよ?


「あの、こんな所で、こんな時間にお仕事、ですか?」


 気になったので率直な質問です。私、切り替えは良い方だと自覚しています。


「……突然ですが、淡路島にはため池が幾つ存在するかご存知ですか?」

「え、えーとっ?」

「正確には少し異なりますが、約二万三千箇所あると言われています。全国約二十一万箇所ある内の一〇分の一、更にその五割強がこの、淡路市に点在しています」

「は、はい……、」

「まあこれは、別に知らなくても良い知識ですので。民俗学や土着信仰などを対象に研究している方であれば、もっと詳しい事をご存知の方もいらっしゃるでしょうが」

「はぁ……」


 気の抜けた返事をつい漏らしてしまいます。しかし、話が見えてこない事にはこんな返事しか出来ないのもまた事実です。


「中には、弥生時代から作られたものもあり、遺構として残っているものであれば、古墳時代からとも言われています」

「あ、考古学系ですか?」

「話は最後まで聞きなさい……確かに、歴史的価値の観点から見るに、六割以上は江戸時代からあるものだそうです。この、流河りゅうが池もまたその一つ」

「は、はえ〜っ」

「ですが、仕事とはあまり関係ありません」

「ズコー」

「良いリアクションをありがとうございます。ここで、最初と同じく質問です。大町さんは、境界をご存知ですか?」

「齧った程度なら……」


 先輩が続けてと手で促しましたので続けます。


「隔てるもの。分かつもの。異界、他界の彼岸にして現実との差異……」

「……そうですね、完璧です」

「あ、ありがとうございます……?」


 今の言葉に、軽く違和感を覚えます。まるで、私じゃない誰かが、私を使って理論立てたような、そんな感じです。

 少なくとも、境界についての認識は、最後の現実との差異程度にしかない筈ですが……

 先輩も、少し驚いた顔をしていました。まあ、それを見れただけで満足なのですが。


「実は、境界の発生というのはそう珍しい事ではないのですよ」

「と、言いますと……?」

「現実との差異、隔てるもの、分かつもの、理を断つもの。つまりは乖離です。日常風景の中にも、虹のたもと、逢魔が時、十字路、狐の嫁入り……少なくとも、その瞬間、境界は確かに存在しています」

「目に見えない、見える、以前の問題、だと?」

「はい。女/男・子供/大人・夜/昼・幻想/現実・彼岸/此岸ーー分かつ間に確かに存在する定義としての壁……という意味でも、境界は用いられる事が多々あります。そしてこの多くは、神/人間と言う、括りの一部にもなります」

「人の子七つまでは神のうち……」

「七五三も、広義の意味では境界で区切られた神/人になります」

「はあ………」


 スケールの大きい話に、少し頭がくらくらしてきましたが、まだまだ落ちるわけにはいきません。


「さて、ここからが本題なのですが……」

「はいっ」

「境界とは、現実世界と異界、多世界との区切りを完全のモノとすると力がありますが、と同時に異界、多世界間での定義は曖昧なものとなりーー早い話、不完全ながらですが、みちが生まれます」


 ここで私は、電撃に撃たれたような閃きが身体中を駆け抜けます。

 そうです、生まれ育った土地ですもの。


「あっ、淡路島……」

「そうです、中でも特に路が生まれやすいのがこの地、古くは自疑おのころ島なるこの土地こそが、全国でも有数の、境界が発生しやすい地と言っても過言ではないでしょう」

「あの、」

「はい」

「その、おのころ島と言うのは……?」


 そう言う名前の遊園地モドキならありますが、しかしそれが何故……?


「淡路島の古い名です。淤能碁呂、とも表記しますが、自分は自らを疑うと呼称しています」

「自身の定義さえ不透明な地に、淡い路が生まれる……」

「そうです。それも、境界が発生しやすい所以ですね。そう言う、非確実的なものは名前も大事になってきますので」

「で、ですが路が生まれると仕事にどう言ったご関係が?」

「妖怪ハンターです」

「はい?」

「ですから、妖怪ハンターです」

「はいいいぃぃぃいいっ!?」



 ☆



「実は、と言うかぶっちゃけると、水場は少し溜まり易いポイントでして……あ、溜まり易いと言うのは、霊的、神的、妖的な……まあ、オーラと言いますか、力溜まりがよく生まれるんですよ」

「は、あ……」

「それが約二万三千箇所。逆に言えば、通り路の出口・・がそれだけ数あると言う事です。“裏”も合わせればそれこそ、三万は越すのではないでしょうか?」

「さ、三万も……」

「まあ、それほど数あれど確かに合致する出口ーーと言いますか、条件が幾つも揃わないとダメなんですがね。それこそ、三万分の一程度になるほど」

「条件……曜日とか月の満ち欠けですか?」

「その通りです。そして五月の第二金曜ーーもう土曜日ですか。この日、この時にある妖怪が流河池より姿を現します」

「そ、そこまでご存知なんですか!?」

依頼主クライアントが占星術に特化していましてね。軽い未来予知程度なら朝メシまでだそうで」

「で、ではその妖怪とは……」

「それは、この仕掛けを見ていただけると一目瞭然でしょう。


 正直、信じた訳ではありませんが、先輩の言葉ともあって、絶賛仕事見学中の私です。

 先輩が先程から手にしていた、妙な光沢を持つ釣竿の先ーー餌部分を注視します。

 私、釣りをした経験がないので詳細こそ分かりかねますが、ワイヤー糸のようなものに釣り針が一つ。Jの字にフックされた大きなものです。そこから上に昇るように見ていきますが、釣竿自体にリールは付いておらず、妙な手作り感と神秘的要素が相まって酷い違和感を覚えます。

 今まで気付きませんでしたが、先輩が装着していた腰回りのホルダーから何かを取り出しました。

 緑色の……棒、ですかね。微妙に婉曲しています。月の光を反射し、つるりとした表面、更に細かな毛を思わせる棘ーーがビッシリと生えています。

 それを、釣り針に引っ掛け、当たり前のように池に投げ入れました。

 妙な儀式のようですね。

 池に釣り針を入れ待つこと数秒、早速強い食らいつきです。

 大きく蠢く魚影がなんとも不気味ですが、先輩が付いているならば大丈夫だと言う、自分でもよく分からない信頼感を全面に押し出し「カパアアアァァァァアアアアアッッッ!!」


「いや鳴き声ぇぇぇっっ!!」


「はい、河童です」

「いや、え、ちょっ!かっ、河童……」

「カパアアアアァァァァアアアッッ!」


 緑色の、池に放り込んだキュウリと同じ体色を持つ筋骨隆々の塊は、とある水陸両用生物を思わせる俊敏さで先輩の懐に飛び込みーーーー


「カパアっ!?」


 皿を叩き割られました。餌に使ったキュウリで。


「えー河童は、道すがら行く人に相撲を仕掛けることから分かるように、例え子河童でも成人男性と同等、或いはそれ以上の筋肉量を誇ります」


 次いで投げ込まれた新たな餌に喰らい付いたであろう、ギチギチと音を立てる竿先。ここで先輩は、腰回りのホルダーから緑色の棒状の何かを取り出します。

 はい、キュウリです。うっすらと水蒸気が立ち昇っていますね。

 水飛沫を上げ、勢いよく飛び出す河童。間合いを図り、頭の皿を躊躇なく割ります。

 先輩は、なんら変わらぬ調子で続けます。


「この皿は、一説によると皮膚が硬質化したものだと言われています。爪と同じですね。しかし、爪とは違い神経が通っているので、叩き割ると下手すれば死に、上手くやれば確実に失神させる事が可能です」


 そんな事は聞いていません。そんな、簡単な事さえ言えずにいました。


「何故河童がキュウリを求めるのか。これは、種族的本能に基づくものとも、生物的欲求の根幹を果たす為とも言われています。自分も、その分野に携わった経験があるので一概にどちらと決めつけるのは早計ですが、一つだけ言えることがあります」


 先輩は、一息溜めてからこう言いました。


「キュウリは、ケツに入れるものでは無いです。今度、棘が肥大化かつ硬質化した特殊なキュウリ(と言う名の鈍器)を置いて経過を見守りたいと思います」


 良い音と共に崩れ落ちる河童。すかさず、顎にいい角度のニーを入れる先輩。

 直接教えて頂いたのですが、一応、生のキュウリだと心許ないのでと、冷凍キュウリだそうで。皮膚が剥がれる恐れもあるのでタオルで包んで、もしくは軍手をはめて持ちましょうとは先輩の言葉です。

 違うんです。水蒸気の理由とかそう言うんじゃないんです。

 バッタバッタと倒れていく河童。

 今尚、屍血三河を築く先輩は、もはや原形を留めていないキュウリをそこら辺に転がっている河童の口元に押し込み、釣竿に持ち替えます。

 しなる・・・釣竿。飛び散る体液、沸く血潮。いつの間にか、周りは緑色の屍と割れた陶器、血気溢れる河童で溢れかえっていました。

 その時です、暑苦しそうな包囲網を蹴り飛ばした先輩が、不意に足を止めます。


「『A" A" A"A"A"A"A" a" a" a"aaaーーーーーーー!!!』」


 瞬間、境界さえも割れてしまいそうな怒号が、辺りに響き渡ります。

 私は、立っていられず思わず尻餅をついてしまいます。しかし、いつ移動して来たのか、隣にいた先輩に抱きかかえられました。

 そして、先輩は私に視線を向けず言います。


「『かいたくき』、と言うものを、ご存知ですか?」

「『開拓期』……ですか?」


 抱きかかえられた事もですが、目の前の風景があまりに現実と乖離しすぎて、ついぼうっとした頭を冷ますように顔を上げます。

 そこには、血のように赤い満月が爛々と輝いていました。

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こい花怪拓姫 ネコモドキ @nekomodoki

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