Absolute 0℉

h.makoto

~プロローグ~

第1話 

 意識が、ゆらゆらと体内から溢れていきそうだった。もう既に、足はおぼつかない。


 緑と青。絶妙な自然の色合いの中で、それを邪魔する都市的なものはここにはない。村を出てまず見えるのは、きれいな草原、つぼみを見せる花畑、そしてその奥にある巨大な森林だけだった。村の南方面には都市部があって美しい街並みが広がっているが、そこに向かおうとしても、当分は同じように緑が続いている。それでも道路は多少整備されていたりするが、少年がいる北側は、より一層自然あふれるものとなっていた。

 あと少し。少年の頭には、そればかりがよぎる。左右緑に囲まれた薄茶色の小路をひたすらに駆け抜けてゆく。真夏の陽が照らすこの季節によく合った半袖半ズボンという格好は、筋肉質ではない彼の体系に対しても、その若さからか引きしまっているように見えた。


 暑い。


 洋々と照り付ける太陽が少年の体力を少しずつ吸ってゆく。しかし、昨日雨だったせいか空気は驚くほど澄んでいて、それが肺に入るたびに失った体力を回復しているようだった。子供が外ではしゃぐにはもってこいの天候だ。

 あたりには水たまりが多数点在している。今ちょうど、少年は大きなものに足を踏み入れたところだ。後ろに水しぶきが上がった。

 息を切らしながら、それでもまだ走り続ける少年の目指す先には、木造の小さな小屋が一つ、森林の番でもしてるかのような大木に半分飲み込まれて建ってある。

 数個の水たまりを越えて、森林へと続く小路をグネグネと突き進み、少年はその小屋を発見した。彼は扉を開けて、勢いよく中に入る。

 村の中心部から少し離れており、大した使用用途もないためあまり人の立ち寄らない小屋だったが、風通しは素晴らしく、目立ったほこりなどは見当たらないほどであった。


 ―――――これで大丈夫か・・・


 今ちょうど、『鬼』が数え終わり、動き出したころだろう。最初に捕まるのは誰だろうか。一本の大木の根に覆われた小屋は端から見ればただの木にしか見えず、遠目からでは気づくのは困難だろう。絶好の隠れ場所に出会えた彼は、安心感と共にそんなことを考えていた。


 村の北側の出口で始めたかくれんぼは、「鬼」一人、「逃げ」が四人と、敷地範囲にしては「鬼」が不利のように思われるものであったが、捕まった者も「鬼」へと手のひら返しをするから妥当なものである。しかも今回の最初の「鬼」は、五人のうちで最も運動神経が高く、見つかれば終わり、というモットーで皆隠れていたのだった。身を隠す場所なんて森林に入ってからしか見当たるはずもないのに、スタート地点がおかしいというのが毎度の課題であり、そのせいで得するのは「体力があるやつ」であって、そろそろ解決されるべきなのであるが誰も言い出さない。

 彼は木製の壁に背を預けて、座り込んでいる。室内には何もなく、ただただ空間が個としてあるだけだった。少年も今、ほかの子供たちから隔離されて、個。少年はそこに溶け込むようにして体を休めていた。意識と体力が回復するにつれ、ぼんやりとしていた目の焦点が正面の壁へとあてられてゆく。そして、ふとそこに好奇心が駆られたのだった。その根源は、向かいの壁下にある、隠し扉だった。


 ―――――――なんだこれ・・・・・・


 立ち上がり、近づいてみる。取っ手がついていたので、かがんで触ってみた。


 ――――――固いな・・・引っかかって開かねぇ・・・・・・ん?


 見ると、鍵穴のようなものがあった。


 ――――――鍵・・・・・・


 周辺を探してみたが、特に何もない。もう一度、力いっぱい引いてみる。


 ――――――くっそ、やっぱ無理かぁ。なにか棒みたいなもんがあればそこの穴に差し込んで・・・父ちゃんが言ってた「てこ?」でなんとか・・・それか針金はないか・・・・・・?


 少年の父は鍛冶職人だった。彼の言う「てこの原理」というのは、彼が父の仕事を手伝っていた時に教えてもらったもので、それより以前から、針金を用いると古い鍵穴なら突破できることも聞いている。


 押し、引き、たたき、けり、様々なことを試して約30分。鍵も見つけることもかなわず、彼の好奇心が薄れ始め、結局諦めてその場に座り込もうとした時、彼の耳に、声が入ってきた。

「ハルト~! どこだ~?」

「おーい」

「ハルトーー」


 ―――――げっ、もうみんな捕まったのか・・・?


 その声は、少年、ハルトの勝利を意味していた。

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