エピローグ

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◇◇◇


【第五節:城下町と童話作家】


「お姉さん、さようならー!」

「はい、さようなら。気をつけて帰るのよ」


 夕暮れ時、子どもたちが帰宅するのを笑顔で見送ります。


 『三人の弟子と白い龍』。

 その新しい絵本は子どもたちに好評でした。


 彼らの反応を思い出し、胸を撫で下ろしながら、帰宅の準備をします。

 ようやく、一歩前に進んだのだと、そう思えたから。

 でも、”まだ”一歩ともいえます。


 これから、忙しくなるでしょう。

 もう少し年が上の子ども向けに、児童小説も書き上げる予定なのですから。


 ――そう、私が選んだのは「作家」という道。


 『かつての冒険の記録を本に著したのは、ママや他の弟子たちとの思い出を残すためでもあるんだよ。記憶だけだと、どうしても少しずつ色褪せていってしまうから』


 そんな、今では遠き日となった思い出の、”本の魔女”の言葉を思い出したから。

 おかげで、楽しかった冒険の日々は、今でも胸に熱く残っています。


 あれから、大きくなった私は学校に通い、多くの言葉を学びました。

 あの冒険を詳細に、克明に表現するのに適切な言葉を探るように、語彙や文章力を鍛えようと努力しました。

 それから、特に子どもたちにこの物語を伝えたかったので、子どもの学習や保育に関わる仕事も幾つか経験して、彼らへの関わり方も学びました。


 ”流れ星の魔女”と呼ばれる魔界の王は子どもが苦手と言っていましたが、私には子どもたちがとても可愛らしいものであるように感じました。

 ……もちろん”ロリコン”とかそういう意味ではないですよ?


 そうそう、その”流れ星の魔女”は約束通り、魔界統治の合間を縫っては遊びに来てくれました。

 素直じゃない態度を取りながらも、彼女は私の休日の買い物に付き合ったり、私の将来の夢を親身に聞いてくれたりしました。

 表面上は迂遠ながらもストレートに感情をぶつけてくる彼女は、良き友達、良き相談相手となりました。

 もちろん、使い魔扱いは一度もせず、名前で呼んでくれます。

 

 「いいんじゃない」。私の夢について、彼女はそう感想を述べてくれました。

 不器用な彼女らしいその言葉は、思い出す度に励みになります。


 それから、成人式の時は王城のダンスホールで踊りました。

 聖騎士団長から直々に教わったダンスは、周りの人から褒められました。 

 当の聖騎士団長であり”結界の魔女”でもある男の人は、私が大人になったことを寂しがってましたけどね。

 

 それでも。

 「素敵なレディになりましたね」。あの言葉は、決して社交辞令ではなかったと思います。


 他にも沢山いろんな経験や思い出があって。

 それらの思い出を沢山話したい人がいるのだけど。

 その一番話したい誰かさんは、そばにいなくて。

 そのことだけが私を悔しいような、寂しいような、歯がゆい気持ちにさせます。

  

 今の私があるのは、その誰かさんのおかげ。

 そう思っているから、感謝の一言くらい伝えたいものですけど、居ない人には声を届けられません。


「……感傷に浸ってばかりいないで、帰って執筆作業を進めないとね」


 夕陽が傾いてきたのに気づきます。

 ふと我に返り、絵本を片付けようとします。

 その時でした。


「――本、書いたんだ。素敵な表紙だね」


 絵本を掴んだ手が、誰かの手と重なりました。

 奇しくもそれは、”誰かさん”と出会った時と同じ状況で。


 見上げると、夕陽を背後にその姿が見えました。

 私は、驚きのあまり、声を絞り出すのがやっとでした。


「貴方、は……!」


 それは、文字通り夢にも見た光景で。

 いつかきっと、こんなことがもしあったら良いな、という夢物語で。

 でも、何度瞬きしても、目を擦ってもどうやら現実のようで。


 何度も揺らぎそうになったけど、信じていた約束が果たされたのです。

 ”あの”最後の言葉は、決してウソではなかったのだと、その人は証明してくれたのです。


 そしてその人は、その女性は、とびっきりの――とても似合っている笑顔で言うのでした。


「ただいま。、会えたね!」



【END】


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