第1話 しっとりうるつやぼよんぼよん

「スラ工場って、スライムの加工してるんですよねぇ。C地区って、何やってるんでしたっけ?」


 つい手をとめて、となりに座っている小泉さんに話しかける。

 小泉さんはこちらを見ると、艶やかな水色の髪をかきあげて微笑んだ。笑顔がまぶしい彼女は、いつ見ても超絶美人な水の妖精ウンディーネさんだ。


「あら、おーちゃん知らないの。そうね。メインは核抜き作業よぉ」


 少し鼻にかかったハスキーな声は、はっきり言ってエロい。若い男の子たちとか、小泉さんと会話するだけで前かがみだ。そして、小泉さんはその様子を見て少なからず喜んでいる。間違いない。


「えー、核って、あの、水まんじゅうのアンコみたいな奴でしょ。あれ抜くだけなんです? 他の仕事は?」

「あのね、スラ工場って、ほとんどがプールなのよぉ。……と言っても、育てるプールに保管するプールと、いろいろあるわけ。だから、どっちかと言うと仕事内容じゃなくて、担当プールで分けてるのね」


 小泉さんはメモパッドに円を3つ描くと、それを線でつなげていく。


「それぞれの事務所が遠いから、地区分けて作業しないと効率悪くなっちゃうのよー。たとえば、A地区って養殖用ゼリーに種核を入れるのがメインなの。で、その種スラがB地区C地区と次々と移動していく」


 そして、最後にそのつなげた3つの円を大きな円で囲んでしまう。


「でも、養殖担当はB地区なの。だから、場所は違うけど、管理自体は全部まとめてB地区のお仕事よ」

「あ、そうなんですね。なるほど……」


 と言いつつ、私の視線は小泉さんの指の間から流れ落ちる髪に釘付けだ。彼女の髪は、物理的にもしっとりつやつやだ。

 長いその髪の先はデスクの上からウォータースクリーンの中へと入り、水に溶けている。いや、もしかして髪自体が水でできているのかもしれない。


「で、C地区が核抜き作業して、D地区で加工する訳ですね……」

「そうそう、C地区が抜いた核、それをA地区に送るのよ。あと、核抜き後のスライムゼリーね。こっちはD地区へ送るんだけど、その前に等級選定もしているハズよぉ」


 小泉さんは、あごに手をそえ、少し考えながら説明を続ける。

 そして私の視線はその指の先にある唇へと移動する。彼女の唇はまさしくリップいらず、グロスもつけてないんだって言ってた。それなのに、うらやましいぐらいにぷるぷるうるうるだ。全国の乙女に謝れ。いやもうマジで。


「等級ですか?」

「1級が食用で、2級が家畜の餌とかスラ養殖用ね。で、3級が工業用だったわねぇ」

「わー、いろいろあるんですねぇ」


 と、小泉さんのぷるぷる唇のはしがきゅっと上がる。経験的にこういうとき、この唇からはよからぬ言葉ばかりが出てくる。


「弾力に、透明度、あと不純物の有無ねぇ。だってやっぱり、つるつるきらきらぼよんぼよんが美味しそうでしょぉ?」


 脳裏につるつるきらきらのスライムまんじゅうを思い浮かべる。ついでに、小泉さんの二つのぼよんぼよんも横目で見る。


「確かに透明な方がキレイですよねぇ。一番人気はソーダ味でしたっけ?」

「うふ、ぼよんぼよんのミルク味も意外とコアなファンがいるって噂よー」


 小泉さんの両腕が、そのぼよんぼよんを挟み込んで強調する。もう、背景がオフィスじゃなかったら、まさしくお水のお姉さんだ。──ウンディーネだけに。


「それむしろ、名前変えた方がいいんじゃないですか。さきっぽピンク色にしたら売れますよ、きっと」

「あら、おーちゃんたら、言うようになったわねぇ」


 小泉さんはくふふと笑う。この見た目でキャリア10年の大ベテラン。加えてこの性格だ。立派な見た目詐欺だと思う。


「それはまぁ、置いといて。じゃぁ、やっぱメインは核抜きですね……それが停止するってことは?」

「うふふ。詰まったんじゃなーい? あれ、結構よく詰まるのよぉ。サイズが少しでも大きいと、入んないですってぇ」


 そういってドヤ顔してみせる小泉さん、実は下ネタ大好き主婦だ。旦那さんは馬……じゃなく、水棲馬ケルピーらしい。


「そういえば、今朝、スラ工場から一斉マメール来てましたよね……」


 どこもかしこもまーるい工場長が、にこやかに微笑んでいた動画を思い出す。


『そろそろ暑くなってきて、スラまんの売り上げも上り調子です。今日から稼働率あげてがんばりますので、応援よろしくお願いします』


「稼働率上げてて……システムのスピード設定変えてなかったら、詰まりますよね、きっと」

「スライムって、すぐおっきくなっちゃうからぁ、調整が大変なのよねぇー」


 小泉さんの目が三日月型になる。むしろ、その小泉さんの破壊力が大変だ。

 とにかく、システムの速度が成長に間に合わないと、確実に詰まるわけだ。

 これって、万が一が起きたらヤバい奴じゃないだろうか。


「念のためにマメールを追加で送っといた方がいいかなぁー」

「そこまで面倒見てらんないわー。まだどうなるかわかんないんでしょ。トラブルを未然に防ぐのは素晴らしいけど、起きるかもしれないトラブルを全部チェックなんてできないのよぉ」


 小泉さんはドライだ。ご本人はウェッティなのに、内面は実にドライだ。


「それはそうなんですけどね……」


 そうは言っても、私はそこまで割りきれない。


「どうしても気になるんなら、注意喚起だけしておきなさいな。あそこは、システムを再起動すると、それだけで過剰スライムが詰まり気味になっちゃうのよ。だからとりあえず、一度予備プールに逃がして、その間に再起動と設定チェックしなさーいって」

「あ、なるほど。そりゃそうですよね」

「マニュ豆にも書いてるんだけど、けっこうそこ、省略しちゃう人多いのよねぇ」


 まあ、再起動するだけならともかく、そこまでやるとなるとかなりおおごとだ。とは言っても、省略しちゃうと、もっとおおごとになる。

 私は小さな出口へと押し寄せる、スライムの大群を思い浮かべ、げんなりとした。


「じゃあ、注意喚起するとして、C地区で対応まかせられる方っていらっしゃいます?」

「え、C地区? ……いないわね」


 マジかー。丸投げできたら楽だったんだけどなー。


「最悪、スラ工場あそこは管理センターあるから、そっちにまわしちゃいなさい」


 小泉さんが、ひらひらと手を振る。


「とりあえず、谷塚さんに連絡します。何もなかったらそれでいいですし」

「そおね、後は向こうしだいでしょ」


 そう、後は向こうしだいだ。できれば、こちらに波及しなければ、それでいい。


「大丈夫よ、私には影響ないわー」

「小泉さん酷すぎます……」

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