11話 転生魔王と流されやすい父2
家に着いたらまず何が待ち受けているのだろうか。
そう考えていた俺を出迎えたのは……。
「不誠実な真似をして申し訳ありません!!」
血の繋がった父からの謝罪だった。
意味が分からない。
いや、分かると言えば分かる。
おおかた、アベリアのことで謝っているのだろう。
俺が分からないのは……。
「父さん、なんで俺に謝るの?」
謝罪相手が俺だからだ。
しかも子どもに謝るにしては仰々しい。
「まずはクラッドを相手に練習をしようと思って……」
「練習……」
「実は母さんに謝ろうと思って……」
「母さんに……」
「……」
オウム返しするだけの俺の表情は、段々と真顔になっていたのだろうか。次第に小声になっていた父さんがついに黙ってしまった。
「父さん、母さんと喧嘩したの?」
「……喧嘩しては、いないんだよ……」
「じゃあ母さんが怒るようなことをしたってこと?」
「うっ」
言葉を詰まらせ不自然に視線を泳がせる父さん。
見ているこちかが不安になるほど、何かあったことが表情に出ている。これで本当に領主の仕事をやっていけているのだろうか。
「……クラッドが大きくなったら、なにがあったかを話すよ」
できれば結論づけたくはないのだが、アベリアの子どもの父親は俺の父さんと考えて問題ないだろうか。
父さんがしたこととは、察するに不倫だ。
ほかの件で母さんに謝罪する。という可能性も考えたいところだが、タイミングなどを考えると楽観視できる状況ではない。
「俺はそれで良いけど、本当に謝るのは母さんにでしょう?母さんは知ってること?」
父さんの苦悩の内容について、気付いていないふりをすることに決めた。というよりは、そうするしか選択肢がない。
そもそも俺は、まだ幼い。
大人が子どもに言うのをはばかることを、突然俺が言い出すのも如何なものか。
とは言え、俺もアゲラタムの一言がなければ気付かなかったかもしれないのだが。
「……母さんは、知らないんだよ……」
「それじゃあ、謝るつもりの母さんには話せることなの?」
「……ううん……。でも……話さなきゃいけないんだ」
「知らないことなら話さなければ良いんじゃないの?」
世の中には知らないほうが幸せなことは沢山存在する。
できれば俺も知らずにいたかった。
「そう言う訳にはいかないんだよ……!」
変なところで誠実であろうとする父さんにしがみつかれる。
うやむやにして逃げるつもりは一切なかったが、逃げられなくなった!
もし父さんが母さんに真実を告げたとしよう。
父さんと母さんだけで完結する喧嘩が発生だけであれば、まだ良いだろう。そもそも俺は、この二人が喧嘩をしているところを見たことがほとんどない。たまには喧嘩くらいしたって良いだろう。
だが、母さんの父さんへの甘々な態度を見ていると、とてもそれだけでは済む気がしない。
浮気を知り逆上した領主夫人の手によってこの辺り一帯が壊滅的なダメージを受ける。という最悪の事態に発展する予感さえする。
さすがに領地一帯とまではいかないだろうが、万が一にもそれに勝るとも劣らない事態にでもなったらシャレにならない。
それだけならまだしも、二人は領主と魔王の元部下だ。この街では良好な普人と魔人の関係が悪化する可能性だってあり得る。
魔王の生まれ変わりの俺としては、できればそれだけは確実に避けたい。
だからといって黙っていれば良い、というわけではない。
父さんは態度に出やすいことから、黙っていてもいつかは露見してしまうだろう。
それが分かっているから父さんはこんなにも動揺しているのだろう。
何しろまだ小さな子どもにこんな相談をするくらいなのだ。
相当精神的に追い込まれている。まあ追い込んだのは父さん自身だが。
そもそも、ほかに相談できる相手がいないのだろうか。
考えを巡らせてみたものの、内容が内容だ。父さんの立場上、下手に弱みを見せることになるのは得策ではない。真実を語れる人物は限られてくるだろう。
そのうえ、少なくとも魔人側の知人にはうかつに話せまい。
どう考えても詰んでいる。
「クラッドー……!父さんはもうダメだ、おしまいだ……!」
頼りがいがある父かと問われると悲しいことに僅かに首を傾げたくなるところはあるものの、こんなにも情けない姿を見たのは初めてだ。
それよりも、どうしてこんな事態になってしまったのだろうか。
父さんは母さんに一途ではなかったのだろうか。そう思っていたからこそ、そして父の性格を考えると、例え一夜であろうとも彼が過ちを犯したというのは考えづらい。
「ちょっと父さん落ち着こう?」
「クラッドおお……」
「うーん。よしよし」
俺はしがみついたままの父さんの頭をなでた。
何故だろう。今日はなだめ役に回ることが多いな。
「父さん、ソファーに座っててよ。俺、お茶いれてくるから!」
なだめているうちに俺をつかんでいた父さんの手が緩む。俺はその隙をついて脱出した。
「父さんを一人にしないでー……」
「ちゃんと戻ってくるからー!」
そうして、まるで未知の土地に置いていかれた小動物のように切なげな声を漏らす父さんを背後に、俺はお茶を用意しに部屋を出た。
数歩ほど歩いてから、俺は溜め息をつく。
万が一にも父さんと母さんが離婚することになったら、俺はどうなるのだろう。
普人と魔人の関係が悪化したらしたら、俺は行く当てがあるだろうか。
二人にとって、俺は厄介者になるのだろうか。彼らだけでなく、この街に住む者たちにとって混血と言う存在は疎ましい存在になるのだろうか。
そうなれば、俺はかつての幼少時代同様に孤独に生きていくことになるのだろう。
薄情なことに俺はここまで育ててくれた両親が離婚の危機にある恐れよりも、そして魔王として築いたものが崩壊する可能性への悲しみよりも。記憶の彼方に置き去りにしていた孤独への不安感が俺を襲う。
久方ぶりに胸が痛むような感覚を受けた。
「いや、まだわからない……!」
まだどうなるか分かったものではない。だから、まずは父さんから話を聞こう。
案外ただの夫婦喧嘩で終わる可能性だってある……かもしれない。
悲観するのはそれから……いや、悲観する要素があったとしても。始まってから数年しか経ていない今世から、まだ逃げ出すつもりはない。
【休載中】転生魔王は天使な妹とさわがしく生きる 江東乃かりん(旧:江東のかりん) @koutounokarin
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