第40話 1-40
ミナはサカキの元へと駆け寄り、彼の容態を見た。
「……大丈夫なのか、ソーマは?」
「……うん、大丈夫。傷はかなりあるけど、カツジ君の方がまだ酷いくらい」
「おーそうか、それなら一安心だな。……いてて」
少年が無事だとわかり気が緩んだのか。青年はまた傷み始めた傷口をなるべく刺激しないようにして、手頃な岩に腰を下ろした。
ミナは、力を使い切って気を失ってしまった少年の顔を見つめたまま、ほっと一息を漏らした。
――やっぱりすごいよサカキ君。あんなに強いエネミーを倒しちゃうなんて……。
全身が傷と汚れに塗れたその体。激戦のあとが色濃く残るその姿から、それと対比するように穏やかに目を閉じている少年の顔に目を移し、そっと手で触れた。
――疲れて寝ちゃったんだね、サカキ君。……しょうがないよ、あんなに頑張ったんだもの。
いつもは落ち着いた様子を見せる少年も、こうしていると年相応に――いや、それよりも幼く見えた。
「お疲れ様、あとはゆっくり休んで」
ミナは微笑みかけ、労わるようにその頬を優しくなでた。
そうして彼の傷を癒そうと、回復の魔術を紡ごうとして、
――もふっ。
「…………え?」
指先に伝わった感触に、ミナは意表を突かれた。
それはちょうど、サカキの耳の辺りを触った時だった。
毛深く、そして妙に柔らかな……とてもさわり心地の良い感触がしたのだ。
「も、もしかしてっ!?」
叫び、その柔らかで、触るととても幸せな気分になれるそれをビローンと摘み上げた。
――それは、もふもふとした大きな犬の耳だった。
「カ、カツジ君!?」
「――んあ? なんだミナちゃん、大声なんて上げて」
青くなった顔にハテナマークを乗せているカツジに、ミナはサカキの耳をがっつり掴んで見せつけた。
「こ、これ! み、耳! 犬耳!」
「ん? ああ、言わなかったっけか? ソーマのアバターは【
「お、狼!? 犬系!?」
「まあ、外見だけじゃわかり辛いっちゃわかり辛いよな。こいつの耳は垂れてるからなぁ」
「た、垂れ耳!?!?!?」
魂の絶叫。
ミナの大声に驚いた青年など眼中にもくれず、少年の耳を穴が空きそうなほど凝視する
耳をなでる。
……柔らかい。
耳をなでる。
……「ピクンッ」と動いた。まるで動物の耳の動きそのままだ。
「…………」
――もふもふ。もふもふもふもふもふもふもふっ。
「あの、ミナちゃん?」
「……」
「ええっと……ミナ・ディセットさん? オレ、めっちゃ傷痛くなってきたんだけど?」
「……」
「あのー、もしもーし?」
「黙っていてください!! 気が散ります!!」
「は、はいっ! すいませんしたっ!」
重症にも関わらず頭を下げた青年から目を逸らすと、ミナは至福の表情で、少年の耳を心行くまでなでた。
風化した鉄の壁に手を当てると、腐食しきった錆と砂埃の感触が返ってきた。
サルガタナスは鼻息をひとつつくと、手に付いた埃をジロリと見つめた。
「……経年劣化の度合いから見て、ここで間違いない。全部一致している」
それで納得したのか。サルガタナスは手を叩いて埃を落とした。
そして、彼はしんみりとした様子で帽子を被り直すと、周囲を見渡した。
薄汚れた機材が散らばる部屋の中を、テーブルの上に置いてあった
鉄血商団と影集いの旅団の戦いは、旅団側の撤退という形で決着がついた。
旅団長のアルベルが討ち取られたとの情報が入るなり、旅団の兵士たちは剣を収め、あっさりと引いていったのだ。
彼らの勇猛果敢な戦いぶりから一転した結末には、サルガタナスも正直、拍子抜けな気分になった。
だがもしあのまま戦い続けていたとしても、商団側の勝利は揺るがない状況だった。引き際としてはちょうど良かったのだろう。
とはいえ、こちらの損害も手酷いものだった。
残った人間の数は五百人を切り、負傷者の数も馬鹿にならなかった。
なんとか進軍を再開して目的地に辿り着くことができたが、もしエリアボスでもいたらと思うとゾッとした。
サルガタナスがいま調べているこの部屋は、目的地よりも少しだけ外れた位置にあった。商団が宝物漁りに夢中になっている間、許可をもらってひとりで探索にきたのだ。
そして、調べ物は全て終わった。
成果は上々で、依頼人には良い返事ができそうだった。
だが、本来なら喜ぶべきはずのことなのに、サルガタナスは一向に浮かばない顔をしていた。
「まいったな……ハズレの方が、気が楽だったな……」
虚空の一点を捉え、瞳の奥に、思慮の色を映す。
「これからどうするか、俺も身の振り方を考えた方が良さそうだ……」
そうして、最後にあご先から耳まで手の甲でなで、彼は仕事を終えることにした。
サルガタナスはカンテラを手に取ると、ふらりとした足取りで部屋をあとにした。
「――どうなってしまうんだろうな、この世界は……」
ぽつりと、暗闇に言葉が吸い込まれた。
ルインズアーク・ブレイズ アカサオオジ @akasaozi
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