025 黒の英雄と駆け出し少女騎士隊
腰まで草の伸びた茂みを歩いて教え子三人の元に近付きながら、レグは表情には出さないものの心底から安堵していた。
一目見るだけで、三人の状態がギリギリだったのはすぐ分かる。膝から崩れ落ちたミレイの格好はボロボロだし、リアは背中に大きな傷を負っている。シーリスは無傷だが、
「……やれやれだな。こんな所にわらわらと
ぼやきながら、まずレグはリアの状態を確認する。傷口を凍らせているのは良い判断で、これなら死ぬことはないだろう。ちゃんと治療すれば数日で動けるようにはなる。
そしてシーリスはホッとしたというより半信半疑の目を向けてきて、遠慮無く嫌味を言ってきた。
「……流石に英雄殿、随分とタイミング良く現れたもんだな、です」
「後でセーラを褒めてやれよ。あいつがぶっ倒れそうになりながらも全速で村まで走って伝えに来たから、ここまで来れたんだからな。まあ、間抜けなことに間に合わなかったが」
「え……レグ兄は、ちゃんとこうして……」
「話に聞いていた
レグが視線を向けたのは、ミレイ達と
つまりあの
「ったく……よくやったな。予想外の事態が多く起こったが、一番はお前達だ」
「…………ぁ……わぷっ!?」
感動した様子のミレイに、レグは貫頭衣を脱いで投げ渡す。破けすぎて布きれが絡みついているだけという見ていられない状態だったので、サイズは合わないだろうがないよりはマシだろう。
袖の無い黒いシャツに同色のズボンという格好になったレグは
「さてと」
と呟き、黒剣を片手にぶらりと提げて無造作に歩き出す。
「もう少ししたら応援が来る。その前にこいつ等を片付けておくか」
「……なっ……応援を、待たぬのか……!?」
「怪我人が増えたら困るだろ。それと……これは頑張ったお前達への褒美だ。オレの全力を見せてやる」
言って、レグは黒剣を胸の高さに片手で構える。
だから敵がもう遅いと気付く前に、終わらせる。
「手負いとはいえ緑クラスの
「う、うん……不完全だったけど……」
「なら、それに関して説明はしない代わりに見せてやるよ。お前等が目指す
ただ一言、自らが付けた名を呼ぶだけ。それだけで殆ど無意識に顕現するように訓練を積んできた。
そして今日もいつも通り呼び名に応えて体は反応し、レグの全身から溢れ出た純白の
腕や足、胴体といった要所はしっかりと護りつつ、関節部を含む可動域は黒い鎖帷子のようなもので覆われている。タイプとしては軽鎧に近いし、全体的に簡素なものだ。
これがレグの辿り着いた
「いくぞ――纏え、《咎断》!」
気合いの籠もった声を放った瞬間、顕現したばかりの
一秒とかからず鎧は全て外れ、それを纏った黒剣は二回り以上大きく、白く刺々しい刃へと生まれ変わる。
これがレグの奥の手――
影属性の
レグの手にした長剣に、
白く輝く長剣を横に引いて構えたレグは、残った魔力を全て
「全てを喰らい尽くせ――《
叫ぶと共に横薙ぎで長剣を一閃させた瞬間、黄金の光が世界を埋め尽くした。
「わっ……!?」
「…………ッ?!」
「な、ん……!?」
突然きた光の爆発に後ろにいた教え子三人が声をあげるが、それ以外の音はない。ただただ金色の光が全てを塗り潰すだけ。
それはほんの数秒で収まったが、元の色を取り戻した世界はというと……概ねレグの思った通り、剛魔獣も木々も纏めて消え失せていた。
剣を振り抜いた体勢のレグの前から、森にぽっかりと空白地帯が出来上がっている。広範囲に亘って膝より上の障害物は全てなくなり、それがずっと先まで続いている。
そして
「………………………………うそ…………」
代表するようにミレイが呟くが、他の二人も似たような感想らしく茫然自失としていた。特にリアは、レグを見上げたまま開いた口が塞がらない。
手の中の
「――これが一つの極致、お前達が挑む山の頂点にいるレベルの
最後まで言い切ったところでレグはぐらりと体勢を崩し、そのまま背中からぶっ倒れた。
「えっ、あれっ!? レグ兄っ、どうしたの?!」
「……あー、ダメだ。全部出し切ったから、しばらく立てねぇ。このまま寝てるわ」
「えぇぇっ!? で、でも、リアちゃんも大変だし、あたしもまだ立てないし……あわわ、どうしよう……?!」
「もう少ししたら救助が来るから慌てんなよ。あー、でも、オレの分の担架は用意してくれてるかな……セーラが付いて来てたら
一撃であっさり倒してみせたが、普通に戦えば黄色クラスの
その代償がこれだが……見晴らしが良くなって空が開けた森で、手足に全く力が入らなくなった体で、レグは言う。
「今年の
「え…………それって……」
「…………
「……予選を通れるくらい強くなれるのか、です……?」
疑いの強い三人の言葉に、レグは頷きはしない。ただし、否定もしない。
昨日までなら、間違いなく首を横に振っていた。けれど死線を越えた今ならば、
「あくまでもお前達次第、しかも可能性は少ないけどな。頂上までは保証しないが……ま、麓からじゃ見えない景色は見せてやるよ」
言ってやれるのはこれくらいだが……それでも、顔を横に向けて見た三人の顔は程度の差はあれど、希望や期待に溢れていた。
普通の
時間が無い中、この面子で予選を勝ち抜くのは難しい……が、希望は見えた。本人達もやる気はある、はずだ。
なら……後は、こちらがどれだけ本気で付き合ってやれるか、伸ばせてやれるかに掛かっている。
責任は重大だが、少なからずやり甲斐はある。レグ自身としても、この若いチームを
その為にはまず、あと一ヶ月と少し後にある予選を勝ち抜かせる――
「……ま、やるだけやってみるか」
指一本動かすのも億劫な虚脱感に襲われながら呟いたレグは、口元を緩めて笑い……
地面から伝わる数人の駆けてくる振動に、ようやく今回の戦闘が無事に終わったと感じた。
エピローグ
「……それで、森の一部を更地同然にした言い訳はもう終わり?」
「当然だろ。そもそもオレが責められる理由なんて欠片もねぇよ」
この短期間に三度目となる王城への呼び出しと女王代行との面会に、レグはふてぶてしく答える。
――レグ達が森で
あの後、救助されて村で休憩した後、駆けつけた
深い傷を負った
どちらかというと問題なのは……
「狼型の
「下手すりゃ侵攻だと思われる、ってか。国同士の諍いが禁止されているから、疑惑を持たれるだけでも問題行為だって叩かれるらしいな?」
「ええ。
困った風にため息を吐くフランベルだが、表情はそれ程深刻そうではない。
その理由がレグには分かる。付き合いの長さと、これまでの経験がそうさせる。
「…………だからオレを呼んだのかよ」
「ご明察ね。そう、久しぶりにお仕事よ。正規の任務ではなく、女王代行からの個人的なお願い。こんなの、単独で赤の
「はー……まあいいけどよ。次の訓練日が終わったら向かう。その代わり、報酬はいつも通りくれるんだろうな?」
「ええ、勿論。行商ルートを使った、行方不明になった
「……ったく、こんなことやらせておいて
「女王代行は潔白でなくてはならないのよ。個人の感情で国費を使っていると思われれば、女王派に余計な餌を与えることになるもの」
「本当に面倒な国だな、ったく……」
心底からうんざりしながらも、レグはこの国を離れられない。
それは必死になって国を守ろうとしている友人や、いつか帰って来るはずの友人がいるからだったが……もう一つ、理由が増えてしまった。
昔の自分達と同じく
「それともう一つ。ある意味ではこっちが呼び出しの本命よ」
「まだあるのか? これから予選までにどうやってあいつ等を強くするかって難題もあるのに、いくつも仕事を任されても無理だぞ」
「だからこそ今教えてあげるの。その予選がなくなりそうだって話を」
「……………………は?」
フランベルの言った内容が、レグにはすぐに呑み込めなかった。
予選がなくなるなんて、普通なら有り得ない。だからこそ本命チームだけにするという計画は反対されたし、今回の三チームだけというのも異例だ。例年なら少なくとも五チーム以上が参加するし、レグ達の年は七チームもいた。
数日前に予選撤廃の話が上がったことを聞いたが、それも反対されたはずだ。なのにこの短期間で状況が引っ繰り返るだなんて、意味が分からない。
もし予選がなくなるのが事実ならば、余程のことが起こらないと……
「――三日前、実地訓練をしていたのはレグ達のチームだけじゃないわ。他の二チームも、危険度はさらに低い巡回ルートに帯同していたの」
「………………おい、まさか……」
「そのまさか。他のチームも
フランベルの口から伝えられた『余程のこと』の内容に、レグは信じられない思いで呆然とするしかない。
だが、今の内容はそんな事例だけじゃ納得出来ない。
「……同じ日にわざわざ縄張りの外から実地訓練をしていた場所に現れた、だと? そんな偶然、あるはずないだろ」
「ええ、そうでしょうね。でも、偶然じゃないならどうやって? レグが訓練場に連れて行ったような真似でもしたのかしら?」
「いくらオレでも緑を複数なんて無理だ。倒すのなら余裕だが、捕獲するのは数倍難しいんだからな」
「なら、追い立てるのは? もしくは獲物を使って誘導する手段なら?」
「……不可能じゃないが、危険だし労力も半端なくかかるぞ。それに何より、メリットがないだろ」
「そうね。どこか一チームだけ襲われていなければそこを後押しする関係者が非道の手段を用いたと思うことも出来るけれど、どのチームも襲われている。怪我人も出ていて、唯一候補生達が無事だったレグ達のところには黄の
つまり国内で手引きする人間はいないはずだ。そして
「絶対に偶然とは思えないけれど、今のところ偶然で済ますしかないわ。昨日の緊急会議で決まったのは他の二箇所を含めて
「……うちのチームだけ、か。ハゲが反対したんじゃないのか?」
「当然、猛反対よ。だから代表は決定ではなく、暫定ね。ただ、これからチームを作るにしても急造で人材は乏しいし、何より今回の件であの子達にも実績が出来たわ。手負いとはいえ緑の
「むしろ代表から外す理由がない、か」
そこまで聞いて、ようやくレグも実感が湧いてきた。
まるで予期していなかった展開だが、教え子達が
そしてもう一つ――
それが国内だけなのか、他所の国でも起こっているのかは分からない。だが、今回の件が偶然と楽観的に考えるつもりなんて更々なかった。
とはいえ、レグに出来ることなんて殆ど無い。やれるのは
「……あの未熟なひよっこ達を少しでも強くすること、か」
リアは発言権を強くする為に、シーリスは己の強さを証明する為に、セーラは研究の支援者を得る為に。
特にミレイは、身の程知らずにも優勝が目標だ。優勝して開催国の光夜アスニアで姉の消息を調べる為に、貪欲に強さを求めている。
まだまだ本戦では通用しない四人と、まだ会えていない最後の一人に、国の代表として相応しい強さを身に付けさせる――
「難題だらけだな、ったく……」
そうぼやいたレグは思わずため息を吐く……が、胸の奥底ではやる気に火が点いたのも感じていた。
手に負えないくらい厄介なことばかりだが、燻ったまま動けないよりはずっといい。戦うのが自分じゃなくて任せるだけしか出来ないのはもどかしいが、あの原石でしかない連中を短期間で輝かせられるのは、恐らく自分だけだ。
都合の良すぎる
黒の英雄と駆け出し少女騎士隊(リリィナイツ) 上月 司/電撃文庫・電撃の新文芸 @dengekibunko
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