(6)
「いやいやいやいや!」
って簡単に決めてたまるものか。数秒のフリーズの後、私は全力で首を横に振る。
第四女王の騎士。望んだ職ではあるが私は試験も何も受けていない。
「嫌です! そんなコネみたいなこと!」
私は全力で拒絶した。喉から手が出るほど望んだ騎士の職を、自分の流儀から。……泣きたい。
「ふっ。やっぱりまっすぐないい娘だねぇ。よかったじゃないか、準備が無駄にならなくて」
「だね。転ばぬ先の杖ってやつかな。用意の甲斐があったよ」
意外と三人は私のリアクションに驚かず、ホームドラマじみた爽やかな笑顔で笑い合う。準備やら用意やら、向かい合ってる私にとっては嫌な響きの言葉でしかない。私が騎士になるのを拒否した。それで準備が無駄にならなかった。つまり次に来る展開は--
「試験、今からやってみようか?」
……そ、そうなるよね。
笑顔を浮かべたクオルさんがテーブルに肘を付き、合わせた手の上に顎を置く。そしてその綺麗な金髪をサラサラと揺らし、首を小さくかしげてみせた。イケメン的なムーヴから不吉な単語。試験。今から。この場に英雄三人しかいないけど、まさかね?
「さ、善は急げだお嬢さん。お兄さん応援してるぜ」
「はいそっち持ってー。よっこいしょ」
そんでいそいそとテーブル片付けはじめてるけど、ここでやるの!?
テーブルを二人で運ぶルイスさんにマイラさん。クオルさんも椅子を片付け、謁見の間中央には椅子に座った私が一人ポツンと。
「やるって言ってないんですけど!?」
私は叫んだ。そりゃ騎士になりたいとは思ってた。でも私が今の状況をしっかり咀嚼して呑み込み、結論を出すことなんてできるわけがなく。ジェットコースターのように急降下急展開していく英雄らの話に絶叫するだけ。
「騎士になりたかったんだよね? 絶好のチャンスだと思わない?」
「そ、それは……そうですけど」
第一国王にきわめて真面目に返され、私は怯む。
そうだ。今この場で、このメンバーで試験を行う。それに何の異議があるのだろうか。いや、ない。家でのお祝いの最中もずっと無職だと言えなかったし、ここで騎士になってしまえば先の不安もなくなる。
そう、ちょっと混乱していただけだ。王らが試験を自らとり仕切って、謁見の間でそれを行って――すごくおかしいけど! 突っ込みたくなるけど! それでも大きすぎるチャンスなのだ。
冷静に考えよう。一年待とうとしていた機会が、一ヶ月も待たずに来た。それを逃すなんて考えられない。
「……そう、ですね」
深呼吸。クオルさんの言葉によって落ち着いてきた。騎士。私の憧れ。それになれるのなら、私はどんなこともすると覚悟してきたはずだ。なら迷うこともない。
「やります。試験を受けさせて下さい」
私はこの試験を乗り越えるのみ。
「うんうん。レイカちゃんかっこいい! がんばって!」
「応援してあげようじゃないか。頑張るんだよ、ミツキの妹」
「ヒューヒュー!」
……何故だろう。王への評価がこの数十分で凄まじい下落をしているような。初対面の私にこんな甘やかしモードとは、いかがなものか。リールさん談義でヒートアップした訳が分かった気がする。
謁見の間、六角の一辺に集まったルイスさん、マイラさん、クオルさん。その三人が順番にエールを送るのを見、私は着席したまま彼らへ問う。
「あのぅ……それで、試験とは?」
てっきり王の中で一人、私と戦うとかそういうことになると思ってたのにそんな素振りはないし。もしかしてペーパー? って、それもテーブルを片付けた時点でないか。
何をするつもりなのだろう。
「あ、そっか。じゃあ試験官、カモン!」
言われて思い出したらしい。クオルさんが元気に指を鳴らして合図。パチンと小気味のいい音が響き、私の背後、入り口の扉から開閉音。
慌てて椅子から降りて振り向くと、そこには。
「……失礼します」
蔵戸……グラッドさんが。丁寧に礼をして謁見の間へと入ってきた彼は、相変わらずの表情でこちらに。それから間近へ来ると、二つ持っていた木剣の内の一つを私へ手渡した。
「試験だ。こいつで俺を倒してみろ」
「……無謀すぎません?」
「さてな。俺は王から命令されただけだ」
そう言って、口の端を持ち上げるグラッドさん。ちょっと楽しそうだ。私に無理難題が課せられてるのが面白いのか、はたまた別の理由か。
「グラッドさん従者ですよね? 兵士長ですし、第一国王辺りの」
尋ねると、首肯する。
やっぱり……。お互い武器が一緒でも、戦力は相手が上。それがはっきり分かってしまうほど、無契約者と従者とでは力の差がある。
従者。
英雄と契約を行い、英雄の力の一部を得た人間のことを差す。彼らは英雄に従うことで、身体能力や魔力の向上、そしてアビリティにも似た強力な力、『
例えば、今日戦った風の英雄。彼と一緒にいた二人の男は英雄の従者だった。彼らはおそらく、あまり戦いの経験はなかったのだろう。動きが未熟だったし、私にあっさり負けていた。
それでも彼らの武器から放たれた風、オーダーの効果は厄介だった。
従者契約は強力だ。今の時代、従者の数が戦いの勝敗を分けると言っても過言ではない。英雄の実力によって契約できる人数の限界はあるけれど、基本的には限界ギリギリまで従者契約を行い戦力を増やすことが常識だ。
イルマはさっきの王の台詞から、従者があまりいないようだけど。
英雄が戦う際の主たる要素と言っていい従者契約だが、なんでこんなシステムの契約が有るのか。誰が考えたのか。それらはさっぱり分かっていない。この世界にやって来た英雄らはすべて、従者契約のなんたるかを最初から理解しているのだ。
それだけじゃない。この世界の常識も個人差があるものの皆、転生した瞬間に知っている。知識と言語、その他様々な、地球への適応--専門用語で言うと『統一化』 。
従者契約はその統一化の知識の一種。判明していないことだらけの英雄関連でも最たる謎だ。
「あの王様たちは従者に無契約で勝てと……」
今日の従者はアビリティも戦う力もなかった。だから勝てたのだ。
イルマの兵士長が相手となると話が違う。ましてや真っ向から勝負して勝てだなんて。
私は手にしている木剣を握りしめる。すると肩の上にぽんと手を置かれた。
「そんな顔をするな。第一秘書からのお墨付きだ。俺に勝てる、ってな」
「……へっ?」
「本当かは知らんが--俺はワクワクしてるんだ。珍しくな」
楽しそうなのはそれが理由か。私から離れ、木剣を手に肩を回すグラッドさん。いつもは生気すら感じさせない黒い瞳が、今は爛々と輝いているように見えた。
第一秘書。あの女性が認めたからどうなのかと疑問は残るが……やるしかないだろう。チャンスを逃さないって決めたんだ。
「魔法の使用は?」
構え、観戦している王たちに問う。
にこにこと楽しそうに笑うクオルさんが小さく首を縦に振った。
「いいよ。ただ、お互い大怪我しないようにね。あくまで力量を計る試験だから」
「分かりました」
魔法はオーケー。グラッドさんは見るからに前線で戦う戦士タイプ。魔法の使用、遠距離攻撃ができるようには思えない。そこを攻めていくしかないか。
剣を構える。前ではグラッドさん--精鋭ぞろいのイルマの兵士の頂点、兵士長が悠然と佇んでいる。
正直、厳しいだろう。従者と一般人が戦えばどうなるのか。奇跡でもない限り一般人が負ける。簡単な方程式だ。
それでも頭のどこかで、その僅かな勝率を勝ち取れると思う私がいた。
過信でも自信でもない。高い壁を前に私の気持ちは高揚していて--あぁ、そうか。
私もワクワクしているんだ。
「--行きますよ」
剣を握る手に力がこもる。
グラッドさんが頷いたのを見て、私は詠唱。距離が開いている今、有利であろう遠距離を保って戦いたい。唱えるのは水属性、『水弾』。従者、それも第一国王との契約者なら遠慮はなしだ。グラッドさんがじりじり近づいてくるのを警戒しつつ、たっぷり時間をかけて小声で詠唱。そして終わると同時に発動。
「『水弾』!」
グラッドさんへかざした手から水の弾が放たれる。水、とはいえ魔法。しっかり硬度を持っているし、当たればすごく痛い。ゴム弾ほどの威力はあるだろう。危険なので狙いは一応身体の方に。
さぁ、どう出る?
相手の出方を窺う。三つの水の弾丸が彼へと殺到。グラッドさんは慌てた様子もなく足を踏み出し、
「ぐっ……」
そして水弾をそのまま受けた。
鎧に当たり衝撃と共にはじける魔法。思ったよりも威力は高く、さながら銃声のような物々しい音が鳴り響く。けれどもグラッドさんは軽く呻いたのみ。鎧越しでもダメージは通る筈なのに、痛がる素振りもない。
グラッドさんのアビリティ、それとも『オーダー』か? 第一国王のアビリティは……なんだったかな。そもそも公表されていたっけ? 情報が少なすぎる。アビリティもオーダーもこの一戦で効果を予想することは難しそうだ。
「流石、魔法科卒業生だ。詠唱速度、威力、精度、全て文句なしだな」
「簡単に受け止めておいて、褒めないでください」
「ふっ。それもそうだ」
彼が言い終わると同時に詠唱。追加の水弾だ。今度も同じ詠唱、魔力で狙いは頭。
「そろそろ、攻めに行くぞ」
詠唱が終わる頃、律儀に宣言しグラッドさんが走り出す。無論彼と近づきたくはない。追い払うべく二発を頭、一発を身体へと向けて発射。
鎧に効果があるなら、これで――
「甘い――」
そう簡単にはいかないか。頭を狙った二発は顔の前に構えられた腕であっさり防がれる。身体の方は言わずもがな。
魔法で止めることは叶わず、いとも簡単に接近されてしまう。木剣の届く間合いになった。すぐ近くで感じる彼の威圧感は凄まじい。大きな身体が今はもっと巨大に思える。
「そらっ!」
魔法発動の姿勢から構え直す、その5秒にも満たない僅かな時間でグラッドさんが接近し、武器を振るう。
横薙ぎの攻撃。私のアビリティでも避けられそうにはない。慌てて防御姿勢をとり木剣で攻撃を受け止める。手に響く、木が折れてしまいそうな強い衝撃。思わず武器を支えた手をヒラヒラと振りたくなるが、そんな暇はなく。
次いで放たれた蹴りを彼の懐へ入ることでかわし、武器を持つ腕の下をくぐり背後へ。
「――シッ!」
息を吐き、一撃。彼の無防備な後頭部へ剣を振る。水弾はわざわざ腕で防いでいたしやはり狙いは剥き出しの頭部。私へのハンディキャップなのか、他の兵士のように兜を付けていないのが助かる。
正確に剣が彼の頭を叩く。まるで鉄でも叩いたみたいな硬い感触に僅かな違和感を抱くと、驚くべきことにグラッドさんは何事もなかったかのように武器を振ってきた。
「はぁっ!?」
予想外な展開に驚きの声を上げてしまう。攻撃は体を後ろに反らしてかわしたものの、私の攻撃がまったく通らないのだ。どうすればいいのかまったく分からなくなってしまった。
と、とりあえず反撃に無詠唱の魔法を――
「『爆破』!」
「ぐぅっ……」
手をかざし、簡単な魔法を即発動。先程の水弾に比べたら、蚊に刺される程度の威力……だが、おかしなことにグラッドさんが怯んだ。
良いことの筈なのに、余計彼の頑丈さのからくりが分からなくなってしまった。混乱する私へグラッドさんの剣が襲いかかる。
ひとまず防御を。剣を構え、彼の攻撃を受け止める。
「へぇっ……!?」
すると信じられない力で剣が弾かれ、私は吹っ飛んだ。何回転か床を転がり、手で踏ん張りようやく勢いが無くなる。
な、なんで……!? さっきの攻撃も確かに速かった。でもこんなに力は強くなかったのに。
とにかく退避。しっかりした足取りでこちらへ歩いてくる兵士長に内心戦慄しつつ、床に手を付いて立ち上がる。
「いたた……」
手が痛む。防御の時の衝撃がまだ残っていた。
まだ武器が届く間合いではない。今のうちに考えなくては。
グラッドさんの謎。それは有り得なすぎる耐性だ。従者が強いことは分かっている。けれどそれはあくまで人間と比べて、というレベルのもの。その上の次元にいる英雄だって頭を武器で攻撃されれば致命傷になりかねないし、銃撃を無抵抗に食らえば死なずとも怪我を負う。
そのルールから外れているのだ。まず何らかのアビリティかオーダーと思って間違いない。けれどその肝心の効果が分からない。
魔法と物理への防御力を高める? でもそれなら防ぐ必要がない。魔法で頭を狙った時、彼は腕を使った。頭へ剣を当てた時のような防御力があるなら、魔法の時も無抵抗に受ければいい。
何らかの不可視のシールドみたいなものを張る力? その線もなさそうだ。身体に後頭部、頭と全身を覆うようなシールドなら納得だけど、彼の防御行動の説明がつかない。
自身が戦いながら、そのシールドの展開部分などを操作するような不確定さがあるのなら納得だが――死角である筈の後頭部をピンポイントで守れるのか、はなはだ疑問である。
……ん? 死角?
頭に思い浮かんだ単語に、私はふと気づく。
オーダーは自動発動のものを除き、英雄が従者へと発動するものが多い。
今この場にはグラッドさんの主、第一国王がいる。彼がオーダーを使用しているのなら、思い当たる点がいくつかある。
グラッドさんの魔法へ対しての防御行動。後頭部への攻撃のダメージ。そして不自然に高まった力。
……もしかして。
「『爆破』」
一つのひらめき。それに賭けてみることにする。
私はすぐさま詠唱、魔法を発動。ただしすぐには放たない。左手に保留しておき、いつでも開放できるようにしておく。
いわゆる、チャージ。発動後の魔法に魔力を注ぎ続け威力を増したり、発動直前でキープしておく魔法使いの技術だ。自慢だけどその状態で戦うのは結構な高等技術である。
幸い、まだ私のアビリティというカードは見せていない。グラッドさんの攻撃が速すぎて防御しかできなかったり、混乱したりで上手く使えていなかったが――残しておいてよかった。これで少なくとも一度はチャンスが作れる。
「どうした? バカ正直に戦っても勝てないぞ?」
「そんなふうに見えます? これはお姉さんの余裕というものです」
迫るグラッドさんへ、自信満々に笑ってみせる。攻撃が効かず、防御もままならない。戦いにおいて圧倒的な劣位に私はいる。それでもまだ諦めない。
片手で魔法を。もう片方で剣を。私の構え、表情を見てグラッドさんもまた笑みを返した。
「--そうか、流石だな」
攻撃の寸前で呟かれた言葉。彼も私がなにを狙っているのか分かったのかもしれない。
彼の剣が振られる。それを確認してから私は魔法を発動。間近で爆破の魔法を放ち
、前へ。防御すらせずグラッドさんは魔法を身体で受け止め、構わず攻撃を続ける。やはり魔法を優先してきたか。ここまでは予想通り。
ここから後も予想が正しければ--!
「止めた--!?」
アビリティで剣を受け止め、その剣の刀身を脇でしっかり挟み柄の上、彼の手に渡しの手を重ねてしっかり握る。アビリティの話まではされていないようだ。驚いた隙を突いていい体勢がとれた。
「それじゃ、行きますよ」
宣言。それと同時に詠唱。そして私の剣を振り上げる。
「--あ。ちょっと待っ」
攻撃の寸前で呟かれた言葉。彼も私がなにを狙っているのか分かったのかもしれない。二回目。
まず一撃。剣の柄、その底を顔面に叩き込む。硬い感触はなし。ダメージはしっかり通っているだろう。
詠唱をしながら二度、三度繰り返す。その間引き戻そうとする剣を必死に押さえ、大男を一方的に殴り続ける女の子の図が数秒展開される。それでもまだオーダーが物理の方へ切り替わらない。
オーダー……ひょっとしたらアビリティかもしないが、とにかくこれで私の考えが正しいことが証明された。けれどこれは彼が真面目で、木剣と魔法以外で攻撃しようとしないことに期待しての作戦。試験のルールがなければ彼に殴られるか蹴られるかして回避されていただろう。
「これで、どうですか? 私の勝ちでしょう?」
腕で防御されても彼は叩いてはこれない。切り替えをしても魔法を放てば大ダメージは逃れられない。限りなく詰みだろう。
腕を振り上げたまま止め、クオルさんへ視線を向ける。
「ぷぷ……殴られてる……」
「まったく情けないよ、グラッド。兵士長が聞いて呆れるねぇ」
「まーまー。ルール守ってるんだよな? オレはわかってるぜ」
……た、楽しそう。特にクオルさん、自分の従者なのに笑ってるし。
「あ、あの、クオルさん?」
「あぁ、ごめん。いいよ。文句なしの合格っ!」
再度声をかけると彼は気持ちのいい笑顔で親指を立てて見せる。それからゾロゾロと段から降り、部屋の中心に。
「おめでとう、レイカ。やはり第一秘書は間違っていなかったな」
剣を開放され、私に叩かれた頬を撫でつつグラッドさんが自嘲気味に笑みを浮かべる。私の頭に手を置いて、それがお祝いだと言わんばかりに乱暴に撫で回した。
「ど、どう、も。……ふぅっ、期待に応えられてよかったです」
わしゃわしゃと髪をかき混ぜられふらつく私から手を離し、グラッドさんは三人の王と代わるように彼らの後ろへ。
「飛島レイカ」
クオルさんの雰囲気が変化する。笑顔は変わらないのに人間とはっきり違うオーラを放ち、堂々とした足取りで私の前へ。立ち止まった二人の英雄の間を進み、彼は手を差し出す。
「合格おめでとう。これより君を第四女王の騎士に任命する」
「……はい」
色々言いたいことがあったはずなのに、私は頷いてその手を取ってしまう。これが王のカリスマか。不思議なものだ。ついさっきまで頼りなくすら見えていた彼らが、今はとてつもなく大きく見える。
「頑張ってね! リールのこと大切にしてあげてね! ほんと! よろしく!」
「これから遠くからあたたかーく見守らせてもらうよ。レイカとリールの絡みを、ね。ふっふっふ……」
「なにかあったらオレに言いな。すぐに飛んでって助けるからさ」
「は、はぁ」
--いや、近すぎるからか。いつの間にか私を取り囲み、私の肩をぽんぽんと叩く三人の英雄。王の風格は瞬時に消え去り、過保護な祖父祖母のようになる彼らのギャップに私は辟易する。
「……これがこの国のトップ達だ」
あ、うん……すっかり分かりました、グラッドさん。
○
「いやぁ……まさか従者、それもグラッドを負かすかい。大した一般人だね、あの娘」
試験後。送迎役を兵士長に任せ、二人が謁見の間を出ていってしばらく。今しがた起きた信じられない光景を噛みしめるかのような長い沈黙の後、第二女王、マイラが口を開いた。
従者。精鋭中の精鋭、兵士長。
それをルールの制限化であるものの卒業したての少女が打ち負かした。グラッドのことをよく知る三人だが、そんなことは考えられもしない、有り得ないことであった。
「それもクオル、ありゃお前のオーダーを見切ってたぞ、レイカちゃん」
「うん、そうだね」
クオルは首肯する。
レイカが取った策。魔法を保留し、動きを止めて剣で殴る。一見すると単純に思えるが、そうではない。
まずグラッドは魔法を受けた。そして無傷で接近した。この時点で魔法への耐性を強めるアビリティかオーダーの可能性を疑う。
けれどその次、彼は頭部を殴られて無反応で反撃を返した。
何の力なのか。それを戦闘中に推理することは難しい。グラッドの取る防御行動もそれに拍車をかける。物理、魔法、両方に強い耐性を得るのならば防ぐ必要がないからだ。
(多分、魔法モードで攻撃したからバレたんだろうね……)
クオルはクスッと笑みを漏らす。だとしたら自分の不手際だ。
クオルのオーダーはシンプル。
『強化』。従者の身体能力を向上させる効果で、対象が視界に映っていることが発動の条件となる。
物理強化と魔法強化の二種類のモードが存在し、それを切り替えることで戦いを有利に進める。切り替えの間隔は数秒。物理モード時は物理的な攻撃力を増し、防御力を高める。魔法モードはその魔法版。
切り替えの間隔。英雄、つまるところ他者による効果の切り替え--それらの不安要素から、慎重なグラッドは防御行動を取る。それに加え、不自然な腕力のギャップがレイカの気づくきっかけとなってしまった。
結果、彼女は高威力の魔法発動を盾に魔法モードを継続させ、物理で殴ってきた。クオルが剣よりも魔法を警戒すると踏んで、だ。
機転と観察力、そして更に驚くべきは--
「魔力の扱いがうまいね、彼女は」
そう。魔力のコントロール。
戦闘の際、身体にまとう魔力を強め、維持し戦う。英雄の基本技術である。英雄が人並み外れた力、防御力を発揮できる理由はそこにある。
レイカの身体能力も魔力のコントロールがあってこそ。だがそれは人間の域をとっくに超えていた。戦う姿を一目見て見破れるほどに彼女の魔力は大きく、無尽蔵だ。
「確かにな。人間なのか疑っちまう」
「……はは、これは面白くなりそうだねぇ」
肩を竦めるルイスに、鋭い目で笑うマイラ。
二人の間に立つクオルは人のいい笑顔の奥、瞳を静かに輝かせ呟く。
「さて……彼女は勇者になれるかな?」
英雄達の絶対指令! コーラルさん @courara9
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