英雄達の絶対指令!

コーラルさん

一章:魔王と呼ばれた少女

(1)

 

 私は魔王。

 世界を征服しようとする、人類の敵。


 今日も私はお城で一人、待っている。 


 みんなを戦地に送って私は王座で待ちぼうけ。


 どこかで流れている血も、失われる命も目にすることはない。


 ねぇ、いつになったらその時は来るのかな?


 勇者がやって来るその時は。


 私の命が尽きるその時は――




 ○


「ん、じゃーね。またお姉さんのこと頼ってね?」


 私、飛島 玲華とびしま れいかは軽く手を振り、生徒会室から出た。

 時刻はお昼前。廊下に出ると春の陽気と慌ただしい喧騒が私を出迎える。柔らかい日差しと浮ついた空気は対照的とも思える。けれどもこれが春なのだと、不自然さは抱かなかった。


 イルマ唯一の学校、『海乃高校』。国王の我儘で名前も教育科目も決められた、そもそも海のない国に建てられた可愛そうな学校は3度目の卒業式をちょうど終えたところ。


「――って、『また』は来ないかな」


 そうひとりごち歩き出す私も、なにを隠そう卒業生本人である。

 卒業証書の入った筒を握り、私はご機嫌に進む。ちらと窓を見れば、今にも鼻歌でも歌いだしかねないうかれた表情の少女が映っている。

 左右のところどころがちょこんと跳ねたロングの金髪。前髪はどうにか日頃の手入れでストレートに近いのだけれど、後ろ髪は若干ウェーブしており、ふんわり気味。

 大きな蒼い瞳。身長は小さくもないのにやたら歳下に見られる幼い顔立ち。卒業した今も未だ黒いセーラー服が似合っているようには見えず、思わず笑ってしまう。

 友人曰く、濡れた小型犬。容姿を褒められることは何度もあるけれど、大抵はそんな風に子供を可愛がるみたいなもの。私としてはもっとお姉さん的な褒め方をしてもらいたいものだが。


「卒業、したんだもんね」


 さて前進。

 木造の校舎を歩き、出口を目指す。廊下の脇には生徒がちらほらと。

 地球上の国がほぼ滅びて7年。崩壊と呼ばれるできごとの爪痕は消えず、こうして国があってそこで平和に暮らしているだけでも奇跡のような出来事。その上学校で学べるなんて、7年前では考えられないことだろう。

 だからこそ、浮かれてしまう。

 私はその希少なケースに入り込み、そして走りきった。


「卒業……そう……卒業」


 誇るべきこと。幸運。


 だからこそ、申し訳なくなってしまう。

 浮かれた足取りで歩いていた私は少々のペースダウン。

 卒業式はとても嬉しいこと。これから私達30人程の卒業生は学校を出て、それぞれ社会へと出る。

 それすなわち、殆どの生徒が職に就くというわけで。


「……明日から無職だよ、お姉さん」


 そうひとりごち歩いている私も――じゃなくて、私だけ、なにを隠そう無職である。卒業式を終えた今、晴れて無職の仲間入り。学校での授業を終えたことで浮かれていた気持ちは、残酷な事実を思い出したことによりあっという間に沈んでいった。

 まぁ全ては就活もなにもしなかった私が悪いのだけど。


「はぁ……ユイになんて話せばいいのやら」


 足が重い。家族にはうやむやに誤魔化してきたけどもう隠しきれはしない。早々に職を決めるか、正直に話すか、逃げ出すか。いずれか決めないと事態は更にひどくなっていくだろう。


「あはは……泣きたい」


 何がお姉さんだ。この弱肉強食のご時世で自分の職も見つけられないなんて。食糧を取れない獣が他人を助けられるはずがない。まだまだ私の理想には程遠いなぁ。


「おー! レイカ! そこにいたんですね!」


 なんて落ち込んでいると、私の横から元気な声が。

 声に気づいて足を止め――暢気にそっちを見ようとする私よりも早く、衝撃が訪れる。


「うぐぇ」


「あらら。かわいい子に不似合いな声ですね」


 そりゃ手甲の付いた腕が首を締めてきたらそんな声も出る。飛びついてきた少女に恨めしげな目を向ける私。私よりも綺麗な顔がすぐそこにあり、ちょっとドキッとしたのは内緒だ。

 少しの間抱きついて満足したのか少女は離れる。

 その際にふわっと香る花のような髪のいい匂い。日差しに輝いて映る健全な男子生徒ならころっと落ちてしまいそうな笑顔を浮かべ、彼女はゆっくりとした動作で離れる。

 丁寧に編み込んだ茶色の髪。すらっとした身体に私と同じ黒のセーラー服。けれどもスカートから伸びる健康的な長い脚も、大人っぽい綺麗な顔立ちも、お嬢様みたいな上品さも私とは正反対。卒業した生徒という肩書にふさわしい女性らしさが眩しい。


「ミカ……今日はどうしたの?」


「どうしたのじゃありませんよ。卒業式が終わってすぐいなくなって」


 けれどこうして子供っぽく頬をふくらませる姿を見ると、彼女もまた私と年齢は変わらないのだと実感する。

 いきなり飛びついてきた彼女の名は幸 美嘉ゆき みか。今年の主席卒業者である。制服のあちらこちらに見える胸当て、手甲、足甲。そこからなんとなく察しがつくかもしれないけど、彼女は騎士。

 男性がほとんどだった騎士科を主席で卒業した天才だ。

 私と違って卒業後の進路もしっかり決まっている。羨ましい。


「生徒会のお手伝い。卒業式の後片付けで忙しいみたいで」


「卒業生がなにしてるんですか……」


「そうだけど、見捨てられなくて」


 生徒会とのお付き合いも三年。彼らが忙しそうにしているのを見過ごすことはできなく。卒業生本人が卒業式の後片付けを手伝うなんて矛盾は頭にすら浮かばず。


「……」


「ミカ?」


 苦笑していた私は前の彼女が真剣な目をしていることに気づく。どうしたのだろう。首を傾げる私の声に、ちょっと遅れて反応を示す。


「なんでもないです」


「そう?」


 まるで戦いの場にいるような鋭さだったけど……そう言うならば気のせいだったのだろう。暫し二人とも沈黙。地雷でも踏んでしまったみたいな気まずさを感じ、私は再び苦笑。空気を変えようと明るい話題を提示する。


「あ、そうだ。今日はもう帰ろうと思ってたんだけど、家に寄ってかない? 卒業祝いにユイがごちそう作ってくれるらしくて」


「ユイさんの? それはそれは……」


 ミカの目が輝く。ユイというのは私の妹。妹なんだけど私のお家では大黒柱として仕事を頑張ってくれている子だ。家政婦を複数の家で掛け持ちし毎日私達家族を養うために頑張ってくれている。料理の腕はそこらの料理人に負けないほどで、ミカもその卓越した味はよく知っているだろう。

 狙い通り空気は回復。胸をなでおろす私だが、ハッと何かに気づいたらしいミカは肩を落とした。


「――今日はだめでした。私、これから就任の手続きをしなくては」


「就任、ってことは騎士の?」


「ええ、まぁ」


 明らかにテンションダウンしている。イルマの住人の憧れ、騎士になれるっていうのに。まぁミカは前から食べることが好きだったから仕方ないか。ユイは和食、中華、洋食――『崩壊前』のオールジャンルに加え、『異世界』料理にも精通している。そんな彼女のお祝い……値段はいかほどになるのか。食いしん坊としては見逃せない話だろう。


「羨ましいなぁ。お姉さんも騎士になりたかったから」


「だったら騎士科に通えばよかったのに。どうして『魔法科』なんて選んだんですか」


「あはは……苦手分野を克服したかったから」


 責めるような――いや、実際責められてるのかもしれない。そんな視線を向けられ、私は困ってしまう。


 騎士。

 イルマの国には王が四人いる。崩壊後から国ができて、ちょこちょこ王を増やして領地を広げて――規模は崩壊前の県1つ分ほど。最初は自衛のための共同生活みたいな集まりだったらしいけれど、我らが第一王のカリスマは凄まじく。あちこちから平穏を求める人々が移り住み、現在では学校などの教育機関が機能するほど文明が回復している。

 そんな彼らに、国家に仕えるお仕事が騎士。まさにイルマの華形。

 仕事内容はボディーガードみたいなもの。容姿端麗で強く、人気も高い王の従者――そして身近にいることでもしかしたらパートナーになれるのでは、なんて妄想をよく聞く。

 平和なイルマの国で戦いが起こることなんて滅多にないし、お給料もいいし生徒らにも人気の職業だ。


 私もユイに楽をさせるため騎士になりたかった。

 なりたかったのだけど……魔法科の試験と騎士になるためのテストの日付が見事被って――後は言わずもがな。学費を払ってもらってるのに卒業できませんじゃ困るし。

 騎士科に入っていればこんなことにはならなかった、かもしれない。自慢だけど頭も戦いの実力も誰にも負ける気はしないし。ひょっとしたらミカの主席――1年に一枚だけの騎士への直通切符だって手にしていたかもしれない。


 なのに無職。

 私の実力を知るミカからしたら焦れったくてしょうがないだろう。責められて当然だ。


「これからどうするんですか? レイカがよければ、今からでも国に直談判――」


「いいよ。一年待って試験を受けるから。魔法科に通ったことは後悔してないんだ、私」


「そう、ですか……」


 ミカが自分のことみたいに悲しそうな顔をする。ユイもこのことを知ったらこんな顔をするのだろうか。……いや、ないな。激怒して今までの学費を請求くらいはしてきそうだけど。


「それまではバイトかしらね。騎士には絶対なるから安心してよ」


「……約束ですよ?」


「うん! お姉さん嘘つかないよ」


 この国には平和を求めてやってきた。

 それを手に入れるためには強くなって、お金を手に入れて――騎士になるのはそのスタートラインに立つために必要なこと。

 不安そうに見るミカへ、私は胸を張って答える。


「……ん。分かりました。では一年後を楽しみにしていますね」


 『また』、と一言。卒業後の別れの挨拶にしては短く、ミカは頭をぺこっと下げて去っていく。

 ひょっとしたらこのことを確認するために探して声をかけてくれたのかな。


 だとしたら、悪いことをしたな。

 騎士にもなれないでこの先のことも決めてない。情けないとしか言い様のない私の姿を見て、彼女は何を思っただろうか。


「せめて働き先くらい見つけないとねぇ……」


 木の香りがまだ香ってくる真新しい木造の校舎。差してくる日差しに目を細めつつ、私はすっかり古ぼけた老人のように呟いて歩き出す。

 春。始まりと終わりの季節。私の学校生活は驚くくらい何もなく終了し――



 そして、戦いの日々が始まった。

  

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る