2-3 お前までもか、藻部!
『ちょっとビビッド、もっと前出なさいよ!』
『はっ、はいっ! パステルさん!!』
『ったく、いちいちいちいち指示出さないとわかんないわけぇ?』
『すみません、パステルさんっ!!』
「……はぁ」
「首領、どうなさいました」
「いや、もうほんときっついなぁって思って」
モニターの前で頬杖をつく。
昨日も勝ったは、勝った。それは良い。
けれども、勝った=地球征服とならないのが侵略の難しいところというのか、こいつらは負けが決定的になると、ふっ、と消えてしまうのである。こいつらにそんな力があるのか、それともあの
の、だが。
いま俺の頭を悩ませているのはこいつらだけではない。
春田である。
いまこの世界にいないはずなのに、驚きの存在感をもって俺を悩ませている、あの能天気馬鹿である。
下っ端戦闘員に、事故を装ってあいつの家に火を放てと命じたのが1週間前のことだ。
その翌日、「もう何がなんだかわかりません」と、謝罪のつもりなんだか何なんだかその戦闘員が頭を丸めてきた。とりあえず、失敗したということだけはわかった。炭鉱送りが決定した。
炭鉱戦闘員の直属の上司を呼び出して、今度はそいつに同じ命令をしたのだが、やはりそいつもその翌日に頭を丸めてきた。炭鉱行きは2人になった。
もういっそ俺が行く、と言ったのだが、なぜかそれは止められた。
となると、どうするか。
俺は何としてもあいつの家を焼き払いたいのである。
「私が参りますわ」
そう名乗りを上げたのは養護教諭として俺の学校に勤務している女幹部である。
彼女であれば丸坊主からの炭鉱行きなんてことにはならないだろう、と思って。
断じて、断じてこれはフラグなどではないぞ。
彼女はさすが賢かった。
頭を丸める前に俺に連絡を寄越してきたのだ。社会人に必須のスキル『報・連・相』である。
「首領、あの家は駄目です」
「駄目? どの辺が?」
「燃えません」
「燃えない?」
「厳密には、一瞬だけ燃えるんです。が、すぐに消えてしまうのです。その際、かすかに燃えた部分なども、元通りに」
「何だと」
どうなってるんだ、あいつの家は!
「これは私の推測なのですが。もしや春田達は――」
「何だ?」
「消えたその瞬間に戻ってくるのでは」
「消えたその瞬間?」
「そうです。彼らが穴に吸い込まれてから約半月が経過しておりますけれど、もし彼らが戻ってくるのが、その『吸い込まれた瞬間』なのだとしたら、例えば、自宅が全焼する、などという出来事は起こりえないわけです」
「成る程。ということは、あの怪傑少女達も恐らく……」
「消滅するでしょうね。もともと存在していないものとして」
成る程。
だから決定的にとどめを刺すことも出来ないわけだ。
くそ、そうなるとさすがの俺にもどうしようもない。
畜生、やっぱり帰ってくんのかよ、あいつら。
いや、あの怪傑少女とかいう女装戦士達よりはまだましだが。
とりあえず、なぜか軽く精神にダメージを受けつつ、理科室へと戻る。
身仕度をして、帰ろうかと思ったその時だった。
やや控えめに、そろそろと扉が開いた。おずおずと顔を出したのはクラスメイトの
「――ああ、やっぱりここにいたか
「どうした藻部」
髪も黒く、特にこれといった特徴もない安心安全のクラスメイト、藻部
「ちょっと話があるんだ。聞いてくれないか」
だからこいつがそんなことを言いながら、明らかに帰ろうとしている人間を引き留めてまで机に座ったとしても、快く対応してやろうというものだ。
「で? どうした?」
とりあえず鞄を置いて促すと、藻部は何やら神妙な顔つきになって身を乗り出し、声を落とした。
「……俺、見ちゃったんだよ」
何だと。
何を見た、こいつ。
俺か? 俺の真の姿か? 場合によっては今すぐここで消すしかあるまい。
学ランの第2ボタンに手を掛け、「何を?」と尋ねる。すると藻部はごくりと唾を飲み、辺りをきょろきょろと見回した。大丈夫、ここには俺とお前しかいないよ。
まぁ、この地下には俺の部下共が待機しているがな。
「せ、鮮田が変身するところ……」
「……な?」
「鮮田が女の子に変身して、戦うところだよ!」
「……は?」
あいつ何見られてんだよ! そういうのは見られないようにするのがヒーローの鉄則じゃないのか!! いや、厳密にはヒロイン……? だけど。ていうか、だったらなおさらだ! そういうのって一旦裸になったりするやつだろ、恥じらえ!
「ま、まぁ……人には色々事情があるんじゃないのか……? 黙っててやれよ、な?」
何で俺があいつの尻ぬぐいしないといけないんだ!
息の根は止められないしても、半殺し……いや5分の4殺しくらいにはしてやらないと。次回は幹部全員送り込んでぼこぼこにしてやるからな。
「うん。それでさ、相談っていうのは、ここからなんだ」
「えっ、ここからなのか?」
何だろう、嫌な予感がする。
いや、落ち着け、俺。
こいつは藻部だぞ? 安心安定のモブキャラだ。何ビビってんだ、この俺様が。
「なぁ、毒島。どうやったら俺も鮮田みたいになれるかなぁ」
「――は?」
いまこいつ何て言った?
「俺もやりたいんだよ! 変身ヒーロー!」
いや、あいつらはヒロインだろ。
「いや、無理じゃないか? そういうのは、ほら、選ばれたやつとかじゃないとさ」
だってお前、髪も黒いし、名前も『藻部』だし。
「でもさ、漫画でもあるじゃん! そういう決定的なシーンを見ちゃってさ、そこから仲間になったりとかするのあるじゃん! ていうかさ、『見た』っていう時点である意味、俺、選ばれてるじゃん?」
駄目だこいつ、無駄にポジティブだ。どいつもこいつもどうなってやがる。
「あー、でもさ、その鮮田の変身したヒーローってあれだろ? ヒーローっていうか、ヒロインだろ? もし選ばれちゃったら、お前も女装して戦うんだぞ?」
もう諦めろ、藻部。俺、お前とはまだ良好な関係を築いていたいんだ。
「それが良いんじゃないか!」
「――は?」
「だからさ! 俺、女の子になって戦いたんだよ! 叶わぬ夢だと思ってたのに……、まさかこんな近くにいるなんて……!」
藻部てめえ――――――――――――!!
裏切られた気分だよ、全く!!
お前、そういう趣味あったのかよ!!
「毒島……? どうした? 何か顔色悪いけど」
「いや、大丈夫だ」
正直大丈夫ではない。
悪の組織というのは裏切りが日常茶飯事の世界だ。どうにかして幹部の座を奪い取ってやろうと虎視眈々と狙っている奴らも多い。最も、それくらいの奴でなければ上になんて行けないし、俺としてもつまらないから良いんだけど。
けれどもそれは仕事の話であって、プライベートでは別だ。
ましてやこいつは(ある意味)俺が最も信頼していた男。
安牌だと思っていた人間に裏切られるっていうのは結構キツい。
俺が首領に就任した直後に、あの女幹部が一服盛って来た時よりもショックがデカい。最近じゃ慣れたもんよ。むしろ盛られてない方が逆に落ち着かないくらいだ。
ていうか
「まぁとりあえず、いまのままじゃ無理だ。髪を染めて、どうにかして名前を変えるくらいしないと」
「髪に……名前……?」
「それも、何かこう、色に関するやつな。田中とか佐藤じゃ駄目だ。ただ、それでもヒーローになれるかはわからないけど」
藻部は、はてなマークを宙に浮かべて首を傾げている。ああ、駄目だな、こいつは全然わかっていない。良いか、この世界、黒髪で『藻部』って名前じゃあヒーロー枠にも悪役枠にもなれないんだ。
「いや、俺、ヒーローに……女の子になって戦えるんなら、何でもするよ! 髪だって染めるし、名前も変える! 色に関するやつだな! わかった!」
「そ、そうか……、そこまで言うなら俺はもう止めない。頑張ってくれ。無事にヒーロー……ヒロイン? になれた暁には、報告してくれ、俺に」
そしたら俺が直々に息の根を止めてやる。
「わかった! ありがとう!!」
来た時とは打って変わって晴れやかな表情で手を振り、藻部は理科室を出て行った。
そしてその3日後。
『元・藻部』が俺の前に現れた。
変身ヒーロー(ヒロイン?)に選ばれるべく、大変身を遂げた彼は俺の前に仁王立ちし、白い歯を見せてこう言った。
「どうだ、毒島! 俺、親戚のおじさんの養子になったんだ! 今日から俺は『土田忠仁』だ! ほら、髪も!」
土田――――――――――――――!!
そして、得意満面に指差したその頭髪の色は――、
茶色――――――――――――――!!
確かに色は関係しているけれどもビビッドとパステルの中に入れるか!? 土で?! 茶色で?! 『土田』で『茶色』! しかし統一感はある! 統一感だけはある!!
「これなら俺も選ばれるかな?!」
いやぁ、どうだろ。
何かすまん、藻部改め土田。変な夢見させてしまって。中途半端なことさせてしまって。
もう……あれだ。
頼むから早く戻って来てくれ、春田。
こいつまでこんなことになってしまったら、正直もう収拾がつかないんだ!
【まとめ】毒島、ヒーローやろうぜ! 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa
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