尻虐の第一病島


どーしてこーなった。


何が哀しゅーて、ジェット機から降りて早々、津波のようなお尻から逃げ惑わなねばならない?


因果応報とかじゃねーの? ……と、事も無げに仰る貴方。まぁ、これまでの人生におけるあたしの行いや、前世のカルマ、はたまたは因果律うんぬんの話は関係あるかもしんないけど、現状ではさて置こう。


ま、ろくでもねー話ばっかだけど。



────いやいや、それ以前にあたしはこの「第一病島エントラン」に来て、まだ3時間しか経っていないんだぞ。


「逃げろー! 逃げろ」

「何だよコレぇ! 未発見の『奇病』かよ!?」

「携帯バリア~、携帯バリア~いかーっすか~」


まさに人間万事塞翁が馬。


人生いつ何時、予測不能な事態に巻き込まれるか分からない。まさに驚天動地、奇想天外、奇妙奇天烈である。


むぅ、そんな適当な言葉で落とし所を安易に作ってしまっていいものだろうか?



さて、────通称・フジマチ地区と呼ばれるココは、所謂この街『メディックプリート』のメインストリート。


空港から半刻ほど歩いた辺りにある繁華街のこの通りには、世界中の名だたるブランド・メーカーの店舗が軒を連ねる。その外観たるや、かのシャンゼリゼ通りにも引けは取らない瀟洒しょうしゃなストリートである。


ま、今は瀟洒というか少々、お尻にまみれた街並みになってしまっているが。(苦笑)




────その昔、百年ほど前。


当時、この島々──『メディエンシア』──は、突如として太平洋上に現れた。


一頻り調査が済むと、どの国家にも属さない島々は、世界連邦の約定『MPO』法により、世界共有の財産となった。



────すなわち医療諸島『メディエンシア』の誕生である。


十島からなる島々は、それぞれに異なる環境を有しており、その中でも特に風光明媚な静養地として期待されたのは『第一病島エントラン』。


兼ねてより目をかけていた世の大富豪たちの移住につられ、誰もが目にしたことあるアルファベットのモニュメントのブランドが軒を連ねる世界有数のリゾート地となった。


『伝説の医療諸島メディエンシア』と言えば、ほぼこの『第一病島エントラン』を指すと言っても過言ではない。



まぁしかし、────燦然と輝く由緒・歴史あるブランドもお店も、今や無数のお尻に敷かれまくって無惨もいいとこであるが。




逃げ惑う群衆。

あたしもその中の一人。空港から出てきたままの格好でこんな全力ダッシュすることになるとは思わなかった。


「……って、ただの悪夢じゃん! どーなってんだ。この街ぃぃぃぃっ!」



あたしがアイスの名店『48』の看板に放った怒号も、地響き、もとい尻響きにかき消える。


走るあたしの足元につき従うキャリーケース。

コロが地面との摩擦で悲鳴を上げている。


今すぐこのけたたましいカバンを投げ捨てて、思いっきり逃げたいが、これには今のあたしの『すべて』が詰まっている。

この見知らぬ土地で新しい生活を始めようとするあたしにとって、それは「死」に等しい。



走るしかない。

ただ、ひたすらに。



「お、あれは!」


逃げ惑う人々、ごった返す車道。

その路側帯にぽつんと置き去りにされたそれの名は『スケヴェ』


────いや笑うけどホントにあれの名前なんだってば。



『スケーティングボーダー・ローヴェ』略称『スケヴェ』である。アルカノイド社から10年ほど前に発売された初期モデルから刷新。大人も子供も利用できる手軽さと安全性。


今や自転車に乗るか、スケヴェに乗るかと言った普及具合である。


そのフォルムは某少年探偵のジェットなスケボーに風の谷のエンジンが搭載され、便利なカゴが付いたよーなモノと言えば、説明的には何となくお判りだろうか。


────飛び乗る。



カチリっ


キャリーケースを固定しフットボタンを解除して踏む。『キィィィイイン……ボシュンッ』と聞き覚えのある起動音と共に、スケヴェは颯爽と風を切って、渋滞の車ひしめく道路を滑走し始めた。(快適)



右へ、左へ、車で満杯の車道を鮮やかにすり抜ける。時には車のボンネットの上を滑り降りる。

すれ違い、追い越す車列の中にはおよそ人間とは思えない(失礼)、もとい平時の我々が知る容姿スタイルとは異なった人々を目の当たりにする。


────『奇病』の症状。


人によっては毛羽毛現のようだったり、獅子のような獣鼻だったり、手足が樹木のように生い茂る人だったり。


あたしはそれが『多毛症』で、『局部性被獣外皮症』で、『ツリーマン』と呼ばれる角質の遺伝子異常が引き起こすということぐらい知っている。


しかし、普段はそうそう目の当たりにするものでは無い。改めて、ここが『伝説の医療諸島メディエンシア』だということを認識する。


歓迎はできないが別の名で『最期の楽園ロスピタル』と呼ぶ人もいるのもまた、事実。────有り体に言おう。ここは所謂、症状的に末期に至った人の最果てである。



世間的に忌み嫌われた。

ともすれば差別の対象ともなる奇病。


進行が進み、本国ではもはやお手上げ状態になった患者たち。奇異の視線を避け、もしくは回復への一縷の望みを託して、彼らはこの島々に訪れる。


それ故に入島審査もそれなりに厳しい。


この島には、奇病患者と奇病を専門とした医療関係者とその家族、あとは何の目的かわからない世界のVIP。世間的には口にするのもはばかられる倫理に反する実験プロジェクトが行われているという話も聞く。


何にせよ、得体の知れない島であることには違いない。



スケヴェのおかげで幾ばくか、『お尻』との距離は稼げた。相変わらず視界の端にぷりんぷりんしたものは見えるが。



それにしても、親父殿は無事だろうか。


大事な時には、いつも娘の傍に居ないのだ。まったく役に立たないクソ親父。


「まったく……こんな事態になるなら、先に言えっつーの」



────そうなのだ。アイツはいつも一番大事なことは言わないのだ。


今更、愚痴ってもしょうがないが、お母さんの時もそうだ。アイツは、いざと言う時は決まってのだ。



メインストリートを抜け、ビジネス街に入る。


先刻ほど、人は多くはない。


だが、襲い来る「お尻」の波濤をかわさなければならない。走るだけではあっという間に手詰まりだったろう。三十秒前に追い越した幸せそーなカップルは一瞬にして尻に飲まれた。(目撃)


現状、考え得る案としてはどこか高い所に登りたい。


できるだけ高い高いビル、建物なんでもいい。この(尻の)脅威から逃れられる場所ならどこでも。走りながら上目遣いにビルを探す。

比較的、白基調の建物が多い印象。


やはり「医療島」と呼ばれるが所以か────


病院は? と言えば遥か向こうに見える『アクロポスの丘』と呼ばれる山。その斜面には12の救急病院がある。別名『十二救急サンクチュアリ』あそこまで行ければ比較的安心なのだろうが。


「遠いよなー、流石にスケヴェ使っても遠いよなぁ~」




嘆くあたしはその時、視界の端で目撃する。



お尻が一つ、ポーンと街ゆくサラリーマンにぶち当たる。当たった『お尻』はそのまま彼に張り憑き、サラリーマンはそれを必死で剥がそうとした。


────が、サラリーマン(会社員:40代 推定)の身体に変化が起こる。


腕が、足が、顔がボコボコと隆起し、瘤のようなものが身体中を駆け巡る。それは、やがて臀部────すなわちお尻にたどり着き、その後。



びりびりびりっ ぽーんっ!



まるで戦闘機の緊急脱出装置よろしく、勢いよくその持ち主の体から離脱した。


うん、悪夢だ♪


離脱した際に痛みはないらしい。


だが、臀部が無くなるというショックと、こと腰部以下の筋肉が飛び出すということはその一切のバランスを失い転倒するということだ。(知らんけど)


『う! うわぁぉぁぁぁぁっ! 走れな……っ』


サラリーマンは立ち上がろうとするが、下半身に力が入らない様子で、努力の甲斐も虚しく尻津波に飲まれていく。



なんと、恐ろしい。



未曾有の事態も良いところである。


そして、これは伝染病・・・なんだと気付く。

いや、この島の性質を考えるならば────これは伝染性の『奇病』なんだ。



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面会謝絶!! ~ようこそ!伝説の奇病島~ 聖はじめ @hijiri-h

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