(3)
「なんで、あんな……デタラメな……」
ブツブツと呟いて視線をあちこちに向ける少女。
色鮮やかな赤い髪のおさげを揺らし、忙しなく頭を動かす。
英雄を人間が倒す。そのことがどれほど大変なことなのか。話だけで実際の経験がなかった私にはいまいち分からない。
「あの、大丈夫ですか?」
目の前で手をひらひらと振り、繰り返す私。そこで少女は我に帰ったようで小さく咳払い。頷いてこちらへと視線を向ける。
「だ――大丈夫です。すごく驚きましたけど、助かりました。ありがとうございます」
背筋をぴんと伸ばして努めて冷静に、落ち着いた声で答える少女。年齢は私と同じくらいか。若干ガラが悪く見えるくらいキリッとした目、薄い唇。クールな美人さんといった顔立ちに、どこかのウェイトレスみたいな服装。そして素朴な髪型。アンバランスに見えるようでばらついた容姿は不思議と彼女によく似合っていた。
「いえいえ。お姉さんのワガママですから。それで、何があったんですか?」
とりあえず怪我はなさそうでよかった。にっこりと笑い、私は尋ねた。
男三人に囲まれ、その一人は英雄。目の前にいる少女はそんなことに縁がなさそうに見えるのだが。
「……えーと、それは、ですね」
と、あからさまに答え難そうな少女さん。視線を泳がせ手をもじもじとさせ時間を空ける。言えないなら突然絡まれただけだとか、すぐ答えれば怪しまれないのに。正直者な彼女に内心苦笑する私だが、理由は知っておきたいところ。英雄が絡むなら尚更。英雄が国を治める時代なのだ。領土に入ってきた英雄をぶちのめしたとなれば国と国の問題に発展しかねない。
「そ、そう! いきなり絡まれましてっ」
うーん……。言いたくはないみたい。
明らかに今思いついた風に言われ、彼女が答える前から追求するつもりだった私は言葉を呑んでしまう。
どうしようか。命の危機に晒した挙げ句、また首を突っ込んでいくのは果たして……。
頭を悩ませているとガシャガシャと物々しい音が複数。見れば通りからこの道へ、五人ほどの男性が曲がってくるところであった。
鎧と兜を身に着け、槍や剣を身に着け武装した彼らはこの国を警備している兵。騎士とはまた違い、誰の従者でもない彼らだが下っ端というわけでもない。しっかりした国に仕える仕事で、実力者揃い。華形ではない、縁の下の力持ちというところか。誰か通報してくれたのだろう。相変わらず仕事が早くて助かる。
彼らは通りの不可解な状況に戸惑う様子を見せた。
「な、何があったんですか! 通報がありましたが、これは――」
「あぁ、ちょうどいいところに。そこの男三人を縛ってくれますか?」
慌てていた少女が予想外に手慣れた雰囲気で警備兵らへ依頼する。私と接する時のそれと違ってデキる女のオーラバリバリで。
警備兵は彼女を見て速度上昇。私達の前で止まると、びしっと規律よく揃えて背筋を伸ばした。
「だ、第一秘書さん! お疲れ様です!」
「今はプライベートです。それと、早く捕縛をお願いします」
「はいぃ!」
端的に答える少女に従う大の大人五人。慌てた様子で作業を開始する彼らとメガネをくいっとやる少女を、私は呆然と見ていた。
少女の言い方は決して怖くはないし、むしろ丁寧だというのに彼らの怯え様は何なのか。考えて、先程の単語が頭をよぎる。
『第一秘書』……。まさかね。
「第一王の秘書さん、だったりします?」
「――はい。情けない話ではありますが」
う、うわぁ……。的中しちゃった。
第一王の秘書さん。国で相当重要なポジションのお方だ。王様はしょっちゅう姿を見てるから分かるけど、秘書さんなんて見たことがないから――まさかこんな女の子がやってるなんて思ってもみなかった。ましてや戦闘能力がないだなんて。
じゃあ、囲まれてた理由は国関係の問題? そこに私が突っ込んだ?
まずいような、でも助けないともっとまずいことになったような。
今すぐハードボイルドなヒーローよろしく颯爽と去りたくなる私を前に、どんどんと男らの拘束が進んでいき、
「終了しました!」
ついに終わってしまった。
いやぁ、さすが優秀な警備さん達。私が足を上げたり下げたりして身体を揺らしてる間にあっという間に仕事を終わらせちゃうんだから。どうしようお姉さん困っちゃうぞ。
「ご苦労さまです」
「……?」
短くお礼を告げた秘書がこちらをちらっと見る。警備兵がやって来てからは落ち着いていたけど、なんだかその瞬間だけは焦りが見えた。
「では、すぐその男を第一国王へ――」
「あの、そちらの少女は?」
うぐっ、やっぱり訊かれた。
男三人と秘書、見知らぬセーラー服の少女。そりゃ疑問を抱くのももっとも。ぎくりと身体を震わせ、私は警備兵らを見た。
「私は」
「通りすがりです。そこの暴漢を大人しくする際に巻き込まれました」
はいっ?
途中で遮られ放たれたセリフに意表をつかれる。横の彼女を見ても素知らぬ顔。こっちを見ようともしない。『さっさとずらかれ』。そんな意思をひしひしと感じる。
助けてくれたお姉さんをこの扱い。でも私がはっ倒したのは英雄。状況が状況か。
「そうなんです! 颯爽と助けてくれて!」
ここは乗ることに。
もともとこの秘書さんを助けるために飛び込んだのだ。それ以外のこと、手柄だなんだはどうでもいい。
「え、ええ。大したことではないです」
警備兵らから尊敬の目で見られ、若干バツが悪そうな様子で頷く。さてはこの人お人好しだな。
「では私はこれで。学校帰りなので」
「あぁ、道の入口にあった鞄は君の物か。気をつけて帰りなさい」
「はい」
事情が分からないにせよ、彼女が私を遠ざけようとしているのならばそれに従うのみ。国家間の問題をそれで回避できるのならの話だが。とにかく今は信じるとしよう。
会釈程度に頭を下げ、そそくさと鞄を回収。その場を離れるべく早足で進んでいく。特に怪しまれた様子はない。それもそうだ。帯剣しているとはいえ私は学校の生徒。成人男性を三人相手にできるとは思うまい。
「仕事探しどころじゃなくなっちゃったな……」
ため息。通りに戻るといつもの賑やかさ。さっきまで英雄と戦っていたのが悪い夢のように感じられた。
何もかもが分からず仕舞い。私はそこに立っていたはずなのに、いつの間に蚊帳の外。後ろ髪を引かれるような気持ちを抑え込み、私は家路を急いだ。
○
私の住んでいる家は学校のある中央区から離れ、イルマの南区にある。
数多くの住宅が連なるその場所は、富裕層を除くほとんどの住人が住居を構える大規模な住宅街。
『崩壊』もあり家族のいない子供、大人が多いのだが国の制度で最低一人一部屋は与えられるため住居がない、家賃が払えない、なんてことはなく。警備も結構しっかりしているため治安もほどほど。決められた税金を納めれば一軒家に住むこともそう難しくはない。
つまり食費さえ稼げれば最低限の生活はできてしまうわけで……イルマの国は基本平和ボケしている。弱肉強食の世界でこの国みたいな場所があとどれほどあるのだろうか。多数派でないことは確かだ。
「第一国王、第二女王、第三国王に噂の新就任、第四女王のブロマイド! お買い得だよー」
「元祖イケメン王様、第一国王の写真集、発売中だよ!」
……。ね、平和ボケしてるでしょ。ある意味たくましいけど。
8割方の人間が生活している南区。人通りが圧倒的に多いこともあり職人通りで店を構えず、露店を開くのも賢い商売のやり方。食品や衣服、そして国王グッズが人気を博している。
王様達、露店どころかグッズ制作まで許してるから本当に際限がない。写真集にアクセサリー、武器に小説、漫画――崩壊前の娯楽文化ここに極まりといった感じ。
住宅の連なる道に並ぶ、お祭りを連想させる色鮮やかな屋台の一つ。『第二女王公認』の文字が目を引くそれに、私はのそのそと近づく。
その中でははちまきを巻いた短髪の女性が新聞を読んでいた。
鉄パイプ椅子に脚を組んで腰掛ける彼女。すらっと伸びた長い脚に締まった身体。凛とした雰囲気の顔立ち。大人びた見た目の彼女は、その鋭い目を新聞にまっすぐ向けている。
半袖の白いシャツに茶のショートパンツ。ラフで肌の露出も多いのだが不思議と色気はなく健康的にすら思える。彼女のガサツさを知っているが故の印象だろうか。
一見するとかっこいい女の子なのだが、家事の類いがからっきし駄目なだらしない人物である。椅子の背もたれにかけられ、彼女の背中で皺を作っているロングマントがそれを物語っている。
「おう、レイカ。おかえり!」
屋台に近づいた私の影に気づき、顔を上げる彼女。新聞をマントのポケットにつっこむと立ち上がり、屋台のカウンターに手を付く。大人っぽい見た目と反した人懐っこい笑顔を浮かべる。
「ミツキ。今日はどう? 売上の方は」
「ん、上々よ。第四女王のお陰さ」
銀色の長い髪が特徴的な人形みたいに綺麗なお姉さんだ。表情を変えることがないとの噂で、神秘的な雰囲気と女性的な豊かなスタイルで人気が高い。ゴスロリ風な衣装も人気の理由の一つか。
英雄としての能力は一切不明。前世で何をしていたのかも全く公表されていない。
ま、一週間くらいしか経っていないのだ。王になったのだからそれなりに信用できるのだろうし、色々優先するべきことがあるのだろう。情報が国民に公開されなくても仕方ないというもの。
「美人でボンキュッボン。くぅ、羨ましい」
「ミツキもスタイルいいでしょ」
「いやいや、それは別よ。女として羨ましくなるでしょ。あぁ、レイカもいい身体だから興味ないのか」
「はいはい。何も問題ないなら私は帰るから」
彼女は私と妹の義姉。この国に住んでから訳あって一緒に生活している女性だ。
あんまり彼女は自分の身の上を話そうとしないけれど、多分『崩壊』で親や家族、友人を亡くしたのだろう。
気ままに生きる自由人で、第二王女の思想に強く共感している。お仕事はこの露店。大体私が学校に行っているのと同じ時間店番をしていて、売上もまぁまぁ。
本人曰くロマンを売ってるから、売上は度外視らしいが。
一日中住宅街にいる彼女だから、ここで何か起こったのなら知っている筈。何も言ってこないということは問題ないのだろう。
……心配しすぎか。
私をからかうみたいに自分の身体を撫でるミツキを睨みつけつつ考えていると、少し離れた場所から大きな声が聞こえてきた。
「アネゴー!」
アネゴ。姐御。その呼称を使う人物を私は一人しか知らない。
ここへ来るであろう人物を思い浮かべ苦笑を浮かべる私。ミツキは楽しげに私を見ていた。恥ずかしいから人前で姐御はやめいと言ってるのに。
ほどなくして、一人の少女が屋台の前へ到着する。
「アネゴ、帰ってきたのね。お昼すぎ――のちょっと過ぎ。何かあったのかしら?」
着くやいなやペラペラと話し出す少女。視線を向けると予想どおりな人物がそこにいた。
カチューシャに白い手袋、白と黒のメイド服をきっちり身に着けた私そっくりな女の子。私と違っているのは金髪がストレートでツインテールにしているところ……と、スレンダーなところ。
絵に描いたようなこの美少女コスプレメイドさんは
前述した優秀な妹とは彼女のことだ。
「ちょっと、ね。後で話すよ、ユイ」
「んぁ? ってことは何かあったんだな」
「な、なんてこと……! また人助けしたのね!? アネゴ!」
「そ、そうだけどそんな揺さぶらないで」
優秀だけど私のことになると我を忘れるのが玉にキズ。
今も我を――というか大事なはずの私のことを忘れて襟を掴んでガックガック遠慮なしに揺さぶってくれている。
「心配しないで。怪我してないし」
「え、ええ。ごめんなさい、アネゴ」
言えばしっかり止めてくれるんだけどね。私の襟から手を離してくれた妹の頭の上に手を置く。ユイは照れくさそうにはにかんだ。
私そっくりだけど愛嬌がたっぷりで可愛い。少々姉思いが行き過ぎたところもまた魅力というとろこか。
「うへへ……やっぱり二人はいいねぇ」
「ミツキ
第二王女そっくりな笑みを浮かべたミツキへ、ユイが鋭い目を向ける。
ミツキは全然反省していない様子でにやけ面でひらひらと手を振った。
「ま、それで商売してるからな」
「それを家庭に持ち込まないでほしいけどね」
「まぁまぁ。国公認だぜ? 気にしない気にしない」
「あはは……。さて。アネゴも帰ってきたし、お祝いはじめましょ」
「おっ、待ってました! じゃあお店閉めないと」
おあずけされていた犬みたいに飛び跳ねて、手際よく露店の片付けをはじめるミツキ。それから私達は家で卒業祝いのパーティーを始めたのだけど――
「飛島レイカ! 王城へ連行する!」
家へやって来た兵士達のせいで平穏はそう長くは続かなかった。
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