(2)

 

「うーん……」


 学校から出た私は城下町で唸っていた。

 イルマの城から長い長い坂道を下った先にある町。住居はもちろん数多くのお店も、私らの通う――いや、通っていた学校もそこにあり、広いイルマの中でも一際活気のある場所である。

 当然、仕事もいっぱいあるのだけど、


「給料がなぁ……騎士ほどじゃないんだよね……」


 拘束時間に対しての対価が少ない。

 それもそうだ。騎士になるには実力はもちろん、頭のよさだって、容姿すら審査される。

 なんでそうなるのかと問うのも愚問というものだろう。


「でも贅沢言ってらんないよね」


 とりあえず、知識なしでもできそうな力仕事でもないか――


「ん?」


 町のちょっと外れ。職人通りと呼ばれるお店が並んだ通りの掲示板を見ていた私は、不意に耳へ入った音に首をかしげた。

 木造の建造物が並ぶ道。昼過ぎというのもあり買物客が多く賑やかで、常に人の声が聞こえてくる。

 罵声のような声が聞こえてきそうもない、穏やかな光景だ。


「何かトラブルかな」


 こういう時つい身体が動いてしまう。掲示板から目を話した私は通りから伸びる脇道――ちょっと暗めの人気のない道を覗き込む。確かさっきここから件の声が聞こえてきたような……。


「うわぁ……」


 私の口から思わず感嘆がもれる。声が聞こえてきたであろう道。そこを見るとそれはまぁ典型的なトラブルがそこで繰り広げられていた。

 頭から身体まですっぽり隠した怪しい黒ローブ姿の人物三人が、メガネをかけた一人の少女を囲んで立っている。少女の前に立つ人物は手にナイフを持っており、仲良く雑談なんて雰囲気ではないことはすぐ分かった。


「行くしかないよね……」


 この世界は弱肉強食。崩壊の無秩序から守られた国の中であろうと堂々と悪さをする人間も当然いる。まぁ、そこらへんは崩壊前と対して変わらないということだ。自分の身は自分で守る。それが色濃くなっただけで。

 警備の兵に助けを求めるという選択肢もあるが、相手は武器持ち。時間をかけて手遅れになる可能性もある。ここは実力に覚えがある私がすぐ出ていくべきだろう。大丈夫、こういった経験は何度もある。


 この世は弱肉強食。

 そして、悪が栄えることもなく。


「これもまた、変わらないってことだよね」


 強者が弱者を虐げるのならば、私が叩き伏せてその上に立つまで。

 卒業証書の入った鞄を地面へ。そして、腰に差している剣を抜く。

 ゆっくり前へ。数歩進んだところで気配に気づいたのか、ナイフを手にしている人物がこちらを見た。

 フードから覗く鋭い目。只者ではない殺気が私を射抜く。


 ……ただのカツアゲ、と思ってたんだけど。

 探りの意味も込めて、私は笑顔を浮かべ問いかける。


「なーにしてるのかな? 女の子囲んで」


『――っ』 


 すると、武器持ち以外の少女を含んだ三人が困惑した様子を見せる。

 セーラー服を着た生徒が剣を抜いて首を突っ込んできたのだ。武器を持っていることは常識だからともかく、勝ち目のない危険な状況に自ら笑顔で飛び込んでくる子供というのは中々驚くかもしれない。

 町の喧騒が遠く聞こえるような重い緊張感の中、少しも感情を出さない人物は身体を少女から私に向けた。そして一言。


「退け。俺は『英雄』だ」


「なっ!?」


 思いもしない言葉に私は目を剥いた。


 英雄。

 それはこの世界で絶対的な力を持つ存在である。10年ほど前から突然異世界から地球へやって来るようになった、超常的な人間。

 七年前の崩壊の原因であり、新たな国を作り混乱を治めたのも英雄。イルマの王もまた全員が英雄で、彼らの力は一般的な人間を軽く凌駕する。


 彼らのいずれもが元の世界で並外れた功績を成し、死亡した偉人。

 そりゃ悪い人もいるだろうけど――こんな場所で女の子一人を三人で囲うなんてチンケな真似をしているだなんて信じられなかった。


 しかもその現場へやって来た私へ開口一番、英雄の肩書きを振りかざすなんて。


「……英雄なら、余計退けなくなるかな」


 英雄を相手にする。

 初めてのことだけど――退く気はさらさらなかった。相手が言ったことを嘘だと疑っているわけではない。むしろ本当なのだろうと思う。

 

 けれど。

 

「一度人生を経験した人間が何してるの? 力も持ってるはずなのに」


 間違った人間を前に背中を向けるようなことはしたくない。

 剣を構える私。それを見据える自称英雄の目が鋭さとはまた違う色を持つ。


「退くつもりはない、か」


「来るなら来なよ」


 英雄の手にしているナイフがわずかに揺れる。

 ほぼ自然体の姿勢だが、戦闘態勢をとったのだと見て取れた。

 もういつ戦いが始まってもおかしくはない。そんな張り詰めた空気の中、それまで言葉を発しなかった少女が口を開いた。


「に、逃げて! 無関係でしょ!」


 私が声をかける前は怯えた様子で囲まれていた彼女。勇気を出しての一言だろう。自分の身体を抱いて、振り絞るようにして叫ぶ。

 私が来たことでさらに厄介に、危険なことになるやもと危惧しての言葉かもしれないけど――


「やだ。悪い人を見逃せないでしょ」


 首を突っ込むと決めたのだ。相手が英雄だからと逃げていいなんて思いたくない。


「……後悔するなよ」


 その言葉を合図に、英雄が腕を微かに動かす。ほぼほぼ無音。動作も目で分からないくらい小さい。

 しかし次の瞬間、私の目の前に何かが飛来した。


「っ!?」


 目の前を虫が飛ぶような不快感。反射的に私は手にしていた剣を振るう。すると甲高い音が鳴り、横の壁に弾いたらしいそれが刺さった。

 ちらと横目で確認すれば――英雄が手にしていたナイフである。鋭利で細く、英雄の腕力で投げれば、そりゃ相当な速度が出るであろう品だが、あれではまるで瞬間移動だ。

 投げる動作が小さすぎるし、手から放たれた瞬間すら分からなかった。


「防いだ……!?」


「何者なんだ、あいつは」


 英雄の横に立つローブの二人が狼狽える。声からして男らしい。彼の攻撃によっぽど自信があったようだ。

 ――ということは固有能力アビリティか。

 瞬間移動、時間を飛ばす、速度を上昇させる、一つに絞れはしないけど、とりあえず命に直接係るような強力な能力ではなさそうだ。

 あの二人が従者である可能性も考えて――指令オーダーを使われる前に仕留めた方がいいだろう。


「よしっ、作戦決定」


 納剣。鞘をベルトから外し刺さったナイフを回収。走り出す。

 一見無謀にも思える突進。けれど大丈夫。相手の使う武器がナイフだったら私は絶対傷つかない。


「やれ。援護する」


「は、はい!」


 英雄に指示され、二人の男が前に出る。彼らはそれぞれ鉄の棒に、包丁のような刃物を構え私を迎え撃つつもりのようだ。

 よかった。魔法使いはいないみたい。


「――どっこいしょ!」


 攻撃手段を確認。と同時にナイフを投げつける。狙いは左の男。ナイフなんて投げたことなかったけど、案外綺麗に飛んでくれる。男へまっすぐナイフは向かい、


「こいつ……っ」


 まぁ、弾かれた。飛んでくるナイフを武器で防ぐとはただのチンピラではない。自分もやったんだけど実際目にすると中々人間離れしている。

 ……武器とナイフが当たった瞬間不自然な風が見えたような。私が剣で弾いた時のような音も鳴っていない。『従者』に自動発動するオーダーかな? なら、英雄のアビリティも察しがつく。

 防いだ隙をついて肉薄。英雄と私の間に男を挟むようにしつつ、鞘に入れたままの剣を振るう。鞘は金属製。それと金属の棒がぶつかるのだから、それなりの衝撃が返ってきて当然。しかし手に伝わってきたのは干されてる布団を叩いたような、拍子抜けしてしまうほど軽いもの。

 衝撃の無効化? と考えた刹那。棒から強い風が吹いた。


「うわっと!?」


 強制的に剣が離される。風は見て予測した通り。威力が予想外であった。ナイフの時と比較して、ある程度調整できると見るのが正解か。

 ――でも、問題ない。

 弾かれた剣は離さないようしっかり握り、両手で剣を上に大きく振りかぶったような体勢に。そこから腕を下へ戻しつつ横、英雄へ向かって足を踏み出す。

 そこへ英雄がアビリティで飛ばしたナイフが飛来する。完全に私の首を捉えた攻撃。向こうは私を仕留めたと確信しただろう。

 けど実はこの攻撃が来ることは剣を振った時点で彼を見て分かっていた。もう一人の男へ声をかけて、手で合図をしていたから。

 だから、対策をとった。一歩進むという対策を。


「は……?」


 英雄の間の抜けた声が静寂に響く。

 私の首に当たったナイフ。それは私に触れ――落下。私を傷つけることなくそれまでの物理的運動を失い、重力に従って落っこちる。で、私はそれをキャッチ。


「固有能力……!」


 正解、と心の中で答える。

 固有能力。アビリティ。本来は転生してきた英雄が持つ能力だが、彼らに影響されるようにしてこの世界の人間にも目覚めるようになった不思議な力。

 人間に目覚めるのは結構希少で、魔法は使えてもアビリティを持たない人間も多い。


 ――さて。アビリティのタネがバレれば私はただの人間になりかねない。さっさと決着をつけねば。

 拾ったナイフを英雄へ投げ返し、棒を持った男へ蹴りを入れる。蹴りは命中。が、ナイフは私の時のように彼へ当たる前に力を失い、英雄の手へ。

 風、だろう。従者らしい男のオーダーと異なって全く目に見えないけれども。

 蹴りで怯んだ男へ武器の棒に触れないよう鞘ごと剣を叩き込み、更に柄で顔面へ追撃。


「『爆破』!」


 トドメで爆破の魔法。詠唱なしで魔力を大して込めていない初歩の魔法。それでも近距離では十分すぎる威力を持つ。吹っ飛んで壁に叩きつけられる男から目を離し、もう一人の男へ。


「――っ! なんなんだ、お前っ」


 直後振られる長めのナイフを一歩進んで腕で受け止める。そのまま距離を詰め、にっこりと笑ってみせた。


「今は無職のお姉さん、かな」


「ふざけ――」


「よいっしょ!」


 掛け声とともに腕を前に。膝蹴り。相手へ切っ先を傾けたナイフを突き刺す。

 小さな悲鳴と全く慣れない嫌な感触。すぐにナイフを抜き、回復魔法を唱える。驚きと痛みに目を見開く彼を英雄との間に挟むよう移動させつつ、思い切り蹴り。

 英雄へと押し出される男。その影を進み、私は英雄へ接近する。


「戦い慣れているみたいだな」


 男を道の脇へ。飛び出した私は攻撃を仕掛けようと剣を振りかぶる。

 しかしこれは悪手であった。英雄は人間の身体能力を上回る。強さに自信のある私をも、いとも簡単に。

 つまりは。


「だが英雄との戦いは経験していないようだ」


 私が攻撃を試みるよりも速く、英雄は動き出していた。

 盾にして進んでいる間に彼の動きを見られなかったのが大問題。盾を止めてから構えても先手を取れるはずがない。

 彼のナイフを中心に渦巻く風が現れる。目に見えるほど濃くなったそれはナイフの刃を伸ばしたかのような形になり――ま、まずい。あれはアビリティで防げるか分からない。

 内心焦る私だけど、準備はしてある。


「――そっちこそ」


 英雄相手に先手を取れるなんて思ってはいない。

 剣を振りかぶったのはブラフ。盾で進んでいる間、私は魔法を唱えていた。

 遠慮なしの詠唱を終わらせた無属性魔法。


「裏をかかれる経験がないみたいだね……!」


 発動。狙いは彼の手。ナイフを持つ右手めがけて魔法、『貫通スピア』を放つ。魔力の槍を放つこの魔法は強い貫通力を持つ。詠唱し、魔力を通常より込めた。これで英雄のアビリティー、もしくは魔法を使ったとしても防ぐことは難しいはず。


「なに――っ!?」


 驚きの声を上げる英雄が振るナイフの軌道を瞬間的に変えた。恐ろしい反応速度で風の刃でそれを受け止める。

 予想外な衝突。魔力と風がぶつかり、空気が波打つ。そして勝利したのは――風の刃。


 一点集中の魔法を掻き消し、風の刃が振り切られる。


「――は、はは」


 驚きか、呆れか、はたまた勝利したと思ったのか。

 力ない笑みをこぼす英雄の『後頭部』を、私は鞘に入れた剣で思い切り殴打した。


「ん……勝った」


 前のめりに倒れた英雄へ念のためもう一撃。反応がないことを確かめて、剣を腰のベルトに戻す。服の汚れを払い――袖についた返り血とすっぱり切れた痕を見つける。剣の押し出しと蹴りでついてしまったのだろう。今日が卒業でよかった。

 ……にしても、あの魔法がアビリティに競り負けるのかぁ。咄嗟に後ろへ回り込んだものの、割とショックだ。これが英雄の力、か。


「――大丈夫ですか? 怪我は?」


 戦闘は勝利。辺りに仲間がいないことを確認して、私は少女へ声をかける。

 ぽかんと口を大きく開いたまま動かない彼女。数十秒の間をたっぷりと空けて、彼女は叫んだ。それは奇しくも暴漢に囲まれていたあの時と同じように。


「え、英雄を倒したあああ!?」


 うん。まぁ自分でも驚きだ。

 

 

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