第4話 つんつんぱりぱりきりっこそっ

 ふむふむ、管理センターの越谷さんか。良かったー。使える人、いるじゃーん。

 今度から、スラ工場案件はこの人に言えばいいね。

 丸投げ丸投げーっ。


 そんな悪いことを考えつつ、花蜜映写ネクタグラムに投影された越谷さんの姿を眺める。さっきまで帽子をかぶっていたので気づかなかったけど、どうやら彼は狼男ワーウルフらしい。全体的につんつんとした、襟足の長いアッシュグレイの髪の間から、同色の耳がぴんと立っていた。


 この髪型、ウルフカットってやつだな……もしやウルフカットって、狼男ワーウルフの髪型から来てる訳じゃないよね?

 んー、まあ、今後を考えると、恩は売っといた方がいいよね。何かあれば言ってほしいってことだったし、対応用のマニュアルでも探そうかな。これ以上のトラブルはやーよー。


『こ、しがやさ……ダ、メで……す! プールからあふれ……!!』


 考えているはしからもれ聞こえた声に、思わずため息がこぼれた。あまりのタイミングの良さに脱力感がハンパない。


 ……マジかー。もしかして、フラグたてたか、私。


『越谷さん! 俺の靴、穴あいたんすけど!!』

『場内は安全靴にはきかえるのがルールだろう? 支給の靴、どうした』

『じ……事務所、ですっ!』

『……作業服着ててよかったなぁ。さすがに私服は活毛繊維ウールファイバーじゃないだろ?』


 おや、てことは越谷さん、あなた場内に行くと困ったことになりそうですねぇ。


 状況の割に緊張感のない会話を、聞くともなしに聞きながら、ちらりと横目で越谷さんを見る。作業服の上着をはおってはいるけれど、ワイシャツとスラックスは違うように見える。

 しかしまあ、最悪彼は変化へんげしたら問題ないのかも知れない。正直、ちょっと……かなり見てみたい。


『越谷さん、ひど……あ゛ーーー!』

『転んだみたいですね』

『スライム踏んだんだろ』

『……バカですね』


 …………。

 とりあえず、谷塚さんは大変そうだった。


「ほんとバカねぇ」


 そんな様子を見ながら、なぜか小泉さんは大口開けて笑っていたりする。


「小泉さん、ポテチ食べながら笑ってないで下さい。映画館じゃないんですから」


「あら、映画館でポテチはダメよぉ。ぱりぱりうるさいもの」


「そういう問題じゃありません」


 そう、あんな会話をしてるからと言っても、現場ではそんな呑気な気分でいられる訳がない……はず。

 頼られていることだし、こちらも何か対応しないといけないかな。


「ただいま、派遣可能な人材をお探しいたします。あと、あふれたスライムの対処方法について、レクチャーは必要ですか?」


 伝話の相手にはきりっとした顔を作って話しかけ、こそっと隣にささやきかける。


「小泉さん、小泉さん、ほらほら手伝ってくださーい」 


「はいはーい。じゃ、私は派遣さんチェックするわねぇ」


 小泉さんは汚れた指先にどこからともなく出した水をまとわせて洗浄すると、さっと手をふって、あとかたもなく消し去った。そのまま慣れた手つきでPCプラントコネクターの操作を始める。


『レクチャーは必要ないと思うんだが……。草加、マニュアルあるよな? 回覧の手配して……なんだ? 場内に出てるメンバーには回らない? となると……伊勢崎さん、そっちから、B・C地区全体に放送ってできますか?』


 視線を戻した私の目の前には、あごに手をあてて眉を寄せる越谷さんの姿があった。


「こちらからの遠隔操作ですか? それは無理そうですね……あ、でも、非常用ウォータースクリーン稼働と場内一斉同時放送についてのマニュアルがありました。とりあえず、これを送りますね」


 まずは見つけたマニュアルの豆化圧縮をしつつ、さらに関連しそうなデータを検索していく。


高圧洗浄茸ハイプレスマッシュウォッシャーの使用マニュアルはあるということでしたけど、所在地マップなどはいかがですか?」


 『セットでポテトはいかがですか?』みたいな言い方だな、なんて自分で思いつつ、越谷さんの端末にあてて、とにかく豆化圧縮したマニュアルを先に送りだすことにする。


 一応、見つけたのは、ところどころに赤いキノコ形のマークがついたマップ、そしてマニュアル動画。

 スクリーンの片隅で動画を開いてみると、笑顔の女性が毒々しい巨大キノコを両手に持って、飛行機の安全ビデオみたいに大きな身ぶり手ぶりで説明をしている。


「小泉さん、派遣さんはどうですか? できたら跳躍ジャンプできて、水系使える人がいいかなーっと」


「とりあえず、使えそうなところはピックアップしたわー。スラ工場にべるかどうかは……運ね!」


 小泉さんは振り向くと、さわやかに言い切った。


「そこ、かなーり重要なんですけどー……」


 私の苦情に彼女は軽く肩をすくめると、エセ外人のように両手を広げる。


「さすがの私も、誰がどこにべるかまで、把握してないわよぉ」


「ですよねー……。あーあ、小泉さんが出向できたらいいのにー!」


 ついつい恨みがましい目つきになるのが止められない。


 だって、ここに、これ以上ない人材が、いるのだ!


「うふふ、ごめんねぇ? 旦那が危ないからって、ゆるしてくれないのよぉ」


 小泉さんは悪びれない。あっけらかんとした笑顔は、いつになくさわやかだ。


「ううう……仲良くてうらやましいですー! でも水のエキスパートなのにー! もったいなーい!!」


「お伊勢ちゃーん、なにがもったいないのー?」


「小泉さんの能力に決まってますよーって、私は伊勢神宮かーい! ……あれ?」


 反射的に声の方に右手を振り上げて突っ込みを入れてしまってから、相手の顔を見あげた。いつの間にか私の後ろに、笑顔の女性が立っていた。

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