(5)
第一国王。名はクオル。
我らがイルマの初代国王にして、英雄の中でも指折りの実力者。
崩壊が起きてすぐ彼は周囲の人々を守るためその力を振るい、彼に守られ慕う人が集い今のイルマの原型が出来上がった。
彼の特徴はなんといってもその容姿。崩壊前のアイドルみたいな細く高い体と、甘ったるいマスクに眺めの金髪。大体ニコニコと笑っており--まぁ、大抵の人が『優男』という単語が思い浮かぶ男性である。上品であるし優しそうだし、けれどもナヨッとした10代後半の少年イメージが抜けず、本当に実力があるのかと疑ってしまうほど弱々しい。
性格も容姿通りのもの。誰にだって優しいし、人畜無害。強大な力を無闇に使おうとせず、話し合いで解決した争いも数知れず。
王でありながらフランク、かつ国は平和。平和ボケした国民達からはアイドル扱いされている。
英雄が起因となった崩壊。これほど好かれている英雄というのも彼くらいしかいないだろう。
第二女王。名前はマイラ。
イルマを訪れ、いつの間にか王の一人になっていた女性の英雄。
着物を好んで身に付けており、見た目の年齢は20代後半くらい。長い黒髪と、大胆に出された肩がセクシーなお姉さんだ。
広範囲で高い効果の補助魔法が得意だが、本人の戦闘能力は並の英雄程度。第一国王と違って、後からイルマへ来たいわゆる余所者なのだけれど彼女を慕う人は少なくはない。
その理由が、現在の奔放なイルマにある。
日本の娯楽をいたく気に入っている彼女は英雄関連の創作を許し、かつ自由な恋愛を推進。さながら二次元のようなモデルがいるせいで彼女の行ってきた活動は大いに盛り上がっている。
ミツキは彼女と知り合いで仲も良いらしい。ミツキのように彼女の方針に共感し慕っている人は多く、カリスマ溢れるお方である。
最後に、第三国王。名はルイス。
旅行と称してフラッとやって来た彼は第一国王と意気投合。そのままなんやかんやで国王の一人に。その経緯から分かるように、第一印象は『チャラいおじさん』。オールバックの黒髪に、もみあげから顎までうっすら生えた無精髭。身長は高くがっちりした筋肉質な体型。どちらかと言えば厳つい強面な顔立ちをしているのだけれど、彼と少し話してみればその過剰な軟派成分とコミュニケーション能力が分かるだろう。
ちなみに一番屈強そうな彼だが戦闘は得意ではない。ほぼ毎日、彼はイルマの城下町に構えた自分の店でその料理の腕を振るっている。英雄であり、身体能力も高いはずなのに。
……と、ここまで英雄、国王としてマイナスイメージ続きだが優秀な王なのは間違いない。人望だってあるし、やるときはしっかり決めてくれるし、頼り甲斐もある。老若男女問わず人気のある王様だ。
--以上、イルマ国の王、三人について。
圧倒的な力を持ち、浮世離れした絶世の容姿に、並ぶ者がいない優秀な能力。
この人達がどれだけ雲の上の人か分かっていただけただろうか。
私なんてチラッと壇上で演説する彼らを見るくらいの身分で、彼らを守る騎士になってもそれは変わらないのだろうと思ってすらいた。
なのに今、その三人が私の前に。あまつさえ、
「いやーははは、ごめんね。つい熱が入っちゃって。あ、君はリール好きかい?」
「バカ。何言ってんだい。ほんと親馬鹿よね、お前は」
「そう言いつつキミも人形を持ってるからな、逆さに。おお、立たせっぱなしは女性に失礼だったな。さ、ようこそお嬢様」
……こんなワチャワチャした状態を見せられるとは。
さながらリール親衛隊といった感じの装いになっている三人。大剣の兵士に背中を押され、再度謁見の間に入った私は未だ現実を受け入れられず、近づいて手を取ってきたルイスさんに誘導されるまま着席。
部屋の中心。件のテーブルが置かれた前に座る。
「え、ええと--そのぅ」
何も言えず狼狽えていると、エスコートしてくれたルイスさんが苦笑した。
「ありゃりゃ、困ってる? 二人がそんなんだからギャップに戸惑ってるな、こりゃ。駄目だよ王様達。オレをもっと見習ってもらわないと」
すみません。はちまき、ハッピ、片手にリールさん紙袋装備の貴方に一番驚いております。
「うーん見習う要素はないと思うけど」
「なんだとぉ!?」
「はいはい。なんでもいいからさっさと片付ける。これじゃ王のイメージ下がりっぱなしだわ」
マイラさんの言葉で片付けをはじめる三人。
あぁ……あの王様達が腰を丸めてテーブル上のリールさんグッズを拾い集めて、リールさん紙袋にしまってる……。なんとも言い難い光景。
「……何を、していたんですか?」
親近感溢れる姿を眺めること数秒。ようやく思考が追いついてきた私は口を開く。謁見の間で国王が国王グッズを身に着けて眺めてるってどんなことがあったらそうなるのだ。そして三人が恥ずかしがったり取り乱したりする様子がないことも気になる。
「よいしょ。……グラッドさんからあらましは聞いたかな?」
テーブルの上を片付け、王座とはうって変わって質素な木造の椅子に腰掛ける三人。私とテーブルを挟んで向かい側、王の三人がほぼ等間隔で横に並でいる。なんだか面接みたいだ。
グラッド? 気さくな笑顔で答えてくれたクオルさんは、考え込む私に気づいて言葉を続ける。
「兵士長だよ。おっきい大剣背負った男の人」
「あ。あの人ですか」
グラッドっていうのか。……あれ? 日本人らしからぬ名前だけど、英雄?
「本名は
「すごいよな、彼は。英雄顔負けだ」
と、私の心の中を読んだようなマイラさんとルイスさんの補足。
なるほど。でもグラッドで違和感がないからすごい。いかつくて大剣や鎧が似合ってて、彼も英雄だとか言われても驚きはしないだろう。
「リールの身柄を引き渡せと、今回の騒動を利用して要求してきた」
「……はい。それは聞きました」
「で、その件について対策を考えてたらヒートアップしちゃってね」
どうしよう。いかにも真面目な雰囲気なのに謁見の間突入時の光景が頭から離れない。どうヒートアップしたらああなるのだ。
「不覚だったわ……。人を待ってるってのに、あんなことおっぱじめて」
「オレらおじさんおばさんだからなー。リールちゃんみたいな子に弱いよな」
……。本人達も分かってないのかもしれない。
若々しい容姿だけど彼らは一度生き、死んだ人達。リールさんは彼らの庇護欲を刺激する何かがあるのかもしれない。
「あはは。そこは申し訳ないね。僕が中心に騒ぎ始めちゃったから」
「流石、リールちゃんを勧誘しただけはあるな」
頭の後ろで手を組み、背もたれによりかかるルイスさん。
笑みをこぼし息を小さく吐いた彼は直後、真剣な眼差し。
「--最初からこうなるって分かってた上で、な」
「……え?」
『分かってた』。
緩んだ空気で突然言い放たれた言葉に私は固まる。
つまりそれは、国家間の争いの火種になると分かった上でリールさんを王として迎えたということ。そうした理由があるのだろう。けれどリスクを考えると、とても賢い判断だとは思えなかった。
「そう。まずは君にそれをお詫びしようと思ってね」
クオルさんが笑顔からスッと表情を変える。翡翠の色をした瞳が私をまっすぐ見据える。お詫びと口にしている彼に揺るぎはない。視線を一切動かさず、髪や頬を触るといった仕草もない。あくまでも自然体にこうなることを、被害を割り切った人間の態度であった。
私が戦える力を持っていたから良かったものの、もし何の力もない一般人が巻き込まれていたらどうするつもりだったのだろうか。
……多分だけど、それも割り切るのだろう。悪いと思って。けれどそれで仕方ないのだと結論して。
「僕はリールを四人目の王にした。それにはちょっとした経緯があってね」
「……はい」
ちょっと腹が立つ。でもこうして話そうとしてくれているのだ。どう思うのかはそれを全部聞いてからでも遅くはない。というか、私は何も知らなすぎる。今この場で見たことだけで感情を決めるべきではないだろう。
「ちょっと前、イルマで地震が起きたのは覚えているかい?」
相槌。首を縦に振る。
一週間くらい前か。小規模だけれど地震が起きた。でもそれに何の関係が?
「被害者はゼロ。だが被害はゼロじゃなかった」
「地震によって国外の見張り小屋で爆発が起こった--って体にはなってるけど、あそこにリールがいたのさ」
ルイスさん、マイラさんが続ける。
いつの間にか私達四人の間にある空気は重く、鋭く、張りつめていた。
「最初は誰かから逃げてきたリールを警備兵が匿っていたんだ。怪我を負ってボロボロになっていたらしい。それから、彼女を追っていた英雄達が現れた」
「英雄……『達』?」
「うん。英雄達。戦闘をはじめてからちょっとして僕らも駆けつけたんだけどね。正直、今のイルマと同等かそれ以上の力を敵側は持っている」
口調こそ軽いものの、苦々しい顔をしてクオルさんは悔しさをにじませる。
英雄達。イルマ以外にも存在していたのか。複数の英雄がいる勢力。
それも、追手をしている英雄らで同等と判断されるほどの実力が……。敵の本拠地にはどれほどの戦力があるのか。考えたくはない。
「ま、従者もろくに作ってないからな。戦力はそんなもんだ」
「平和主義者の悩ましいところさね」
「--その敵達って何者なんですか? なんでリールさんがそこまで狙われて……」
戦力が充実しているのなら、リールさんに固執する必要もないのでは。私が問い掛けると、クオルさんが呆れた様子で肩を竦める。
「『リールの仲間』だってさ。前世で彼女と世界を救う戦いをしてたんだって。その続きを今度こそ果たすらしいよ?」
ずいぶんと小馬鹿にしている。それもそうだ。仲間と言いながらその仲間は逃げ出して、怪我をさせて、ついには亡命先へ脅しをかけてくるのだから。
仲間、というよりは強力な人材を自分の物にしたがっているだけのように思える。
「正確には『魔王軍』。イルマとは結構離れてるな。一、二年前から世界救済の旗を掲げて仲間を集めてる胡散臭い連中だ」
と、ルイスさん。後ろに流した髪を整え、面倒そうな顔で息を吐く。三人とも敵の魔王軍とやらに良いイメージはないようだ。話を今聞いただけの私ですらそうなのだから、魔王軍の味方をしてる人達は余程入れ込んでいるのだろう。少なくとも、一人の女性を大人数で追って痛ぶるくらいには。
「ということで、彼らからリールを守るために僕は彼女を王にした。こそこそ影で匿ってたら敵さんもこそこそくるだろうし、手を出し難い状況を作ってやろう、ってね」
あくまでもクオルさんは誠実だ。真面目に事情を説明してくれて、偽りもないのだろう。リールさんを守るための行動というのも分かった。
でも……。
「それがいずれ国と国の戦いの原因になるって分かってたんですよね? なんでそんなことを」
今の状況を予想できたなら、もっと穏便に済ます方法もあった筈だ。それなのに国ごと巻き込むような手段をとるなんて、イルマらしくないと思えた。
彼に応えようとじっと見つめ返す私。するとクオルさんは意外にも、申し訳なさそうに視線を逸らした。
「……うん。本当にすまない」
そして、謝罪。椅子に座ったままだけど深々と頭を下げる。
王が私に頭を。再び処理のキャパを超えそうになる私を前に、クオルさんがゆっくりと姿勢を戻し、静かに続けた。
「僕らはリールを見捨てることができなかった。彼女が可哀相というのもある。けどもっと大きな理由があるんだ」
「大きな……?」
「うん。彼女は『魔王』。彼らの中心人物。地震の原因を作ったのも彼女らしい。そして魔王軍は『世界救済』――世界を滅ぼすことを目的にしている。それだけじゃない。彼らが他国や近隣の集落へ無差別に攻撃を仕掛けていることも分かった」
淡々と語られる事実。魔王軍の名に恥じない悪事を彼らは働いていたらしい。ここまで説明されて、ようやく王らの思惑が見えてきた。そして納得もできた。
それまでの割り切った、どこか達観した様子は消え去り、第一国王の目には強い決意の色が浮かぶ。
「もう『崩壊』のようなことを起こさないためにも彼らを野放しにはできない。だから、決めたんだ。イルマは戦うと」
口実を求めていたのは魔王軍だけではなかった。イルマも魔王軍と争うため、あえてリールを国の代表に立たせたのだ。
これは、ちょっとの被害は割り切られても仕方ないのかもしれない。私も崩壊の恐ろしさを体験した身だ。英雄の身勝手がどれほど怖いものか認識している。
それにしても人が好すぎる気もしなくはないが。敵のリーダー格を匿って王にして、世界のために戦争を始めようと言うのだから。
……本当、平和ボケしたこの国らしい。でも嫌いじゃない。
「……分かってくれたかい?」
「はい。謝罪はもういいです」
王の決断に不満はない。私だってそうしただろう。問題は、これから国民に危険が及ぶかもしれないという点と、勝てるのかということだけで。それは王達に任せるとしよう。私からはもう言うことも尋ねることもない。
「そっか、ありがとう」
ホッと、安堵する様子を見せるクオルさん。嬉しそうに笑った彼は気が抜けたのか、テーブルの上に手をついて大きく息を吐いた。
それからまた、申し訳なさそうな顔をする。
「それでそのー、聞いたよ。君って強いみたいだね。第一秘書が言ってたよ。あ、そういえば彼女を助けてくれてありがとう。彼女がいないと僕すごく困っちゃうからさ」
「えっ? あ、はい。どういたしまして」
不自然な話の切り出し方に私は意表をつかれる。これが素に近いのだろうか、ペラペラと話し出す彼は友人に接するみたいに馴れ馴れしく、さっきまでの真面目な空気はどこへ行ったのやら。
さっきとは対照的に目を逸らし、指先で頬を掻く彼。落ち着きがない様子の彼の両隣で、他の王がクスクスとおかしそうに笑っている。
「君のこと調べたよ。仕事、まだ決まってないんだろう?」
「え、ええ、まぁ……」
彼は何を言いたいのだろう。王に無職バレしてることに内心ショックを受けつつ、私は首肯。
それから少しの間、悩む素振りを見せたクオルさんは意を決したのか唐突に口を開く。
「第四女王の騎士、やってくれないかい?」
「……はい?」
そして突拍子もなく、私の就職先が決定した。
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