第5話 象はどこで生きてるのか

 沙優は数日で無事に退院してきた。


「イルカさん」


 それから元気に学校に戻ったが、すぐに夏休みに入り、今では、テレビのイルカの親子のニュースに夢中になっている。

 沙優は、象のことをもう話題にもしなくなった。



 象が死亡したニュースを、沙優は運良く見なかったようだ。俺は退院してきた日に、沙優を自室のパソコンの前に座らせた。


「沙優、退院祝いがあるぞ」

「何?」

「沙優が入院してた間の象のニュースを記録しといた」


 パソコンの映像を再生して、俺は象が元気に歩いた姿と、病気が治って元気になったニュースを見せた。


「元気になったんだ」

「沙優が頑張ったからな。象さんも頑張ったぞ」


 沙優はそれを見て、嬉しそうに笑っていた。


 もちろん、象が元気になったニュースは嘘だ。俺が課長に見つからないように『象が死んだニュース』と並行して、AMPで勝手に作ったものだ。


「象さん、見に行きたい」

「でも、この象さん、すごい遠いところにいるからなぁ」

「そっか」

「沙優がもうちょっと大きくなったら、見に行けるかもな」

「じゃあ、大きくなったら見に行こうね」


 そう言って、沙優は嬉しそうにまた映像を始めから再生し直した。



「ねぇ、このイルカ、見に行こうよ」


 朝食を食べながら、俺と妻にねだってくる。


「でも、このイルカも海外のイルカだからなぁ。すぐには会えないよ」

「じゃあ、いつか連れてってくれる?」

「お利口にしてたら、連れてってやるぞ」


 そういうと、沙優はまた嬉しそうに笑った。



 阪本、お前はこの子の笑顔を見たら、どう思うんだ?

 お前の映像を見た、俺たちみたいに「嘘っぱちだ」って言うんじゃないか?  


 そう言わないお前とは、俺は友人になれる気がしないけど。

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コップの中の漣 ポテろんぐ @gahatan

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