(4)


 それはお祝いのパーティーもそろそろお開きにしようかと話していた頃。

 パーティー終了の合図をくれた、ある意味グッドタイミングで来た兵士らは、一般宅へやって来るには大袈裟な装備を身に着け玄関先で私の名前を叫ぶ。

 そして玄関の先、リビングのテーブルでモソモソと付け合せのレタスを食べている私を見つけると、中に入ってきた。さながら凶悪な犯罪者のアジトにでも乗り込んだような緊張感と威圧感を出しつつ――しっかり靴を脱いで中へ。

 きっちり一人30秒近くかけ重そうな鉄板付きの靴を玄関に並べ、二桁に届きそうな人数の兵士がリビングへ並ぶ。男女比一気に逆転。我が家に男性がこれだけ来訪するのは初めてではないだろうか。


「ど、どうしたんですか?」


 引き気味なミツキが問いかける。

 即確保でもされかねない空気だったのに暢気なやり取りを見せられ、どう反応していいか分からないのだろう。私も同じ気持ちだ。

 私達が住む一軒家。リビングにキッチン、お風呂、トイレ、後は寝室二部屋。一般的な二階建てのお家は、自慢ではないけれどイルマの中でも立派な部類に入る。木造で水道もしっかり通っている崩壊後なら憧れのマイホームである。

 電気はまだ各家庭で使うレベルではないので、照明がロウソクとかだけど。

 そんな我家が鎧かっちかちな男性でぎっちぎち。何も喋らずとも音が立たずとも喧しい。あちこちから擬音が聞こえてきそうな賑やかな光景が繰り広げられている。


「アネゴ、何かしたの?」


「さっき話した英雄退治のことでしょ、多分」


「あぁー……コクサイモンダイ?」


 隣に座っている妹から耳打ち。こそこそと小さな声で私も返す。

 なんでこんな愉快なことになっているのかは考えずとも分かる。帰り道で英雄を叩きのめした件だろう。

 秘書さん、誤魔化せなかったのね……。ここは庇ってくれた彼女に借りを返さねば。勝手に突っ込んでいったのは私だから。


「――王城ですよね? 大人しく従います」


 立ち上がり、壁にたてかけておいた剣を腰に差す。武装に文句はないようだ。連行とはいえど犯罪者扱いではないらしい。ホッと安堵しつつ兵士らの元へ向かう。私の後ろでガタッと物音が鳴った。


「アネゴ、私も――」


 我が妹、ユイが椅子を鳴らして慌てた様子で私の横に立つ。

 城に連行される私を思っての行動。嬉しいけど、王城へ無関係の人間が入ってしまうのが許されるはずもない。


「悪いが、同行者は認められていない」


 当然、兵士に断られる。表情一つ変えず堅苦しい口調で答える彼。しかしそこで諦める妹ではない。大の大人、それも男性に。躊躇わず一歩前に出て彼女は一言。


「お金、払いますから!」


「よし、行くぞレイカ」


 完全に無視である。踵を返しいそいそと靴をはく兵士らは何も答えず順番に家を出ていく。


「ほんと、いくらでも――ちょっとぉ!? 無視しないで!」


「じゃ、私も行ってくるから。ミツキ、ユイ、心配かけてごめんね」


「行ってらっしゃい、レイカ」


「あれ!? 何でみんな無視するの!?」


 時折献身的な妹キャラより、小物っぽさが出るのがユイである。

 狼狽えるユイの肩を優しく叩くミツキ。二人に見送られ、私は自宅を出た。

 夜風が涼しく吹く住宅街。木で造られた背の低い家が立ち並ぶそこを、兵士が並んで進む。崩壊前なら考えられない不思議な景色に、今は疑問も浮かばない。


「……向かいながら説明しよう」


 鎧の物々しい音の中、不意に私の横を歩いていた兵士が口を開く。

 この中で一番えらい人かな。大剣を背負っている一際強そうな兵士だ。洋画の吹き替えみたいな渋い芝居がかった声で、彼は語る。

 まず、一言。


「イルマに警告の旨を伝える親書が届いた」


「――え?」


 思いがけない言葉に私は驚いた。

 そりゃ英雄を倒したのだ。最悪国と国の戦いになってしまうのも予想できるだろう。

 けれど早すぎし攻撃的すぎる。

 今日の昼過ぎに起きたことへ手紙を書く、ましてや警告だなんてどういうことだ。

 イルマ――他国の状況を細かに把握していると示したいのか。それとも最初から計画していたのか。


「とある条件を呑まねば宣戦布告も免れないとのことだ」


 『なんで』。そんな反射的な疑問の言葉すら呑み込み沈黙する私へ追い打ち。

 他国に入り込んで恫喝をしていたにも係わらず宣戦布告とは、どんな思考回路をしているのだろうかその敵国は。

 予想していたよりもひどい――否、最悪のケースを突っ走っている。


「……その、条件は?」


 不安と焦り、後悔。平和ボケした国の中で、私もその例に外れず暢気に構えていたことを思い知らされる。剣の柄を自然と強く握りしめ、私はようやく言葉を口にした。


「第四女王の身柄の引き渡し」


 兵士は言って、にっかりと笑う。失恋した友人を慰めるような、デリカシーのない悪友みたいな笑顔で。

 要求がなにを意味しているのか。早すぎる対応と照らし合わせるとあまりに明確で、私が何に巻き込まれたのかもはっきりしていて。


「壮大な貧乏クジを引いたな、卒業生」


 つまりは、そういうことなのだ。



「--着いたぞ」


 受け入れ難い事実とスケールの大きさに打ちのめされていると、いつの間にか一行は王城の前へたどり着いていた。こういう時人間の感覚を恨めしく思う。なんとかしようと考えている場面に限ってこうだ。

 ふてくされつつ顔を上げる私。前を行っていた騎士らが跳ね橋の兵士と何かを話している。視線を徐々に上げていくと、王城の全貌が見えてきた。


「おぉ……」


 本来の現代とは全く違うカテゴリの建物。けれど山のように高いビルにはない厳かさがそれにはあった。

 城下町をちょっと進んだ先に存在するイルマ国唯一の王城。四人の王とその部下、国の中心人物らが暮らす巨大な石造建造物である。その大きさはなんたらドームが二つ分はありそうな広大さ。

 深いお堀に周囲を囲まれ、正面にある跳ね橋がただ一つの入口。警備は厳重で兵士も騎士もおり、そこに四人の英雄--国王。まずここが押さえられることはないだろう。

 普段関係者以外は立ち入ることができず、無論学校の生徒であった私も脚を踏み入れる機会などなく。今回が初めての経験であった。


「近くで見るのは初めてか?」


「ええ。すごいですね。こんな建物が日本のど真ん中にあるなんて」


「はは。過去の奴らは信じないだろうな」


 笑い声らしきものを発しておいて真顔の兵士。人生がつまらなそうな顔をして、不意に彼は歩きだす。前を見れば跳ね橋が降りようとしているところであった。

 鎖が音を鳴らして木造の橋が徐々に橋の形を取り戻していく。電気でも魔法でもなく、兵士が手動でハンドルを回し多大な労力をかけ道はできあがった。

 確かに、信じないだろう。

 なんでも自動化されるのではなんて言われていた私達が、こんな時代錯誤な建造物でからくりを利用しているのだから。

 跳ね橋の兵士から合図。大剣の兵士らが頭を下げ、私の連行が再開される。鎖だけで固定された橋をおっかなびっくり渡っている最中、私は視線に気づく。

 ……すごく見られている。兵士に騎士、それに身分の高そうなお方々。セーラー服を着た女が城に兵士に連れられてくるのがよほど珍しいようだ。当たり前だけど。

 今は好奇の目で見られるのみだけれど、私が戦争の引き金を引いたと分かったらどんなことを思うのだろうか。考えたくはなかった。


「謁見の間に向かうぞ」


「あ、はい。--はいっ!?」


 また根腐れしたくらーい思考に頭が染まる途中で、大剣兵士の声。素っ頓狂な大声を上げた私へ更に注目が集まる。

 ごほんと咳払い。年頃の女の子が人前で奇声などはしたない。落ち着いて、冷静に。お姉さんなんだから、取り乱したりなんかしない。うん。


「えええええ謁見の間ですか?」


 駄目だ私のメンタル。


「どうした。国家間の問題だぞ。王が出てこないと思っていたのか」


 と、辛気臭い顔を真逆に明るくさせ笑顔の兵士。

 分かった。このヒト性格、悪い。キライ。


「んなことないです! 謁見の間とか言うからびっくりしたんです!」


 乱れに乱れた言葉遣いで私は必死に反論。

 正直言うと王が出てくるなどと考えていなかった私だ。国家間の問題だし当然王が係るのは予想できるのだが、もっと間接的に係わってくるものとばかり思っていた。配下の人から処分についての伝言をされたり、書類で通達されてサイン、みたいな。

 それが謁見の間となると話は別だ。だってそれだと--


「そうか。それは良かった。ちなみに三人の王『だけ』が待っている」


「ぶっ!?」


 瞬間、脳裏に浮かぶ裁判所。証言台に立つ私。その前に並んで座る国王ら。たった四人だけの謁見。もはや処刑である。


「なっ、なんで--あれ? 『三人』?」


 一人少ないよね。どうしたのだろう。

 

「さぁ行くぞ」


 首をひねる私を連れて、大剣の兵士が進む。

 これまた木造の、大きく分厚い入り口が人力で開いた。左右の扉を数人で押し、そしてまた閉じる。入り口担当の兵士さんも大変だ。

 それから同行していた兵士さんらと別れ、私の隣にはむっつり顔の大剣の兵士のみ。賑やかだったエントランスをまっすぐ越えて謁見の間の扉らしきものが見えてくると、周りはまるで違う場所みたいに静かに。隣を見ると彼の顔の険しさも数段増して見えた。

 外観こそ大きく立派な印象の城であったが、内部は意外と質素であった。

 最低限のものしかない誠実で、悪く言えば生活感のない仕事人間の私室みたいな面白みのない空間。来客を出迎えるエントランスも受付と受付嬢、警備の兵士くらいしか目につくものはなく。彫像やら置物の類いが一切なく、本当に権力者の住処なのかと疑いたくなる。

 王が待っているという謁見の間の前へ来てもそれは変わらない。強いて言えば天鵞絨の敷かれた扉か。本当、第一国王の性格がよく出ている城だ。


「ここだ」


「……ええ」


 やはり、ここか。謁見の間と言われてもピンとこないほど地味だ。誰もいないし。


「この人払い……トップシークレットってやつですか?」

 

「さぁな。聞かなくともすぐ分かるだろう」


 そう言って、彼は足を止める。ここまで連れてきた彼もこの先にはついてこないようだ。

 ほぼ無音。扉と向き合って手を強く握りしめ--私は自分の乱れた呼吸に気づく。


 ……怖がってるというのか。


「--ふっ」


 今更だ。

 修羅場は今まで何度も乗り越えてきた。それに今回のことだって、暢気に待ち構えていたとはいえ覚悟していたことだ。

 誰かを助けるということは、その人に係るということ。

 それが私の流儀。助ける前も後も、見捨てるつもりはない。


「逃してもらった義理もあるしね」


 呟いて、私は扉に手をかける。

 それから一呼吸置いて勢いよく開けた。驚くほど簡単に動くそれ。結果、バァンと大きな音を立てて扉が開き、テレビのスイッチをオンにしたかのように忽ち私の前へ謁見の間が広がる。

 綺麗な六角形をした部屋には一辺に大きな椅子が一つ用意されており、中心には空きスペース。入り口からこの部屋までの地味ぶりと同じく、この間も目立った装飾はなく。けれどなぜだろう。神秘的な雰囲気があった。

 それはあまりにも整いすぎているからだろう。

 部屋の形もそうだし椅子も机も蝋燭を立てる燭台すらも、椅子一つの周囲に置かれている家具はすべて同じ物、同じ位置。

 不気味とも言える正確さは人の温かさを感じさせず。


「--やぁ、初めましてだね。飛島レイカさん」


 それは部屋の中心で立っている三人の王も同じく。

 いつも遠くから、もしくは写真で、直接この距離で見たことなどない、雲の上の人がそこに当たり前のように存在している。

 イルマに住む平凡な庶民にとってそれは、有り得ないことであった。


 そう。彼らが部屋の中心で机の上におびただしい数の第四女王グッズを広げて、なにやら興奮気味なことも。まったくもって有り得ないことであった。

 --や、一名はそういう人だったか。


 ひどい現場を目撃してしまった。

 きっとノックをしなかったから異空間にでも飛んでしまったのだろう。恐ろしいことだ。


「……ごめんなさい、間違えました」


「え? なにを?」


 『I LOVE リール』とでかでか書かれたハチマキを頭に巻いた、第一国王のそっくりさんが首を傾げるのを見つつ、私は『全部です』と心の中で答え扉を静かに閉めた。

 開くときとは正反対に無音で閉まる扉。おそらく中の様子を見てしまった兵士が私の肩に手を置く。


「これがこの国のトップ達だ」


 そこでその台詞はある意味重すぎる。 

 

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