2.capriccioso:裏路地と言うものは、何時の時代も奔放自由に駆け回るもの



「ええっ!?クウェートとジューンが!?」

「ああ、二人で乗り込んだらしい」


ルッソリーニの地下にある部屋の一室で、二人の男が会話をしていた。

部屋の中は薄暗く、本や書類が無造作に落ちている。


「あの二人は本当にもう……。ああ、どうしようルシウェル、あの二人殺されちゃうかも……!」


ルシウェル、と呼ばれた男は、小さく溜息をついた。

彼は眼鏡をつけているが、帽子を目深に被り、鼻から下しか顔が見えない。

濃いブラウンカラーのコートを羽織り、片手で頭を抱えている。


「あの二人なら大丈夫だ。何回も言っているが、あまり過剰な心配はするな、ルイス」


ルイスと呼ばれた青年は、今にも泣きそうな顔をしながら頭を抱え、ソファの周りをぐるぐると回っていた。

動く度に、首に巻いている青と白の太いストライプ柄のマフラーが揺れる。

モスグリーンのスーツを着こなしているが、シャツの首のあたりは涙で色が淡く変わっていた。


「どうしてルシウェルはそんなに落ち着いてるんだよお……」

「そんなに落ち着いてもいないが……。まあ、大人しく待っていよう。それが良策だ」


ルシウェルは、子供に語りかけるような優しい声でルイスを宥める。

ルイスは鼻をすすり、子犬のような目でルシウェルを見上げた。

そんなに背が低い訳ではないルイスも、187cm程あるルシウェルに比べれば多少は小さく見えてしまう。


「うう……。ルシウェルがそんなに言うなら、大丈夫かな……」

「ああ。安心しろ」


ルシウェルは二回程ルイスの頭を優しく叩き、テーブルに置いてあった新聞を手に取った。

そして、ワインレッドの色をしたソファにどさりと腰掛け、膝の辺りで足を組んだ。

もう夕方になるが、読み始めたのは今朝の朝刊だった。夕刊はまだ届いていないようだ。


「……それ、今朝の朝刊だよね。何が書いてある?」


ルイスはルシウェルが読んでいる新聞を覗き見ると、上から流し読んだ。

主に国の政治についてずらりと文が並び、一部一部にモノクロの写真が貼ってある。

今朝の朝刊は、全体的にシンプルな記事だった。


「ふむふむ……。うーん、やっぱり、政治のことばっかりだね。最近は財政も不安定みたいだし」

「まあ、国のトップが変わったしな。……ん?」


ルシウェルは2枚目の記事を手に取り、一番上の記事を興味深そうに読んだ。

記事には、モノクロ写真の上に大きな文字でこう記されていた。


『大願成就の葡萄酒、持ち逃げか!?犯人は元実験チーム所属!』


〜〜〜〜〜


「お、おいクウェート。本当に行くのか?」

「ああもう、さっきからうっせぇなお前は。そんなに心配なら帰れよ」


クウェートはずかずかと暗い路地に向かって歩いて行く。

ヴェネツィアの路地は広い。水路の水が流れる音しか響かず、光が差し込まない路地では、悪党達がたむろしやすい。

ジューンはクウェートの袖を引っ張っているが、男女の力の差には抗えない。

ジューンは幼い頃から男と同じように鍛えられ、大抵の人物は押さえ込む事が出来るが、この状態になったクウェートを止めることはできない。


「よし、どうやらここみたいだぞ」


クウェートが足を止めた先は、劣悪な環境が広がっていた。

ゴミの臭いと、酒や葉巻の臭いが充満している。


「うっ……。これは、生ゴミの臭いか……?なあ、クウェート、お前も鼻くらい覆え……」


普段自分たちも同じような環境にいるため、葉巻や酒の臭いへの抵抗はないが、ゴミの臭いには抵抗がある。

ジューンは顔を青く染め、袖で鼻と口を覆い隠した。

しかしクウェートは悠々とし、ただその場に立っていた。


「チッ……。ここらのシマは、俺たちのとこで十分なんだよ、クソが!」


今はひっそりとしているが、夜はさぞ賑わうのだろう。

クウェートはそれを想像したのか、舌打ちをして吐き捨てた。


「お、おいクウェート。まだここらに誰もいないって決まったわけじゃないんだぞ。そんな口を荒げたら……」


「何が十分だって?」


ジューンがクウェートに再度説教しようとしたのもつかの間、葉巻を咥えた大男がクウェートの後ろに立っていた。


「ふぅーん……。お前がここのボスか?」


ジューンは颯爽と拳銃を取り出し構えたが、クウェートは涼しい顔をしている。


「生憎だが、俺はボスじゃねぇ。……ところでてめぇさっき、シマは俺たちで十分って言ってたよなぁ」

「ああ、言った。だからなんだ?」

「はっ、怖気付かないとは流石同業者だな。死ね!」


大男は鼻で笑い、大きな腕を振り下ろした。

クウェートはひらりと交わし、高く飛んで距離を取った。


「うわっ、と。なんだよその拳。まるでそこの生ゴミだな」


クウェートは呆れたように笑い、余裕ぶってズボンのポケットに手を突っ込んだ。


「バカにするのも大概にしろよ、ガキが」

「ガキ?それは俺の事か?」


クウェートは少し顔を歪ませた。

だんだんと癇癪を起こし始めているのだろう。


「ああ、てめぇの事だ。お子様は早く帰っておねんねすべきだったな。まあもう遅い。永遠の眠りにつくことになるだろうけどなぁ!」


大男は、着ていたスーツの胸ポケットからナイフを取り出し、クウェートに向かって突きつけた。


「永遠の眠りにつくのはてめぇの方だ。クソブタが」


クウェートは大男の腕を強く握り締め、睨み付けた。


「なにッ」


大男は顔を歪ませ、冷や汗をかいた。

クウェートの動きが読めず、あっという間に拘束され、未だ混乱しているのだろう。


「ナイフを離せ。てめぇには聞きてぇことが山ほどあるからな」

「……チッ」


大男は目を固く瞑り、ナイフを床に落とした。

ナイフはカラカラと音を鳴らし、静かな路地裏に音を響かせた。

立ち尽くしていたジューンは、はっと我に帰り、ナイフを拾った。

そしてそれを鞘に入れてポケットにしまい込み、持っていたガムテープで口を封じた。


「んっ、んんんー!」


大男は暴れて抵抗したが、クウェートが即座に拳を入れた。

衝撃で大男は床に倒れ伏した。


「ウグッ」

「抵抗するんじゃねえブタが。黙って立てよ、オラッ!」


クウェートはさらにその巨体に蹴りを入れ、立たせようと催促する。


「やめろクウェート。早くこいつを連れて退散するぞ。此奴の仲間が帰ってきたら面倒だ」

「…チッ」


クウェートは舌打ちをし、大男の前髪を力強く掴み、頭を挙げさせた。


「うっうう…」

「いいか。今からお前を、俺達のシマに連れていく。抵抗しようものなら殺すからな」


冷たく吐き捨てると、クウェートは男から手を離した。

男は抵抗する素振りを見せずに、大人しく立ち上がり、ジューンとクウェートに挟まれて歩いた。


そして、その男が連れられた先は、カジノルッソリーニの地下だったーーー。

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