ミルフィーユの隙間にようこそ

プロローグ ざわざわさらさらきらりん


 ──パチン! パチ、パチン……。


 不規則に軽い音がひびく。


 よーく聞かないと気付かない程度の音だけど、風が木の葉の間を通り過ぎる音とあわさって、なんだか落ち着く。

 さらさらと流れる水の音は、目の前にある床まで流れて落ちる水の壁からだ。

 お仕事しながら自然環境と触れ合える、素敵にお得な職場なのである。


 で、その職場なんだけど、実は世界の階層のはざま、植物生態系プラントラインがはりめぐらされているこの場所。そしてその中央にそびえる巨木の内側にあったりする。

 内側と言っても、幹の中じゃない。なんていうか、大きな傘のように広がった枝の内側なのだ。


 そこでは、木の幹を囲むように皆がデスクを並べている。

 その幹には豆がつたをからませて育っていて、さらにその周囲を覆うように目線の少し上から床まで噴き上がり流れ落ちている水の壁がある。なんと、これが実は全員分のプロジェクターの映像を映している、巨大なウォータースクリーンだったりする。

 さらに言えば、床(?)には分厚い苔の絨毯が一面みっしりと……生えている。

 顔をあげると、天井や壁は壁紙の模様のような緑の葉っぱ。そして、絵ではない証拠のように、その隙間からは木漏れ日がきらめくのだ。


 ぶっちゃけ、ここに初めて来たときは、リアル木のおうちかよーって、遠い過去に置いてきた乙女心がくすぐられまくった。

 不思議な光景、おかしな植物たち。何度も見て、もう慣れてしまっているのだけど、それでも何だか心が躍る。

 異世界ファンタジー……いや、異世界植物系メルヘンなのだ。


 とはいえ、世界のはざまであるここには、様々な世界からのトラブルが飛び込んでくる。

 ほら、何気なく視線をやったちょうど今その瞬間ときにも、パチンと音をたてて豆がまた一粒飛び出した。

 それはラッパみたいな形の、ハスの葉に受け止められる。そのまま葉のまんなかに開いた穴へと吸い込まれて、豆は茎のトンネルをころころと転がって進んでいく。

 淡い緑のホースの中を転がるビー玉みたいだなと、その様子を見るたびに思う。そして、そのホースの先にはシャワーヘッド……によく似たハスの実があって、今度はそれがまるでハス自身の種みたいに、まさしくシャワーが噴き出るように目的の場所へと跳びだすのだ。


 上を見上げていたせいか、少しずれてきたメガネのつるを右手の指先でちょいちょいと直す。

 そうしているうちに、豆の一つが、私の目前で揺れる映写カズラプロジェクション ピッチャーの袋にぴたりと収まる。すると、その豆はすっと透き通り、レンズになる。これがレンズ豆の語源だ。

 ……いや、もちろんそんなわけないけど。

 くだらないことを考えている間に、ウォータースクリーン上のマメールウィンドウに作業服の男性の姿が映写カズラから映し出された。それと同時に左右のひまわりが私に向かって顔をあげる。

 この指向性のひまわりスピーカーは隣の会話を邪魔しない優れものなのである。


『おつかれさまです。スラ工場C地区の谷塚やつかです』

『スラシステム、最初は動いてたんだけど、急に動かなくなったんで連絡しました。対応よろしくお願いします』


 そしてマメール動画が止まる。

 私は左手をのばすと、ストック植木鉢ポットの中から手近な花びらをつまんでひっぱった。同時に右手で卓上トレイから豆を一粒取り出す。

 花がまるであくびをするように開き、こちらの映像を撮りはじめる。


「おつかれさまです。防災の伊勢崎です。システムを再起動してから、修復かけてください。マニュビーン送りますので、やり方はそれで確認してください」


 マニュ豆をぽいと花の中に放り込む。花は口を閉じるとそのまま結実する。小さな黒い種が、ころりと送信済みケースへと吐き出された。


「んじゃクローズしまーす」


 誰ともなしにつぶやくと、受信マメールを完了フォルダへと放り込んだ。

 どうして同じことを何度も聞くんだろう。

 こんだけ頻度が高いなら、場内で情報共有してほしいよなー。


 いつものよくある質問だった。

 ……だから、まさかこの後、あんなに大騒ぎになるとは思わなかったんだ。

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