第2話 トントンバシッガタリスルリ

 ……トン……トン……ト……トン。


 指先で、デスクの上にゆっくりとリズムを刻む。

 時折乱れるのは、目の前で球体モニタースライムスクリーンにうつる光の点滅とシンクロさせているからだ。


 ……ああ、やっぱり、おかしい。


 つい、デスクを叩く指に力がこもる。


 パシッ……!


 あ、いけね……。


 はじくように指を叩きつけたデスク上で、球体モニタースライムスクリーンがぷるるっと揺れた。


「こっしー、どうしたの?」


 のほほんとした声が後ろからかけられる。

 上半身をひねって、斜め後ろの席に座る上司へと顔を向けた。


「すみません。……C地区の稼働率が下がってるんすよ。春日部さん、何か聞いてます?」

「そういえば、やっつんが詰まったから再起動するって言ってたよね」


 春日部さんはそう言いながら、首をひねった。細い身体をストライプのスーツに包んだ彼は、さらに細く見える。なぜわざわざそれを選んだと言いたい。

 実際、その細い首はオレが掴んだだけで折れそうだ。オレの腕力が人より強いってのもあるけれど。


「それにしても、ちょっと遅いんすよ」

「そっかー。じゃ、こっしー、よろしくー」


 ひらひらと手をふる春日部さんにうなずき返すと、がたりと音をたてて、立ち上がる。


「んじゃ、見てきます」


 ワイシャツの上に薄いグレーの作業着をはおり、同色の帽子をかぶる。場内に入る時は必須の装備だ。

 正直、オレは耳のおさまりが悪くて、必要なければかぶりたくない。こいつをかぶるのが嫌ってだけで、センター勤務を希望したぐらいだ。さすがに、尻尾をしまえとは言われなかったから、辞めてはいない。

 そのまま、壁の横にある衝立をひょいと持ち上げると、壁にあいた穴が顔を出す。管理センターから場内へ直通の太った根っこ滑り台ファットルースライダーだ。


「こっしー、また、それ使うの……?」

「非常時に使えなかったら困るでしょ。普段からオレが使っておけば安心じゃないすか」

「えー……」


 どことなく嫌そうな春日部さんの声は完全に聞こえなかったことにして、オレはするりと身体を滑り込ませた。

 まったく、この爽快感が分かんないって、あの人損してるよなー。


    ***


 オレが滑り台スライダーから顔をだした時、ちょうど飛翔花フラフラワーペンが開花着信し、掌葉パームリーフタブレットから飛び上がった。


 しゃらん、しゃらん……。

 

「はいっ。谷塚です!!」


 谷塚が慌てて応答する。なぜか直立不動だった。

 いくら伝話なれしてないって言っても、それはないだろう。


 開いた飛翔花フラフラワーが何か霧のようなものを吹き出した。そして、デスク上の掌葉パームリーフタブレットとの間の空中に映像が投影される。

 最新の花蜜映写ネクタグラムを利用した技術らしいが、オレにはよく分からん。


『おつかれさまです。防災の伊勢崎です。トラブルの可能性ありと判断しましたので、緊急伝話いたしました』


 空中で、眼鏡の女の子の映像がぺこりと頭を下げた。茶色いウェーブヘアが肩先でゆれる。


「え、あ、はい。え? トラブル?」


 オレの目の前で、谷塚がオロオロと視線をあちこちにさまよわせる。

 ──お前、挙動不審すぎるから。

 とは言っても、トラブルと聞くと放ってはおけない。


『はい。まず、排出口チェックをお願いします。次のプールへと、スムーズな排出ができていないのではと思われますので』


 おっと、とりあえずはさっさと話を先に進めようとしている彼女を止めないとな。


「谷塚! ちょっとそれ、オレに回して!」

「あ、はい!」


 谷塚の眉があからさまに安心したようにさがった。

 だからお前はいつまでたっても子犬扱いされるんだってのに……。


「で、そのあと、今彼女に言われたこと、チェックして報告!」

「分かりました!」


 はりきって動き出した彼の姿に苦笑すると、飛翔花フラフラワーの向きを少し変えた。


「すみません、お待たせしました。管理センターの越谷こしがやです」


『おつかれさまです。防災の伊勢崎です』


 再び頭を下げる彼女は、まだ若い。谷塚と大差なさそうに見えるのに、よっぽどしっかりしている。


「トラブルの可能性とのことですが?」


『はい。スライム養殖プール、決壊の可能性があるため、緊急伝話いたしました』


 ふわふわした見た目なのに、なかなかキツいことを言ってくれるお嬢さんだ……。

 正直、オレは続きを聞きたくない思いでいっぱいだ。


『杞憂なら良いのですが、少し気になったので。とりあえず、注意喚起だけでもと思いました』


「注意喚起……ですか」


 その割には、お嬢さん、緊急伝話とか、かなり力入ってるよな……。


『いつもなら、そこまで気にしないところなんですが、今日から稼働率あげてますよね?』


 なるほど、そこか。


「越谷さん、詰まってます!」


 そして、谷塚、お前、期待を裏切らないよな……悪い意味で。

 ため息を押し殺して小さく息を吐くと、伝話の相手に問いかける。


「詰まってるようです。他に何か確認事項ありますか?」


 彼女はさっと何かを確認するように視線を動かして、こちらへと向き直った。


『まず、サイズ確認お願いします。いつもに比べてどうですか?』


「谷塚! サイズは!?」

「でかいです!! なんか、でっかいのが大量に出口に詰まってる感じで……」


 ──マジかよーっ!


『わー、まさかの大当たり……?』


 ぼそりと呟く彼女の声。

 ったく、聞こえてるっての!!

 でも、連絡ありがとよ!!


『んー。じゃぁ、核抜きシステムの手前プールのチェックお願いします。それから……』


 彼女の言葉を聞きながら、そのあたりで様子をうかがっている連中に矢継ぎ早に指示を出す。


「谷塚、スラ養殖システム、全停止だ! 草加は関連システムも全停止! 小菅さん、緊急速報投げて!」


「はいいい!!」

「わかりましたー!」


 谷塚が走り出す。こちらをじっと見ていた草加が無言でうなずく。そして、小菅さんはモニターに向き直るとキーボードをたたき始めた。


 ちくしょー!

 今日は厄日かー!?

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