鬼子綴りSS

くさかみのる

第1話

 鬼子とは、鬼の姿をした手のひらサイズの生き物のことらしい。

 家に住み着き、家事をしてくれる存在。

 座敷童ではないか、いや妖怪では、ふざけるなフェアリーに決まっているだろう! と、ネットではいろいろな論争がなされている。

 そこまでの文字を目で追うと、俺は調べていたサイトページの×ボタンをクリックし画面を閉じた。

 目の前にいる相手を観察してみる。

 歴史の教科書や時代劇でよく見る古風な着物から出ている手足(ミニ)、頭には鬼の角(三角頭巾つき)、口元には牙もあるらしいがそれはまだ目にしたことがない。

 本人曰く『鋭い爪』で引っかかれた時にはとても痒かったのは記憶に新しい。

「おに、おにおに、おにににー♪」

 自称鬼子は、上機嫌に掃除機(鬼子サイズ)をかけている。

 どこにそんな力があるのか鬼子はとても力持ちだ。自分の背丈の何倍もある物も軽々と運べるらしい。

 しばらくすると掃除機の吸い口が俺の手の甲に当たった。皮膚が吸われている。おお、これは面白い。微妙な吸引力。

「主さま」

「ん~?」

 こっちを見た鬼子は不満気な顔だ。つんつんと掃除機の吸い口で俺の手を攻撃してくる。

 なんだ、ノートPCを退けろということか?

 ひょいっとノートPCを持ち上げると、その下を掃除機で綺麗にしていくちんまいの。

 これが世間で噂される鬼子なのだろうか。

 確かに家のことは率先してやってくれるが。

「あ! 主さま、こんなところに鍵があるのです」

「鍵? あーチャリ鍵、この前失くしたやつだ」

 鬼子は鈴と青色のリボンがついた鍵を持ち上げて俺に見せてた。

 チリリと鈴が鳴る。

 失くしたと思ってスペアキーを出したんだが、無駄になったらしい。

「なぜ棚の後ろに落ちているのです?」

「はて、何故だろう……あ! 棚の上にカゴあるだろ?」

「はい」

「そこにこの鍵をシュートって投げて、たぶん外したんだな」

 ぽてぽてと俺の前に鍵を持ってくると鬼子はむん、と腰に手を当てる。

 これはまずい、この表情はいけない、お説教される。

「あるじさま~?」

「いやな。ちょっとした遊び心っていうかだな。ほら小さい的にスポッて鍵が入るとラッキーっていうか、なんか気分いいし」

「あ・る・じ・さ・ま?」

 やばい、声が低くなった。

 ここは俺の家で、俺が主で、俺が一番偉いはずなのに。

 びしっと小さい指で床を指す鬼子。

 布団に寝転がっている俺はふりふりと首を振ってみるが、鬼子は笑顔で再び床を指差した。

 仕方なく、冷たいフローリングの上に正座する。

「まったくもう、何故モノを大切に扱わないのです」

「いや、だって予備あるし」

「予備のモノまで失くしたらどうするのです」

「新しいのにする」

「新しいのって……主さまは、モノに執着なさらないんですか?」

「んー、どうだろ」

 言われてみれば、思い当たる節は多いかもしれない。

 恋人、友人、物、自分の傍から離れるそれらに手を伸ばすことはしなかった。

 未練がないわけじゃない。大切に思ってないわけでもない。ただ俺はへたれなのだ。

 追いかけて届かない未来を見る勇気がないだけだ。

「モノに執着してもしなくても、自分はどちらでも構いません。ですが! 物を投げるとは何事です。今回は自転車の鍵でしたが、これがお家の鍵だったらどうするのです!」

「いや、家の鍵は投げないって」

「本当ですか? 外でお家の鍵、ぽいって投げてませんか? 自分は嫌ですよ? 泥棒が入ってくるなど」

「なぁ、お前の中で俺のキャラってどういう設定なんだ?」

「ずぼらで、ずぼらで、ずぼらな人です」

「ずぼらで、すみませんねー」

「……思ってないくせに」

 ぷくっと頬を膨らませて言う鬼子。

 ああそういうこと言う? そう言うこと言っちゃう?

 ちょーっと憎たらしくなったので頬を引っ張ってみた。

 思いのほか伸びる。

 むにむにしていて結構気持ちがいい。

「ひょっほ、ははひへふははいよ!」

「おー、すんげー。伸びる、はは、伸びるー」

 びーんと伸ばすと少し涙目になる鬼子。

 だがやめてはやらない。

 この家の主は俺で、一番偉いのは俺なのだ。きちんと教えなければ。

「ふっ、ふー!!」

「怒ってますねー、怒ってるかなー?」

「おひぃ、……はふ!」

 指先をがぷりと噛まれた。

 痛い。

 え、ちょ、本当に痛い。牙が刺さってる!!

「アー!! アー、おま、いた、いったぁ!!」

 ぶんぶんと指を振ると鬼子は宙で華麗に一回転し、床に着地しする。

 何気に得意げな顔をしてるのが気に食わないが、今はそれどころじゃない。

「ほーふくなのです! ごめんなさいしてください」

「お・ま・え・なー!」

「夕餉、豆腐だけにしますよ」

「ごめんなさい。悪かった。許してください」

 土下座しました。

「ふむ、よいでしょう」

 憎たらしいくらい勝ち誇った笑みを湛えている鬼子。

 その前でを土下座をする男、それは俺だ。

 この家の主は俺なのになぁと、そう思いながらフローリングの床に這い蹲っていた、2月の出来事。

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