第十三話 妬いてなんか、ないんだからね。④
あれから夜もすっかり更け。
目の前の通りを行き交う車はほとんどない。
病院前の明かりもないバス停で一人待つ私の隣に、リンはその姿を現し、私と同じようにベンチに腰掛けた。
『まだ麻酔が覚めていないから夢うつつだったけど。少し、わかったわ。』
そう言ってリンは私の額に手をかざす真似をする。なるほど、堀川さんにもそうして心を読んだか。
リンには堀川さんを見舞ってもらっていた。
最初「幽霊の私がどうして見舞うのよ?」と、素っ気ないリンだったが、すぐに静かに微笑み、承諾してくれたのだった。
リンによれば。
昨年、堀川さんの一人息子が亡くなって以来、あの孫が頻繁に顔を出すようになったという。リンは車道に目を向けながら静かに語る。
『息子さん……奥さんの浮気で離婚した後、あの男と二人で暮らしてたんだって。
息子さんは実直な人だったみたいだけど仕事で過労死。
残った孫があれではね。』
父親として日々に精一杯で、子の生活態度などには目が行き届かなかったのであろうか。
あの男は高校を中退後、荒んでいたようだ。
不憫に感じた堀川さんは、孫の面倒をみることを申し出たようだが。
『でもあの男にとっては、年寄りとの生活なんて真っ平御免だったようだし。
それでいて殴れば金を出してくれる都合のいい存在程度にしか、
思ってなかったんでしょうね。』
悪い友達の家を転々としながら、堀川さんに金をせびっては遊びに使い果たしていたらしい。
『堀川さんね。本当は今日、あの男を殺して自分も死ぬ気だったみたいよ?』
やはり。
「それだけ追い詰められていたのですね。」
『でも、あっけなく反対に刺されてしまった。』
やり切れぬ思いでため息をつき、月のない曇った空を見上げる。
あの後、すぐに隣家の住人も出て来たので、堀川さんを任せてその場は一旦去った。
今日の事件は、警察や消防も不可解な出来事として処理に困るだろうが。
そんなことより、堀川さんはこれから一人で大丈夫だろうか。
『そんな心配、しても始まらないわよ?』
私を見つめるリンに、力なく頷いた。
「それは、わかっているのですがね。あまりにも憐れで。」
するとリンは、目を閉じ眉を軽く上げた。
『どうせそうだろうと思って、嘘ついてきた。』
「嘘?」
驚いた私に、リンは穏やかな目を向ける。
『私は、あの世からの使者だって。旦那さんからの伝言、預かってるって。』
「それで、なんと?」
『辛い思いをさせてすまない。今も、ずっとそばにいるからって。
そしたらあの人、眠りながらも嬉しそうに微笑んで泣いてたから。
きっと大丈夫じゃないかしら。』
「そうですか。」
ならば、心配ないであろう。
しかし……リンが他人を気遣い、嘘までつくとは……。
『何でそんな顔してるのよ? さっきの言葉、覚えてないの?』
急にリンは口を尖らせ、ずいっと顔を近づけた。
「は? あなたの嘘が、ですか?」
まだわからぬという私に、リンは呆れたように目を丸くする。
『ずっとそばにいるからって、あなたが私に言ってくれた言葉なのよ?』
それは!
はい、言った。言いました。はっきりと!
この旅に出る前に告げた、私のリンへの思い、そのものだ。
『私、すごく嬉しかったんだからね!
だから、同じ言葉かけられたら、あの人も元気になれるかなって……。』
一瞬はにかんだ顔をごまかすように、リンは私から顔をそらせた。
「ありがとうございます。」
『なっ、なによ? なんでお礼なのよ。』
「あなたにそう感じてもらえていたのが、とても嬉しいんですよ。」
自然、顔のほころんだ私に、リンの目は明るく輝いた。
『ねえ、古谷。もっと言って!』
「は?」
『そういうの、もっと言って! 私といて嬉しいとか。楽しいとか。』
身を乗り出し迫るリンに、思わずのけ反りながら距離をとろうと焦ってしまう。
「いやその。
そう言えば既に口にせずとも、憑依せずともわかるのですよね?
互いの考えていることは。
それなのに先ほどから、なぜ普通に会話を?」
するとリンはずいずいと私ににじり寄ってくる。その分逃げるがもうベンチの端だ!
『あなたって馬鹿?
あなたの声で聞きたいって、前にも言ったじゃない?!』
た、確かにそうだ。
リンは私が口に出して「もう一度会いたい」とこぼすまで、一年も私に隠れて憑依していたのだった!
だが、あの時は無意識であって、意識して言うには私にはあまりにも恥ずかし過ぎる。
本心とは言え、嬉しいとか、楽しいとか、可愛いとか……。
『今の! それそれそれッ! それを口に出して言いなさいよッ!!』
近い近い近い! 顔がくっつきそうですッ!!
「恥ずかしくて言えませぬッ!」
『その照れながらも言ってくれるのがいいんじゃないのおッ!』
なんという無茶苦茶なッ?!
ぎゅっと目を閉じ首をぶんぶんと横に振り……これは悶絶?
興奮しているのだろうか?
一体どういう嗜好なのですか?!
まさかこの強引さが極まれば、憑依され言わされてしまうのだろうか?
するとリンはクワっと目を見開き、尚も迫る。
『憑依してたら、あなたの顔が見えないじゃない?!
そんなこともわからないの?』
「なっ、ならば、口にして言う努力をしますゆえ、
どうかもう今朝のように憑依して、セッ、セッ、セッ……」
ここで朝取り付けることのできなかった約束をしてもらわねば。なのに肝心の言葉が恥ずかしくて言えぬッ!
リンは髪を揺らしながら恐ろしい笑顔で私を覗き込んだ。
『あらぁ? 古谷ったら何が言いたいのかしらぁ?
はっきり口に出して言うまで、それとこれとは別なんだからね。
今夜も暑苦しそうだし、また私が涼しくして、あ・げ・る♪』
リンに体を預ければ確かに過ごしやすく、心はあたたか……違うであろう?
しっかりするのだ一行!!
「けッ、結構です! 今宵は夜通し歩いて隣街を目指しますので!!」
妬いてなんて、ないんだからね。 終
アニメで言えば1クール。ここで一旦お休みさせていただきます。紅紐
ツンデレ幽霊少女と老人F。 紅紐 @seitakanoppo3
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