024 奇跡の聖錬衣
目の眩むような光が弾けると共に、世界が元の速度を取り戻すのが分かった。紅い光が周囲を埋め尽くしていたのは一秒にも満たない程度で、すぐに森は変わらない姿を見せる。
ただ、閃光の前後で変わっているものが二つある。
一つは、ミレイの眼前にいたはずの
そしてもう一つは――自分が、紅に輝く
「今のは、何が…………どうやって防御をした、です……?」
信じられないと言わんばかりに新たに槍を作り出したシーリスが訊ねてくるが、ミレイは上手く答えられない。信じられない気持ちなのは、自分も同じだからだ。
「…………出来、た…………やった、出来た! あれ、でも違う、なんかちょっとしか出来てない?!」
奇跡の成功に興奮しながらも、改めて見ると鎧と呼ぶには程遠いモノを纏っていた。レグの導きで発現した
しかも
それに……土壇場で
危機が続いている証拠に、視界の中では大きく吹き飛ばされた
遠く離れた位置での行為に威嚇かと思いかけるが、ミレイはすぐに違うと気付く。かなり距離はあるが、足を振るった先にいるのは倒れているリアだ。そして敵と同じ風属性の先輩
「っ……でも!」
咄嗟に
「ぅぐっ…………いったぁ……!」
小さな子供が上から飛び乗って来たのよりもずっと重くて痛かったが、それだけで済んだ。鎧も破損していない。
この結果に
慌てて駆け寄って来たシーリスも戸惑った様子で、顔に焦りと疑問を浮かべていた。
「無茶するな、です! だが……平気なのか、です?」
「痛いけど大丈夫! それよりリアちゃんは!?」
「戦えないだろうがすぐには死なないはずだ、です。咄嗟に背中を氷で覆ったみたいだからな、です」
その言葉を裏付けるように、リアは苦しげに喘ぎながら体を起こして座り込み、綺麗な顔に脂汗を浮かべつつも強い意志の籠もった目でミレイを見つめる。
「……ッ、
「ごめんっ、その話は後で! 二人共聞いて、時間が無いの!」
「どういう意味だ、です? 仕組みは分からないが、その防御力があるのなら助けが来るまで持たせられる可能性は、」
「この鎧、長く持たないの! これがある内にどうにかしないと、時間切れになったらもう打つ手がなくなっちゃう……!」
「なっ……無鉄砲にも程が有るだろ、です……!」
予期せぬ展開に慌てるシーリスだが、ミレイは
「だからごめん、作戦変更させて。あの
「それ、は…………本気で出来ると思ってやがるのか、です?」
「出来なくてもやる、絶対に倒すの! 皆で揃って
もうこうなると、可能性がどれだけあるかなんて関係無い。やらなければ、自分を含めて誰かを失う。そんなの絶対に嫌だし、その先だって諦めていない。
「……具体的な手段はあるのか、です」
「弱点にあたしが全力で攻撃する。だからシーちゃん、フォローして。難しい役回りだけど、お願い」
前に
今なら普段以上に破壊力のある攻撃が出来るはずだ。それに、あの夜にレグから
出来なければ、死ぬ――だからやってみせる。それだけだ。
そうこう話している間にも、
たぶん甘く見積もっても前回より長くはもたない。もしかしたらあと数十秒ももたないかもしれない。
だから一撃で。全ての力を注ぎ込んだ攻撃を、
「でも、一人じゃ届かないかもしれない……だから、」
「もういい、です。逃げるならあのまま逃げている、倒せるならやるだけだ、です」
「っ……ありがとシーちゃん! それからリアちゃん、悪いけど……」
「己のことは……ッ、気にしなくていい。足手纏いにはならん」
喋るだけでも傷に障るのか眉間に深く皺を刻みながら、それでもリアは毅然と返す。
その強さをありがたく思い……ミレイは剣を持つ両手に力を込め、改めて
「……お姉ちゃん、待ってて。絶対に探してみせるから」
誰にも聞こえないくらいの小声で呟き、一気に集中を高める。在りし日の姉の姿を、
まだミレイが十歳になったばかりの頃、一度だけ姉が
あの時の姉と同じ、大剣の
なら、出来るはずだ。ずっと憧れて追い続けている自分なら、絶対に出来る。
――そう一心に信じて、ミレイは剣に炎を纏わせる。だがそれは一瞬だけで、炎はすぐに剣へと吸い込まれ、刃が赤々と輝く。
尋常じゃない気配を察してか低い唸り声を上げた
「シーちゃん、あいつの退路を断って!」
「簡単に言ってくれるな、です……!」
後ろから文句が聞こえるが、ミレイは振り返らない。仲間を信じて、
「させるかよ、です――《
その内の一つが
「足止めだ、威力は期待するな、です!」
「十分だよ! これならっ……!」
雷に触れずに
いける、と確信したミレイは走りながら
痛みに顔を顰めながらも足は止めず、ミレイは狙う一点に視線を注ぐ。
だが、逃げ場のなくなった
大きく前足を振り上げた敵は、恐ろしいが――もう関係無い。爪でも風属性の攻撃でも、避けることは考えずに攻撃するのみ。罅の入った
向かって来る敵に対してミレイはさらに踏み込み、姉のジーナが放ったのと同じ必殺の一撃を放つ為の体勢を固める。
「やああぁぁあぁぁ……っ!?」
来るはずの衝撃に耐えて一撃必殺の攻撃を放つべく気合いの声をあげたミレイは、そこで驚愕した。
不可視の攻撃による衝撃が、こない。
それどころか――目の前に迫っていた
「なんっ……上に?!」
驚きながらも微かに見えた残像を追って顔を跳ね上げると、
シーリスの攻撃を避けた時のように、風属性の技を攻撃ではなく空中での足場代わりに使い、本来なら有り得ない移動を可能にしている。
しかも
「くっ……このままじゃ……!」
行き場をなくした
濁ったその目は明らかにこちらを嘲笑っていた。『お前達のやりたいことくらいお見通しだ』と言わんばかりに。
だが――突然地面が隆起して急速に迫るミレイの姿に、
「っ……リアちゃん……!」
視線は
今度は間違いなく攻撃するつもりで――自分を殺すつもりだと、即座に分かる。
殺意の乗った鋭利な爪撃がミレイを襲う。このままでは直撃は免れないが、ギリギリ剣で防ぐことも出来る。
――が、ミレイはそうはせずに、狼の爪を胸の
「ぐ、ぅ……!」
しかしミレイは歯を食い縛って全てに耐えて、氷柱から跳び上がった。
そして見下ろす形になった
「咲き乱れて――《
叫ぶと共に、ありったけの力を込めて大剣を振り下ろした。
そして狙い違わず狼の首元に大剣の刃が食い込んだ瞬間、剣の中へ溜めに溜めた膨大な熱を解き放つ。
刹那――叩きつけた剣から生まれた爆炎が、
その光景と確かな手応えを最後に、ミレイの意識は急速に遠のいていった。
――気が付いた時、ミレイは誰かに抱き抱えられているみたいだった。
その誰かは槍を使う年下のチームメイトで、視界の殆どが彼女の顔で埋まっている。
「…………あ、れ……? シーちゃん、どうして……?」
「『どうして』じゃないだろ、です。あんな空中で意識を失うだなんて、自爆もいいところだ、です」
「あ……そっか、ありがとね」
どうやら意識を失った自分を受け止めてくれたらしかった。まだ周囲の熱が急速に引いているところからすると、あれから数十秒と経っていないはずだ。
だとすれば一番気になるのは、
「っ、
「見ての通りだ、です」
素っ気ないシーリスだが、ミレイは素直に急いで周囲を見回す。森の様子には大きな変化は無く、自分とシーリス、倒れているリア以外には誰も見当たらない。
ただ……地面に、碧色の
その事実が結果を教えてくれているものの、ミレイは理解しきれずに呆然としてしまい……ゆっくりと遅れてから喜びが溢れてきた。
「……やっ、た? やったんだよね?」
「驚いたことにな、です」
「そっか……やったよシーちゃん! リアちゃんも! 良かった、これで皆で
「あの修羅場を抜けて言うセリフがそれかよ、です。だが、あの変な防具……あんなものが使えるのなら……」
ぶつぶつと何やら呟くシーリスだが、真剣な表情には疲労の色も見える。怪我こそないものの彼女も限界が近かったようだ。
尤も、ミレイは限界を通り越しそうな状態だった。体に全く力が入らなくて、自力で立つのがやっとだ。一度座ったらもうしばらく立てなくなりそうで、
それでも、リアよりはずっとマシな状態だ。
「リアちゃん、大丈夫? 助けが来るまでここで待てそう?」
「……ぅ、む……平気、ではない、が…………大事には至らぬ、はずだ」
辛そうな声音だが、見れば傷口付近を凍り付かせていた。あれなら出血は防げるし、感染症も平気かもしれない。
となると心配なのはセーラが運んだナンスリーだが、村に着けば手当てを受けられる。少なくとも最悪の事態は免れるはずだ。
「じゃ、助けが来るまで少し休憩しよっか。あたしもちょっと歩けそうに……?」
「どうした、で……す……?」
「………………これ、は……」
――最初にそれに気付いたのは、ミレイだった。少し遅れてシーリス、リアと続けてそれに気付く。
茂みの向こうを見つめたまま硬直したミレイは、唐突に理解してしまった。
「……そっか……あの
「……お前も気付いたか、です」
同意するようなシーリスの言葉に、ミレイは無言で頷く。
あの二体の
つまり、三人の村人だけでは足りなかったのだろう。
――茂みの向こうに現れた、四体の狼型の
のっそりと姿を現した
そして問題は……一番後ろに控える、牛よりも大きいのではと思えるサイズの巨狼だ。黒に近いダークグレーの毛並みの中で一際目立って輝く
普通の
「……なるほど、な……彼奴等は、斥候役か……」
「…………手負いを一体倒すだけでもこの様だったのに、格上に数でも負けているとは流石に笑えないな、です」
リアとシーリスの乾いた声には、絶望の色が滲み出ている。
それはそうだろう。今のこちらの状態では、青の
こうして四体もの
どうにせよ、
――だが、それでも。
「……シーちゃん、リアちゃんを背負って走れる?」
「…………何を、」
「あたしが最後の力を振り絞って火を点けるから、それを合図に逃げるよ。一人で背負えないなら、二人がかりで引っ張っていく。リアちゃん、痛いだろうけど我慢してね」
「………………逃げられると、思っているのか……?」
「思えなくても、やるよ。あたしは皆と
一つ一つ目標を口に出しながら、砕け落ちてしまいそうな気持ちを奮い立たせる。走るどころか歩けるかどうかも分からない体で、
それでも――
「……死ぬまで全部諦めないの。だから、二人も付き合って。絶対にこんなところで終わらないんだから……!」
思いを振り絞ってそう言った瞬間、一番手前の
ぐっと頭を下げて今にも跳びかかろうという体勢になる大きな狼に、ミレイはすぐ隣の二人を庇うように立ち、シーリスはリアの腕を掴み上げる。
あんな啖呵を切っておきながら、足は殆ど動かない。恐怖よりも体が限界に近いせいだ。
気持ちだけしかない自分の情けなさに、ミレイの目に涙が滲む。
逃げることも出来なさそうな獲物を前に、
――その四肢を、地中から生えた黒い錐に貫かれた。
突如起こった異変に、
そんな光景に呆然とするミレイの耳に、ぶっきらぼうな声が届く。
「――うちの未熟なガキ共相手に張り切るのはそこまでにして貰うぞ」
背後からの言葉に、ミレイはすぐさま振り返り……我慢していた涙が、零れる。
「っ、ぁ…………レグ兄ぃ……!」
まだ少し離れてはいるが、森の中に紛れるような黒い貫頭衣を着て黒い直剣を持った人物が、確かにそこにいた。
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