第三歩

「なんでお前まで服を着ていないんじゃあああああああああああ!!」


 俺の顔はみるみるうちに青ざめ、身体中から冷や汗が溢れ出していた。

 俺のそのオーバーリアクションの所為か、眠っていた祐樹も目を覚ました。


「やあ、おはようぅ」

「あ、うん。おはよう」


 なんで語尾を伸ばすのさ気持ち悪りぃ…。物凄くねっとりしてて嫌なんだが…。


 いやいや、そんなことはどうでもよくて、俺は一刻も早く裸で寝ていた真相を問わねばならぬ。謎の使命感に駆られている。モヤモヤしたままなのは嫌だ!


「な、なあ祐樹。なんで俺達裸で寝てるんだ?」

「なんでって、覚えてないの?お前昨日は最後に残っていた一番度数の高い酒を一気に飲み干して、そのまま酔った勢いで全裸になったんだよ。俺にも強要するから二人とも全裸ってわけ」

「…まじで?」

「まじですよまじですよ」

「そっかあ…。お前が流されて脱いだのは意味がわからないけどもとにかくお酒って怖いな。まあでも何もなかったことがわかって良かった」

「何もなかったかどうかは分かんないけどね」


 祐樹は妙にニヤつきながらそう言った。俺は引いた冷や汗が再度噴き出して来るのを感じた。


「ええっ!?嘘だろ…!?」

「嘘嘘!嘘だって!いやごめんて。凹むなって」

「いや、大丈夫。気にするな」


 ちょっと…マジで怖いんですけど…。さっきから噴き出した汗が引く気配が全然ありません。

 そんなことを思っていると、おもむろに祐樹が服を着始めた。


「なんで服着てるの?」

「なんでって、朝が来たから帰るんだろ。それともあれか?割とガチで新たなるステージに目覚めちゃったとか?」

「ちっ、違うわ!!」


 いやあ、さっきから墓穴を掘りまくってるなぁ。いや穴は掘ってねぇよ…。はあ…、言葉には気をつけなければならない。

 祐樹が服を着始めたので、俺も帰る支度をした。




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 エントランスへと向かう途中、昨晩はちゃんと眠れなかったのか祐樹が気だるそうにあくびをした。


「ふあ〜あ」

「ちゃんと寝たのか?」

「いや、あんまり眠れなかった。もしかして俺はベッド変わると眠れないのかもしれない。高校生になって変なこだわりが出てきちゃったのかなぁ」

「あらあらそれはそれは可哀想に」

「うざっ」


 他愛もない会話をしていると受付のあるフロアーに到着した。

 受付の人は昨日見た女性のスタッフではなく、男性のスタッフに変わっていた。なるほど、夜番と朝番では人が違うのか。まあ当然といえば当然か。

 特に長居する理由も無いので、スタッフに鍵を渡しにいく。祐樹はフロアーに着くなり設置してある椅子に座り込んで動かなくなってしまった。

 そんなわけで俺が渡しに行った。


「あ、ありがとうございました」

「んっ…?」


 男性のスタッフが、俺の顔をまじまじと見てきた。


「なっ、なんでしょうか?」

「んん…」


 まさか、未成年だとバレた!?これはまずいぞ…。通報か!?学校に通報されるのか!?高校一年にして学園生活死亡ですか??


「僕が何かしましたか…?」


 男性スタッフは、右手を顎に当てて何か考え込んでいるようだった。


「うーん。お客様が私の高校時代の同級生に似ていたもので、つい見てしまいました。申し訳ありません」

「は、はあ…。そうですか」


 あっぶねー!!完全に終わったと思った。高校一年生が男二人でラブホに来たところを学校に通報されるなんて、きっと噂はすぐに回るだろうから二学期からはあだ名がホモセクシャルかラブホテルになるところだった。危うい危うい。


 ふぅー。さてと、お金は前払いで支払ってあるから用事はもうない。ここはさっさと出よう。寿命が縮む。

 裕樹の方を見ると、机に突っ伏して寝息を立てていた。お前…、ベッドが変わると寝られないんじゃなかったのかよ…。

 俺は渋々眠っている裕樹に声をかける。


「おーい、祐樹ー!起きてー!」

「ん?もう朝か?」

「いやいや、さっきからずっと朝だよ。早く出るよ」

「へーいへい」


 俺は祐樹を起こすと、半ば彼の手を引く形でホテル“sweet street”を後にした。


 ホテルを出てから暫く歩いたところで、祐樹が思い出したかのように俺に言葉を投げかけた。


「あ、そういえばお前、俺とは何もなかったけど、酔い潰れた後一人でシコってたよな」

「えっ、まじですか?」

「まじですよ」


 …………

 …………

 …………

 …。


「うっ、嘘だろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 俺の顔は、もはや人の形相ではない程に青くなっていた。


「おい、急に叫ぶなよ迷惑だろ」


 そんな俺を横目に見ながら、祐樹が冷めた声でそう言った。そして続けて、


「いきなりトイレにこもって全然出て来ないから何してるのかと思って近づいたらふんふん言ってるから…」

「もうそれ以上は許してください…」

「うへへへへへへ」


 この子怖いよお…。死にたい。




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 俺たちは軽く朝食をとった後、それぞれの自宅へと帰っていった。

 そして俺は、先程までホテルで眠っていたにも関わらず、自室のベッドで眠りについた。




 目覚めると時計の短針は4時を指していた。午前10時から眠っていたので、6時間寝たことになる。思っていたよりも寝た。そんな目を覚ました俺を待ち受けていたのは、夏休みの課題。気が狂いそうになる程の量の課題。休暇が始まった頃は全然そんなことなかったのに…。完全に自分のせいです。ごめんなさい。

 今日は8月26日。もう学校自体が始まっているところもあるっていうのに、ありがたいことに我が校の夏季休暇は31日までしっかりある。2学期の開始まで6日もあるのだ。

 これから毎日3時に寝て6時に起きる生活をすれば余裕だ。なんだ、課題って案外ちょろいんだな。ん?これはもしかして俺が有能なのか?

 ふぅ…、4時半か…。


「あ、そうだ。夜中に備えて寝溜めしておこう」



 …ちなみに、そのまま夜を明かしてしまったのは言うまでもない。




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 心の中で毎日どれくらいのペースで課題を進め、尚且つ自主的に学習していくかの計画を立てていた。その計画には、本日の分は含まれていない。何故ならば、今から眠りにつくからだ。


「明日徹夜すれば大丈夫だろ」


 そう思ってしまったのが俺の中でのだったのだろう。その次も、その次も、自主勉強はもとより課題すらやらずに眠りについた。


 と、このようにしてなんだかんだ先延ばしにしているうちに8月31日の夜を迎えてしまった。その間に終わらせることができたのは、全体の2割程。自分で言うのもなんだが、かなりのゴミである。




 ――――その夜…、一人の少女が濁った雲に見え隠れしている月を見上げていた。


「はあ…、やっと会える…、大好きだよ」


 少女はそう言うと頬を赤らめ、そっと下を向いた。




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 そして残酷にも時は流れていき、悲しいことに新学期が遂に始まってしまった。結局、課題を全て終わらせることは…、出来なかった。

 俺は眠気で重くなった瞼を擦って登校し、必死で始業式での校長の話を聞いていた。相も変わらず定型文ばっか喋りやがって。誰だって出来るわ!!てか俺でも出来るわ。



 式が終わって教室に行く。まあ実際のところ今日提出しなければならない課題はないからそんなに焦らなくてもいいといえば焦らなくていいのだが。とはいえ少し教室内の空気が重いような気がするのが引っかかる…。


 教室に戻ってから次の授業が始まるまでに少し時間があったので、俺は祐樹と喋っていた。


「遂に新学期が始まってしまったわけだな兄弟!」

「えっ?何その謎テンション怖いんだけど」

「まあそう言うなよ。俺とお前の仲じゃないか」

「ごめんなさい意味がわからないです」

「ところでお前夏休みはちゃんと勉強してきたか?」

「ん?何の話だ?」

「いや、何の話って…」


 そうこう言っていると教室内に担任が入ってきた。そして軽く息を吸い込むと開口一番、


「今から実力テストを行う。みんな席に座れー」


 !?


 俺の頭の中にはこのマークが実に一億個ほど浮かんでいた。まあそれは冗談としても大変困惑していた。思わず辺りを見回す。


「あー、やっぱりやるのかー」

「俺全然勉強してきてねぇよぉ」

「ふふふ…、僕の時代がやってきたようだね」

「うちマジできる気がしないんだけど〜」


 なっ、何だと。みんなこの重大イベントが行われることを最初から知っていたかのような…、まさか!?知っていたと言うのか!?何と言うことだ…。祐樹が言っていたのはこのことだったのかァッ!!





 ————そして昼休み。



「おい冬仁ふゆひと、どうしたその魂の抜けたような顔は」

「………」

「こやつもしかして実際に魂が抜けてしまっているのか」

「ああああああ…、うううううう…」

うめくんじゃない呻くんじゃ。怖いから」

「ああああああ…、うううううう…」

「あ、これは本格的にダメなやつだ」

「て…」

「て?」

「テスト死んだ」

「知ってた」


 俺は小さな呻き声を上げながらも、祐樹が少し自信ありげな顔をしていることに静かに拳を震わせていた。



 俺たちのいる学校では、休み明けの実力テストは1日に集中して行われる。よってこの地獄のような時間がまだまだ続くのである。本気でしんどい。

 昼休みももう終わる、自身の終焉の始まりだ。ちょっと何言ってるかわかんないけども!!

 そして残酷にも、休み時間終了のチャイムが鳴り響いてしまったのだ。その音色は、瞬く間に俺の脳内を侵食していった。



「問題用紙と回答用紙を配る。今から5分経ったらテストを開始する。不正行為を行なったものは全科目0点とするからくれぐれもするんじゃないぞ」


 全科目0点は厳しいんじゃないかと思いながらも、教師から配られたその紙に目をやった。教科は数学、苦手すぎる死にたい。書いてあるものの内容がさっぱりわからない。絶望が止まらない。


 試験監督の教師が自身の腕時計にそっと目をやる。


「うーん、そろそろだな。始めっ!」


 絶望の鐘を鳴らすかのように、その声は教室中に響き渡った。


 勉強をしておらず回答が全く分からないのか、早々に頭を抱える者、自信ありげにすらすらと書き進める者、悩みながらも少しずつ埋めていく者…。

 その頃の俺はというと…、


「(んんん…、なんじゃこりゃぁ…、知らない、xをyに代入して解け!?こんなの絶対知らない…。おのれ文部科学省め…)」


 …当然のことながら爆死していました。

 というか数学で苦戦しているのにもかかわらず、この次のコマもテストだということを思い出して絶望していた。このクラスに俺と同じことを思ってるやつが一体どれくらいいるのだろうか。気になる。




 --------------------




 それぞれがそれぞれに向き合いながら、その時は過ぎていった。


 キーンコーンカーンコーンとテストの終わりのチャイムが鳴ると、試験監督が、


「回答やめ!用紙を集めろ〜」


 その声を聞き、最後列の生徒たちがテストの解答用紙を集め始めた。

 俺の用紙を回収されるとき、心成しかその生徒に「今回も爆死おめでとう」という顔で見られたような気がした。クソが。俺だって真面目に勉強してるんじゃボケ。あ、してなかったわ。嘘つきましたごめんなさい。





 ―――――次の時間、英語。


 俺の周りには偶然にも頭の悪い連中が集まっているので、そのせいか大量の不平不満が飛び交っていた。


「日本人に英語やらすな」

「日本語すらままならないのに英語やらせるな!!」

「英語滅べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 …お前ら理不尽かよ。


「うるせぇテストやるぞ!」


 案の定担当教員に怒られていた。馬鹿だなあ。俺は頭が良いから心の中でそっと悩むだけなのさ。別に悲しくなんかねぇよ?ははは。



「回答始め!」


 今回も試験監督の合図で回答が始まった。まず最初に俺は配布された問題用紙を一通り眺めた。どれくらいの問題があるのか、どんな問題があるのかを確認するためだ。

 最初のページから最後のページまで見終わった後、俺の顔の口角は少しだけ上がっていた。

 何故かって?それはな、思っていたよりも記号問題が多かったからだ!!

 これは俺、勝ったかもしれない!!


 ————何に勝つのかって?…うるせぇ黙れ。


 ほとんど点数を取れないと思っていたものが、まさかの180度大回転!!おそらく最初に思っていたものの5倍の点数は取れていると思う。

 私は神だ。俺の時代が来たぜ。



 俺は、やっと終わった地獄の時間にきちんとサヨナラを告げ、安堵の表情でため息をついた。

 しばらくすると担任が入って来て、連絡事項を話し始めた。帰宅前のホームルームの始まりを告げる声だ。


 ホームルームでは担任が、いつも通りに大したことのない話をダラダラとしていた。

 周りのクラスでは既にざわついた声が聞こえてくる。ホームルームが終わったのだろう。

 うちのクラスは終わる気配が全くない。早く終わらないかな…。





 そんなことを思っていると、一人の少女が、俺達のいる教室へと入ってきた。そして俺の目の前に立ち、


「久しぶりね、冬仁。相変わらず元気そうじゃない」

「お、おう。君の方こそ元気そうで何よりだ」



 そう言った彼女は、クラス中の視線を自身に対して一点に集めていた。




 ————その頃の担任、、


「いや、お前誰だよ」

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未来への一歩 〜コンドーム〜 戸田 剣人 @toda_tsuruhito

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