コップの中の漣

オレンジ11

コップの中の漣

「バナナ、くっちゅけて」


 友里ゆりが両手をぐいっと突き出した。右手にバナナの上半分、左手には皮と下半分。


「できないよ。折れたものは元に戻せない。早く食べなさ」


「イヤ!!」


 魔の二歳児に正論は通じない。イヤイヤ期とはよくいったもので、何かあればすぐに、「イヤ」。


 毎朝のバナナをめぐる攻防はもう五日目だ。自分で皮をむいて食べられるようになったと思ったら、その食べ方が乱暴で途中で折れてしまう。


「丁寧に食べなさい。そうすれば折れないよ」


「イヤ」


 何度説明してもわかってくれない。わからず屋め。




 翌日、土曜日の朝。


「バナナ、くっちゅけて」


「なあに、友里?」


「バナナ食べようとしたら途中で折れたから、元通りにしてくれってさ」


 妻の理世りよに説明してやる。理世の始業時間は早く、家族で朝食をとるのは土日だけ。今週のバナナ事件を彼女はまだ知らない。


「あっそ」


 理世は冷蔵庫を開けるとイチゴジャムを出し、折れたバナナの断面に塗り、ぺたりとくっつけた。


「はい、どうぞ」


「ありっと!」


 驚いた。妻の機転と、あっさり納得した娘に。「イヤ」はどこに行った。




「やだ、あなた五日間もまじめに相手してたの?」


 その夜、バナナ事件について話すと、理世は笑った。


「何でもまっすぐ受け止めすぎなのよ。適当に受け流せばいいのに」


「難しい。コツは?」


「そうねえ、クイズでも出されたと思って考えてみれば?」 


 なるほど、そうか。


 いずれにしても、バナナ問題はジャムで解決だ。来週からは平和な朝を過ごせるだろう。




 月曜日。


 友里はコップの水を一口飲むとテーブルに置いた。これも乱暴だったので、水面が動く。


「おみじゅ、うごいてる」


「そうだね、さざなみみたいできれいだね」


「おみじゅ、とめて」


「少し待てば、止ま」


「イヤ!」


 次の瞬間、友里は思い切りよくコップをさかさまにした。カポッという音とともに、朝食は水浸しになった。


 今週はこれか。

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