第3話 パチリバタバタズリズリボトン
「すみません、伊勢崎さん。申しわけないんですが、そのまましばらくお待ちいただけますか」
「とりあえず、急ぎの案件すませます」
伊勢崎さんに伝えながら、自分の
スナップ1回の短縮コールで、オレの前に春日部さんの映像が浮かび上がった。デスクに頬杖をついた彼は、そのままゆるく笑うと、いつものようにひらひらと手を振ってくる。
『……や。なんか、トラブっちゃったみたいだねー』
「はい。たった今、場内緊急速報投げました」
『見た見たー。じゃぁ、とりあえず、現状把握してね。対応は任せるけど、何か困ったら連絡すること。……あ、報告は全部終わってからでいいからね?』
最後の一言に、ぐぐぐっと眉が寄る。
こっちがバタバタしてるのに、この人は全く動く気がないらしい。ある意味一貫しているとでも言えばいいのか。
「……はい」
『じゃ、そういうことで。よろしくねー』
薄い笑みを残して、春日部さんの姿はあっさりと消えた。
「……ちぇ。やっぱ丸投げかー」
などと文句を言いつつも、悔しいと思ってしまうのは、そのいつもと変わらない様子に、肩の力が抜けたのを感じたせいだろう。
春日部さんとの短い
すると、伊勢崎さんは何か別の作業をしているみたいで、視線がこちらを向いていない。真面目な顔でときどき横を向いては、誰かと話をしている様子だった。
「越谷さん、全システムの停止を確認しました」
そこへ、草加から報告が入る。
「おう。状況はどんなだ?」
問いかけると、草加は作業服の肩を軽くすくめた。黒縁丸めがねの奥の目がどこか冷めた風に見えるのは、オレと違って頭脳派なコイツに対する思い込みだろうか。
「良くないですね。とりあえず、関連システムあわせて全停止しましたけど、詰まっているのは一か所じゃないみたいです。さっき谷塚が戻ってきたんですが、そのままプールに行かせました。……そろそろ連絡くるんじゃないですかね」
「やっぱりなー。原因究明もだけど、とりあえず、通常回復ってとこか」
「そうですね。まず、確実に詰まっているのが手前プールです。通常サイズより大きくなってますから、これを移動しないと。……あとは順にさかのぼって、詰まり始めがどこになるのか確認ですか」
「核抜きから核入れまで、1つずつプール見てサイズチェックだな。まいったー」
オレは上を見上げると、かぶっていた帽子をくしゃりと握り潰した。
『越谷さん越谷さん、栄養剤です』
そこへ、伊勢崎さんの声が聞こえて振り返る。彼女が慌てた風にオレに話しかけていた。
『とりあえず栄養剤を取り外してください。詰まり始めが分かったなら、そこから後の。無理なら、全部。洗い流してから別プールに移動しないといけないです。そのままじゃ、成長しすぎてプールからあふれちゃいます』
「そっか……! 栄養剤供給システム自体は停止しているハズなんだが……草加!!」
「供給システムは停止してます。洗い流しまではしてませんね。これから排水・洗浄開始します」
「小菅さん、排水口を全オープンにしてくれる? あと、各プールの仕切りも全オープンでお願い。梅島さん、プールへの流水シャワー開けて、あと最大水量に設定してください」
デキる男草加は、いつも淡々と通常モードだ。
そのまま自分の作業をしつつ、同時に次々女性事務員達に指示を出し始めた。
その様子を横目で見つつ、オレは通話中の伊勢崎さんに向き直る。
「悪い、伊勢崎さん、お待たせしました。あと、もし他にも何か思いついたことがあれば、言ってもらえるとありがたいんですが」
『あ、はい、そうですね……。では、ちょっと資料を確認してみます』
伊勢崎さんは視線を少しずらすと、軽やかに指を動かし始める。
本気で助かる。
「越谷さん……谷塚からなんですが」
草加の呼びかけに再度振り向くと、プール備え付けの緊急伝話かららしく、荒い画像の谷塚が両手を大きく振りながら飛び跳ねていた。
「お前、なにを遊んで……」
『こ、しがやさ……ダ、メで……す! プールからあふれ……!! うわっと!』
オレの声にかぶせるように、伝話ごしに谷塚の悲鳴が響いた。
飛び跳ねながら、何かを避けるように体をくねらせる谷塚の姿は、言っちゃ悪いが、面白かった。
飛び跳ねる谷塚の足元をよく見ると、人間の頭ほどの大きさのスライムが床の半分ほどを埋めるように、ズリズリとうごめいていた。そしてその様子を見ている間にも、上の方からボトンと音を立ててまた一つ落ちてくる。
「おー。よく育ったもんだな……」
思わず、オレは現実逃避気味につぶやいていた。奇妙なダンスを踊りながら、谷塚が泣きそうな顔をこっちへとむける。
『越谷さん! 俺の靴、穴あいたんすけど!!』
「場内は安全靴にはきかえるのがルールだろう? 支給の靴、どうした」
『じ……事務所、ですっ!』
「……作業服着ててよかったなぁ。さすがに私服は
うちの工場で支給されている作業服と安全靴は、生きているもの以外はなんでも食べるスライム対策がされている。つまり、生きている繊維とも言われる
「まあ、うちのスライムは人体には無害だから。……ちょっと
『越谷さん、ひど……あ゛ーーー!』
画面から谷塚の姿が消えた。いや、画面外に移動しただけだな。
「転んだみたいですね」
「スライム踏んだんだろ」
「……バカですね」
草加は冷たかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます