世界の終わりは、意外と間抜けだ。

成瀬なる

語りだし

 今思えば、必然的な物語だったのかもしれない。北極の氷の2割が失われたり、梅雨の来ない夏が何度も訪れたり、一本60円のアイスが気づいたら100円に値上げしていたり……そうゆう多くのことが、僕の五感で感じる全ての「終わり」に対する答えのような気がする。

 右手に握る武骨なポケットラジオから、ノイズ交じりに癇癪じみた避難警告が男性の声で繰り返されている。

「今すぐに……避難……世界が……危険……地上落下まで……5分」

 ラジオからのノイズが、世界中からの悲鳴のようにも、ある一部からの歓声のようにも聞こえる。けれど、今さら騒ぎ立てるようなことでもない。だって、世界は、夏を迎えるたびに警告していたんだ。紫陽花が雨蛙アマガエルと雨露を誇らしげに歌わなくなったのも、夜空で胸を張る一等星の輝きが失われていくのも、全てが警告だった。けれど、僕たちは、それをとは受け取らなかった。専門家は危険を示唆していたらしいけれど、それは名誉のために過ぎない。簡単に言えば、詩人は謳い、文字書きは綴り、歌い手は奏でた。全て楽観的にだ。

 ならば、何も今さら騒ぎ立てることはないだろう。でも、そうもいかないのが僕たちだ。だから、僕だけでも、笑って世界の終わりを迎えよう。大通りを喧騒と一緒に駆ける人々を尻目に、もしもの話でもしようか。どうせ、世界が終わってしまうのだ。夢も希望もなく社会へ踏み出し、気づかぬうちに擦れて空いた穴から落としていた色々な物について語ろう。紫陽花のように詩的ではないし、一等星のように誇れるものではない。でも、世界に焦らされた終わりまで時間を潰すことはできる。

 僕は、近くにある一番高いビルの最上階まで非常階段で上がる。けれど、途中で息が上がってしまい、全てを登り切るのをやめた。荒れる息で、階段に腰掛ける。夕焼けのような朱色の空を見上げた。

 あぁ、本当に、世界が終わるようだ。

 空を埋める巨大な何かは、劇的な物語を閉じる幕のように、ゆっくりと落下している。

「さて、何から話そうか……そうだ、こんなのはどうだ? たった一人のヒーローの話だ」

 世界の終わりを楽観的に捉える僕は、さながら語り手とでも言えるのか。世界の終わりに、聞き手のいない舞台で語るだなんて詩的ではないだろうか。

「なぁ、紫陽花みたいになれたかな」

 と、問いかけてみる。もちろん、返事はない。

「そうだ、世界の終わりを迎える僕のことを後世に伝えたら、夏目漱石みたいになれるかな」

 もちろん、返事はない。唯一、武骨なラジオから歓声ともいえるノイズが、絶え間なく聞こえ続けている。

「前置きはここまでだ。 さて、話をしよう」

 僕は、咳払いをしてから口を開いた。それと同時に、17時を告げる間抜けな音楽が世界に響いた。僕は、語りだしを決める。

「世界を救えないヒーローの話をしよう」

 

 

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