19話

心地よく晴れた朝。

窓から差入ってきた風が、眠っている少女の、乱れて頬にかかった金色の髪を小さく揺らしていく。


「ん〜、神主さん…だめですよぉ…むにゃ…」


寝言を呟きながら、少女は寝返りをうつ。

ーーと、その体の上から何かが転がり落ちました。


「んにゃっ…」


ころんっ


それは布団を巻き込みながら転がって…


「…」


ふたたび静かになりました。



「…すー、すー」


小さく呼吸の音のリズムに合わせて、大きくなったり、小さくなったりを繰り返す布団。

そのまましばらく、2人の寝息だけが聞こえるのどかな朝が流れて…


「んん…」


紺が目をさましました。


「んん〜っ、ふぁ…」


体を起こして伸びをすると、あくびを一つ。


「…あれ?お布団がなくなっちゃってます…」


きょろきょろと辺りを見回して、


「あっ、あんなところに…」


紺は立ち上がって布団に近づき、その橋を掴むと、一気に引っ張りました。


「よいしょっーー」


ごろんっ


「んにゃっ!?」

「ええええ!?」


同時に二つの悲鳴が上がると同時に、一転静まり返る室内。

見つめ合う2人の少女。

静かな時間が流れてーー


「んにゃ…」

「ええええ!?」


ふたたび悲鳴が上がりました。

と、そんな紺に御構い無しにもう一度布団に潜り込んで寝ようとする物体を紺が慌てて引き止めます。


「ちょ、ちょっと待って!」

「んにゃ〜、おかまいなくなのにゃ〜」


モゾモゾ、もぞもそ


頭だけ布団に突っ込んだ少女の腰を引っ張る紺。

そのお尻でもふもふ尻尾がくねくね。


「んん〜!」

「んにゃ〜」


しばらく格闘が続いてーー


「にゃ〜!」

「ふえっ!?」


すっぽーん


大きな少女が抜けました。

(本当は小柄ですが)

反動で紺が尻餅をついて、もう1人の少女がその上に折り重なるように倒れます。


「いてて…」

「んにゃ〜…」


ゴロゴロ…と紺の上から転がり落ちる少女。

そのままうにょーんと地面に寝っころがると、


「すーすー」


また寝始めました。


「……zzz」

「……」


紺は無言のまま少女に近づくと、その顔にそっと手を伸ばしーー


「zzz…にゃっ!?」


鼻をつまみました。

少女もこれには飛び起きて、


「な、な、何をするのにゃ!」

「え?いや、ごめんごめん、つい…」

「うにゃ…」


正座した少女は頬を膨らませて紺を見つめます。

と、初めてじっくりその顔を見たことに気づいた紺はそのまま観察。

紺には詩の才能がないのでその様子を伝えるのは難しいけれど、ショートの黒髪は艶があって美しく、それと対照的に真っ白な頬には、興奮しているからか少し赤みがさしている。

目は金色で細長い瞳孔。

のいわゆる猫目っていうやつで、ちょっとつり目ぎみ。

体型は紺と同じぐらいで小柄。

何よりの特徴は、頭とお尻から飛び出した、髪と同じ漆黒のもふもふの猫耳と尻尾。


ーー…かわいい


「…はっ!」


ついつい見とれていた紺でしたが、我に帰ると、


「あなたは、誰なんですかっ!?」

「うにゅ?」.


首をかしげる猫耳少女。


「おぼえてないですかにゃ?」

「え!?ないと思うけど…」


少女をもう一度見直す紺。


「あーっ!!」

「思い出してくれましたかにゃ!?」


期待に身を乗り出す猫耳少女。


「それ私の服じゃないですか!!」


紺が指差したのは、猫耳少女の来ていた、ピンクの水玉パジャマ。


「んにゃっ!?ちがいますにゃ!!…あってるけど!」

「んん〜じゃあどこで…?」

「ん、なでて見てくださいにゃ」


少女は紺の手を取ると、自分の頭の上にのせました。


「ん、そんなこと言われても…確かにサラサラで気持ちいいけど…わかった!」

「にゃ!?」


今度こそ期待に目を輝かせる少女。


「こないだの猫ちゃん!!」

「そうですにゃ!思い出してくれて嬉しいですにゃ!」


ーーあっ、かわいい…


にっこり微笑む少女に紺ちゃん脳死ぎみです。


「いやー、珍しいこともあるもんなんですね〜」

「にゃ〜」

「でもどうしてここに来たんですか?」


きらーんっ!


さっきまで目を細めて気持ちよさそうになでられていた少女の目が光りました。


「私を、養ってほしいにゃ!」

「あ〜、なるほどなるほど…今なんと!?」

「私を養うのにゃ!」


驚いて外れた紺の手をもう一回自分の頭に置きながら、むふーって顔で紺を見ています。


「でも…」


少女の方を見ると、めちゃくちゃわくわくした顔で見上げています。


「まあ、私は構いませんけど…」

「やったにゃ〜!ご主人様やさしいにゃ〜!!」

「でも神主さんがなんて言うか…あっ!」


と、ちょうどよく、足音が聞こえて来ました。

それに続いてノックの音。


「おい、紺、うるさいけど大丈夫か?開けても良いか?」

「どうぞ〜」

「何があっ……」


ドアから顔をのぞかせた神主さんが固まりました。


バタッ、ガチャッ、バタッ、ガチャッ…


「…何してるんですか?何回見ても変わりませんよ?」

「…なんでふえてるの?」


再度顔をのぞかせた神主さんは、世にも奇妙なものを見たような顔で、


「…生まれた?」

「何馬鹿なこといってるんですか!?こないだの猫ちゃんですよ!」

「……へぇー」

「…誰にゃ?」


紺の腕の中から顔をのぞかせた少女も、これまた怪訝な表情で、


「あっ、猫ちゃん、この家の主人の人ですよ。挨拶、してください」

「…私のご主人様はこっち……」


そう言うとまた紺の陰に隠れてしまいました。


「なっ…!?」

「まあまあ、怒らないでくださいよ〜、初対面で緊張してるだけですってば」

「ん、まあ怒ってはないが…」

「この子、養ってほしいらしいけど、どうします?」

「どうしますっていってもな…そりゃ女の子をこんな山奥に1人追い出すわけにもいかんだろうし…来ちゃったもんはもうしょうがないというか…」


と、紺の腕の中の少女に視線をやった神主さんの目が、アレを捉えました。


「おい、紺まさか…」

「ふえ?」


神主さんの視線を辿った紺も気づいたようで、


「ああ、はい、もふもふですよ〜」

「んにゃっ!?」


急に耳を触られた少女がびっくりしたようにビクッとして、


「任せなさーい!」

「おお〜」

「にゃ〜」


新しい仲間が増えた常静神社でした。



「ね、ちょっとだけもふもふしちゃだめ?」

「だめにゃ!」

「ですよね…」


がっくしと肩を落とす神主さん。

どうやらもふもふできる日は遠いようです。



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狐の子を助けたら狐耳少女になってお返しに来てくれたけど、全くもふもふさせてくれません さーにゃ @elsy

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