猫とピアノと僕と孤独

くさかみのる

第1話

 一人でいられる場所がほしかった。

 愛する人や心を許せる友など必要ない。

 自分に必要なのは美しい旋律を奏でるピアノだけ。それだけあれば生きていける。

 たとえ寄越されるバスケットが少量でも、頭上からミルクを浴びせられても、自分だけが屋根裏に追いやられても、このピアノという楽器に触れられるのであればそれでよかった。


「お前もそう思うだろう? ――なんてな」


 意図的に狙われ傷つけられた指先で白い鍵盤に触れる。

 貧相な指は美しい鍵盤を叩くに相応しくないかもしれない。けれど、これに触れることが許されたのは自分の指だけなのだ。他の誰でもなく、自分だけ。

 ぽーんと小さな音が室内に響く。

 それは日々の雑事で荒れる心を癒してくれた。

 冷たい物置部屋で埃を被っていたグランドピアノ。誰からも興味を示されないかわいそうな楽器。だから自分が使ってやるのだ。自分が奏でればこの楽器は本来の美しさを取り戻す。

 とふと、開いた窓から演奏会の客人が現れた。

 闇を溶かしたようなビロードの毛並み、触れてくれるなと言わんばかりの気ぐらいの高い黄金の瞳。

 彼女はするりと窓から部屋に下りると定位置に座り「さぁ、奏でろ」と、さわり心地のいい尻尾で床を叩いくのだ。


「我が物顔で座ってるけどな、そこは有料席なんだぞ」


 にゃぁと鳴いて催促される。

 しばし沈黙でのにらみ合い。だが再び「にゃあ」と鳴かれると少年は苦笑して椅子に腰掛けた。

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猫とピアノと僕と孤独 くさかみのる @kusaka_gg

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