第ニ歩
8月25日、俺は祐樹とボーリング場に来ていた。
当然のことながら二人共学校から出された課題は終わっていない。だが、そんなことはどうだって良いのだ。
一ゲーム目、良い当たりをした時の喜ぶ声と、あまり良くなかった時の悔しがる声以外を全くあげずに進んでいった。
二ゲーム目、これはもう二人とも大爆死でした。ふざけすぎたせいなのか、ガーターを連発してスコアは百を超えなかった。
本当ならばこの先も一日中投げ続ける予定だったのだが、一気に冷めてしまった。一人で練習でもしようかなぁ…。
俺たち二人はあれから行く当てもなく、近くの公園のベンチに座っていた。もしかしておホモだちかしら。
ちなみにあの例の公園である。
俺は、祐樹になら話してもいいと思い、付き合い始めてからの僅かな時間のことを話し始めた。
祐樹はいつも見せない俺の神妙な表情に息を飲んだ。
「祐樹…実は俺、姫華さんと別れたんだ」
祐樹の顔が一瞬固まった。
「う、そだろ…?」
「それが、本当なんですよ」
俺達は交際を打ち明けた時と同じような会話をした。ただ一つ違ったのは、今回は破局の報告であるということである。
どうしよう。もう既に心が折れそうです。この先別れの経緯とかそういうものを話し続ける気力は果たしてあるのでしょうか?心配で身体中がよじれそうです。
「ちなみにここが、別れを告げられた公園なんだ」
「えっ、まじですか。それはごめんな。ここには俺が連れて来たようなものだし」
「いやいや、気にすんな。本当に嫌だったらさっきの時点で断ってるからさ」
「本当に?怒ってない?」
「怒ってないよ。でも今日は俺のメンタルが持ちそうにないから帰ろっか」
「あ、ああ。そうですか。」
祐樹ごめん。まじでこれ以上は精神崩壊を起こしかねない。許してくれ。
「じゃあまたな。明日も話を聞いてくれるか?今日1日で心を落ち着かせるから」
「分かった。じゃあまた明日」
「5時からでも良い?バイトあるから」
「いいよ」
祐樹と別れた後は、足早に帰路について、もちろん自室のベッドで大号泣した。
翌日、バイトなんかやってないけど日中は面倒だったので5時からにした約束のために家を出た。
あのリュックを持っていくのは嫌だったので、旅行用の少し大きめのリュックを持っていった。
何を思ったか家からだいぶ遠いところで待ち合わせをした。
知り合いに会ってズタボロのメンタルを悟られるのが嫌だったのかなんなのかは分からないが。
そして、適当に成り行きで喫茶店に入った。成り行きとはいえやっぱり「トークといえば喫茶店」みたいなところありますよね。分かんないですかね…。
祐樹が無意識なのかわざとなのか単刀直入に聞いて来た。
「で、昨日の続きを聞かせろよ」
俺はいきなりすぎて焦ったが、ゆっくりと喋り出した。
「大した思い出も無いんだ。本当に片手で足りるほどしか出かけてないし、大きなイベントもないままに別れちゃったから」
「そうか、それは悲しいな。で、セックスはしたのか?」
「お前それしか興味ないのかよクソが。うーん、でもね、結局出来なかった。折角コンドームを買ったのに、無駄になってしまったんだ。コンビニの店員にも煽られるし泣きたいよ」
「それは辛いな。まあ元気出せよ。そうだ!もし次にまた彼女ができた時のために、ラブホテルに視察に行こうぜ!」
祐樹は満面の笑みでそう言った。
………
…………
……………
………………………………
「はい?」
ちょっとごめんなさい、いや
「お前は何を言っているんだ?」
「いやだから、次に彼女ができた時のためにラブホテルの視察しに行こうぜって」
「いやそれは聞いた」
「じゃあ何なんだよ」
「違う違う。お前と2人でラブホに行く理由がわかんないって話」
その言葉を聞いた祐樹は、こちらを小馬鹿にしたように溜息をつくと言った。
「視察なんだから誰と行ったって同じだろ?つーか俺自身も興味があるからな。良いだろ行こうぜ」
俺は結構、祐樹の勢いに気圧されながらも頭をひねる。
とはいえ、男2人でラブホテルに行ったところで何かあるわけでもないだろうし…。
「分かった。2人でホテル行こう」
「その言い方はキモい」
「お前ちょっと黙れよ」
--------------------
「冬仁ぉ、スマホ貸してくれよ」
「なんで?」
「ラブホまでの道のりを調べたいから」
「そんなの自分のを使えば良いだろ」
「俺のケータイは今、月末で速度制限来てるから中々簡単に使えねーんだよ」
「なるほどそういうことね。じゃあ仕方ないね」
「サンキュー、ありがと、
「ひたすらうざいなスマホ返せよ」
「…ごめんて」
祐樹はグーグルマップに小慣れたように文字を打ち込んだ。画面を覗くと、“Sweet Street”と打ち込んであった。
「このSweet Streetってのはホテルの名前?」
「そうだぜ。結構オシャレな名前だろ。ワクワクしてこないか?」
祐樹は嬉々としてそれを語る。そんな謎のテンションに着いていけずに、俺はただ頷くしかできなかった。
「あ、うん。そうだね」
俺は割とドン引いていた。こいつ本当に大丈夫なんだろうな…?
ホテルに向かうためにしばらく無言の状態で歩き続けた。祐樹が真剣な面持ちで画面を見つめるので、中々話しかけづらい状況だったのだ。
その後は2人で交互に画面を見ながらも着々と進んでいた。
更に歩き続けると、祐樹がふと指定ルートとは違う道に入った。
「祐樹、ホテルはこっちじゃないぞ?」
「ああ、分かってるぜ。もうだいぶ夜も深まって来たし、今夜はそのまま泊まろうと思ってな」
「は、はぁ…。で、泊まるのになんでそっちに行くのさ」
「ラブホ行くならコンビニで酒買ってくに決まってんだろ!!常識だろ童貞が!飲み散らかすぞ!」
「お前も童貞だろうが!てか何でそんなに小慣れてるんだよ…」
「ま、お前よりは大人ってことだな。はっはっは」
「へいへい。頼りにしてますよ…」
先ほどにも増した祐樹のテンションに置いていかれながらも、俺たちはコンビニへと向かった。
コンビニに着くと、祐樹が、
「お前は高校一年生相応の
「じゃ、じゃあチューハイとビールで」
「はいよ」
返事をするとせかせか店内へと入っていった。
しばらくすると祐樹が店から出て来た。両手いっぱいの酒と食料を持って。
店でのやり取りを見ていたが、祐樹が怪しまれる様子は一つもなかった。
…こういう時に高身長で大人びているというのは羨ましい。俺のようなクソガキ感溢れる奴とはもはや別世界だ。
「沢山買いすぎじゃねぇか?ホテルの人に変な目で見られるんじゃ…」
「まあな。少しだと良いけど沢山あると流石に変な目で見られるかもしれない。だからこれを今から俺たち2人のリュックに詰める。お前はこっちな」
「お、おう。了解です」
そして2人は買って来た酒と食料をそれぞれでリュックに詰め、再びホテルへと歩き出した。
歩き始めてから20分ほど経ってやっと、ラブホテル“Sweet Street”へと到着した。
その外観は、赤を基調としていてレトロな雰囲気漂う、とてもお洒落な大人の居場所といった感じだった。
「ここがSweet Streetか。結構お洒落な所なんだな」
「確かにスウィートなストリートだな」
「いやストリートではないな」
いつまでも入り口付近で立ち往生しているわけにもいかないので、中に入った。
店内へ入ると、爽やかな顔の女性スタッフがいた。何となくだけど、女の人で良かったと思った。
祐樹は何のためらいもなくカウンターへと進み、スタッフに話しかけた。
「ここはどんなプランがあるんですか?」
「スタンダードだと3時間からの利用で5000円プランがあります」
「へぇ〜、なるほど。驚きの高さですね」
「え、ええ。そうですね…」
天然の煽り性のせいだと思うが、女性スタッフの顔が強ばっていたように見えた。イラっとしたんでしょうね…。
祐樹は置いてあったメニュー表に目を通すと、俺を手招く。
「冬仁カモン」
俺は呼ばれたのでカウンターへと向かった。
「冬仁くん、おそらく今からの時間だと18時間利用パックが一番安い。明日の正午までの制限時間が設定されている。6時からだから多少損な気はするが…。値段は最大9500円。どうだ?」
「いやぁ、どうだと言われましてもね…。高いですね。やっぱり泊まらなきゃダメ?」
「って言ってももう終電無いだろ」
「えっ!?」
そう言われて時計を見ると時間は9時を過ぎていた。俺は帰宅するまでに乗換えを要するのだが、一旦降りた後の電車は駅に着く頃には終了している。どこかに泊まるしかないのだ。
俺はもうどうしようもない状況に悶えつつも、諦めて首を縦に振った。
それを見た祐樹は煌めく笑顔をこちらに向けた後、女性スタッフに、
「お待たせしてすみません。明日の正午までの18時間利用パックにしようと思います。因みになんですが、この値段は税抜き価格ですか?」
「いいえ、全て税込みとなっております。メニューを信頼してもらって大丈夫です」
「そうですか。ありがとうございます」
「では、希望のお部屋を選択ください。ただいまの時刻ですと、こちらとこちらがオススメです」
女性スタッフは、言葉巧みに部屋を紹介してくる。途中まで素直に聞いていた祐樹も、だんだん苛立ってきたのか、
「もうここで良いです」
と言って部屋を決めた。童貞は短気だ。
急に声を出したのでスタッフは驚いたものの、すぐに笑顔を繕って、
「では鍵をお渡しします。当ホテルは鍵をお渡しすると同時にお支払いいただく先払いシステムとなっております。お会計は9000円になります」
「おっ、メニューより500円安いぞ得したぜ。はい、1万円で」
「では千円のお返しになります」
「あざます」
お金を払い終えた祐樹は、俺の肩を組んだ。
「鍵があるなんて今時珍しくねえか?」
「いや知らねえよ…。そういうもんなんですか?」
「それはそうとなになにになりますって言いかたって心の底からきめぇよな。表現としてはおかしいし」
「は、はぁ。そうですね」
「ま、でも楽しみだよラブホテル!」
祐樹はテンションが最高潮になったのか、急に大声を出した。
お酒はバレてないみたいだが、結局スタッフから変な目で見られた。…だって男2人ですもんね。
祐樹は部屋について鍵を開けた。なかなか広くて綺麗な部屋だった。ピンク基調で如何にもな感じがしてすごく気まずかったけど。
そして奥には目につくほどの異彩な存在感を放つキングサイズのダブルベット。何の需要なんだよこれ…。
そして祐樹は中に入るなり部屋の隅々を調べ始めた。
「隅々調べて一体何をしているんだ?」
「ん?カメラが仕掛けられてないかチェックしてるんだよ」
「カメラって何?防犯カメラ?」
「違う違う。盗撮用カメラ」
「盗撮用カメラ…?」
「ああ、ラブホテルには利用客がカメラを設置して帰るということが多いという話をどこかで聞いたものでな。心配になって調べてるんだよ」
俺は呆れながらも続けて問うた。
「でも俺たちは何もしないし別に良いんじゃないか?」
「…バカヤロー!!」
祐樹は俺の頬を思いっきり殴った。
その勢いでソファに倒れこんだ。
「なんで…?」
「他のお客様が盗撮されてたらかわいそうだろうが!もし設置されてたらカメラをぶっ壊してやるんだよ!正義感だ!」
祐樹のテンションは完全にボルテージマックスだった。
俺は思った。今日のこいつはいつも以上におかしいと。
「はぁ、はぁ、まあいい。買って来た酒を飲もう。今夜は吐き放題だ。酔い潰れるぞ」
「今更ながら年齢確認されなくて本当に良かったな。もしもされてたら酒はおろか、ここにも入れてないぜ」
「ま、済んだことは気にするな。はい、カンパーイ」
「か、カンパーイ」
俺と祐樹はひとまずビールを喉の奥へと流し込んだ。
「うわ、ぬるくなってやがる…最悪だ」
「本当だ。不味いね」
「冷蔵庫あるし冷やそうぜ」
そう言って俺たちは残った酒の入った袋を持って冷蔵庫へと向かう。一段ずつ開けていくと、
「おっ、氷あるじゃん!ビールに入れるのは気が引けるが、チューハイにだったら入れても良いよな」
「じゃあビールだけ冷蔵庫に入れて先にチューハイを飲もう。親切にグラスも置いてあるし」
カシャっと缶チューハイのタブを開け、グラスへと注ぐ。そしてそこに氷を入れて少しかき混ぜる。結構あっという間に冷たくなった。
「では、改めましてカンパーイ!」
「カンパーイ!!」
今度こそチューハイを喉の奥へと流し込む。うん、うまい。疲れた体に、アルコールが巡っていく感覚。俺はその感覚に心酔した。
祐樹の方を見ると、きっと同じ感覚になっているのだろう。顔が安らいでいた。
そしてその酔った勢いで、俺に聞く。
「なんで中川さんと別れたのさ」
「あー、えーっと、それがね、よく分かんないんだよ」
「あ?どーゆーことだそれは」
「ついこの前公園に呼び出されて、別れてくださいって。理由も教えてくれなかったんだ」
「それはムカつくな。あいつのことぶっ飛ばしてやろうか」
「いかんいかんいかんいかん!それだけはぜーったいダメだからな!てか何もするな。終わったことなんだから後から問い詰めたところでどうしようもないじゃん」
「それじゃあ俺の気が済まねぇんだよ!お
俺は、祐樹が完全に酔っ払っていることに気付きながらも、その優しさに目頭が熱くなった。いい友達を持ったと思うよ。本当に。
「まあまあまあまあまあ、落ち着いてくだせぇ、ほらほら、これでも飲んで」
俺は少しでも祐樹の気を別のところへ紛らわそうと追加でチューハイをグラスに注ぎ、飲むように促した。
「おっ、気が利くじゃねぇか。大好きだぜ結婚しよう」
「それは断じて嫌だ」
「えー、なんでだよー結婚しようぜ」
「まずこの国を出たくないから嫌だ。日本じゃ同性愛結婚は認められてないからな」
「ちぇーっ、ダメかぁ。もういっそフランスにでも行こうぜ」
「いや行かねぇよ」
俺はこれ以上面倒になるのが嫌だったので、この場を離れることにした。どうしようかな。あ、そうだ。シャワーを浴びよう。そうすればこの場を離れる口実になる。
「なぁ祐樹、俺今すごく暑いから一回シャワー浴びてくるわ」
「おう分かった。ゆっくり浴びて来ていいからなーー」
「ありがとう。しばしそこで待っててくれ」
俺は祐樹に別れを告げ、服を脱いで部屋に設置されたシャワールームに入った。
蛇口をひねると、冷たい水が吹き出て来た。
「ひゃんっ!」
俺は驚きのあまり、だいぶ気持ち悪い声を出してしまった。しかし慣れてしまえば冷たい水も心地よかった。
とはいえその心地よさもすぐに終わりを迎え、お湯に変わった。少しがっかりしながらも、そのお湯を全身にかけた。
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シャワールームから出てみると、祐樹がさっき以上にフラフラベロンベロンになっていた。
机を見ると空の缶が大量に。そして少し酒が零れていた。
「おっ、おい!大丈夫なのか!?」
「あ?大丈夫だよ。お
「そういう心配をしてるんじゃないよ。お前全然呂律が回ってないじゃないか」
「俺は酔ってないぞ!酒気探知機でも持って来いや!」
はぁ、面倒臭いなこいつ。あと口も臭い。まあ俺も飲んで同じようなテンションになれば良いのかな。
そう思って冷蔵庫を開けると、
「1本しか入ってねぇじゃねえかよ!!」
「あははは、ごめーん飲んじゃった」
イラッ、としたは良いものの、そういえばお金払ってないから別に
俺はその場でタブを開け、一気に飲み干した。
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気が付いたのは、翌朝の事だった。俺は太陽の光で目を覚ました。
意識がはっきり戻ると、俺は衣類を何も纏っていないことに気が付いた。なんか股間もベタベタしていて気持ちが悪かった。
いつまでも考えていても仕方がないので、俺は自分から布団を剥いで、起き上がった。
その衝撃のせいなのか、隣で寝ていた祐樹も目を覚ました。
「おお冬仁、おはよう」
その声に振り向くと、眠そうな顔でこちらを見つめる祐樹もまた、何も着ていなかった。
「………え?」
「なんでお前まで服を着ていないんじゃあああああああああああ!!」
俺の顔はみるみるうちに青ざめていった。
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