第39話 1-39

 数十を超える血針が突き出され、それらは、一点の迷いなくサカキの体を貫かんと襲いかかった。

 足捌きでかわし、避けきれなければ刀身でいなす。捌き足りなければ身を捻り、刃で切り払う。

 一連の動作でかわした数は十を超え、それでも攻撃は止むことを知らない。

 ――止まるな……。

 飛び越え、突き立つ鉄柱を盾にして、刀身と石突き、果てには柄まで用いて鉄壁の陣地を突き崩していく。

 ――止まるな……!

 捌いた数は五十を超えた。

 腕の傷が開き、視界の端にマナが散った。

 ――止まるな!

 百を超えた辺りで数えることを放棄した。

 四肢が千切れんばかりに激痛を訴え、だがそれでもまだ体は機敏に動いた。

 ――止まるなぁぁぁ!!

 いなす、避ける、受ける、受け流す、弾く、払う、斬る、叩き落す。

 ありとあらゆる方法を実践し、打開し、攻略し、道を切り開いていく。

 最後に迫った大爪を緋刃で切り捨て、緋槍を振りかぶった。

 紅蓮の刃が踊り、応対に黒闇の刃が舞う。

 轟撃が交わり、両者の体が吹き飛ばされた。

 つま先が地面を滑り、そしてなんとか踏みとどまると、視界の遠くに、長剣を突き出した黒騎士の姿が映った。

 刀身から闇の瘴気が刃となって放たれ、それは必殺の一撃となって空間を断ち切った。

 すでにサカキの体は満身創痍の状態だ。例え攻撃を避けたとしても、反撃に十分な力を割くことはできないだろう。

 ――問題無い、避けられるだけの力があれば十分だ!

 サカキは体に残る力を振り絞り、上空へと向けて地面を強く蹴った。

 瘴気の刃がサカキの足下を通り抜け、背後にあった大岩を断ち切ると、それを合図にサカキは空中で体を翻し、緋槍を逆手に持ち変えた。

「これが、最後の一撃だ……!」

 体に残された魔力、そして緋槍の奥に込められた魔力ともども全てを燃焼し、ルーンコードを限界すら超えて稼動させた。

 切っ先に先触れの火が生まれ、火は炎と成り、荒ぶる炎が剣身を奔り抜けた。

 次いで黄金の魔力が炎を撫で、そして黒青の魔力が炎を分かつと、それらは柄すら越え、石突きの先――大気すら巻き込み、【炎熱】【爆撃】【深遠】を表す三翼を描いた。


 栄誉能力クエストルーン、【紫炎の操者ヴァイオレットランサー


 放出された【炎熱】の力に大気が叫ぶ。【爆撃】の力をも食らった膨大な熱量が先端に収束し、それはクエストルーンを介し、【深遠】の力に孕まれ、黄金の残火の漂う紫炎へと変貌を遂げた。

 万象すべてを破壊せんとする暴威の力がサカキの手によって手繰り寄せられ、そして、紫炎の刃の切っ先が目標を捉えた。

 応対と、黒き騎士は白柄黒刃の長剣を構えた。

 漂う血陣が瘴気の刀身と混ざり、黒血の魔剣を生み出した。

 暗く、おぞましき力が形となって刀身から溢れ出す。それは周囲の光すら食らい、さらなる闇へと世界を変えていった。

 両雄の間に紫炎と黒血が踊り、力の均衡が目で見て取れるほど鮮明に描かれた。

 ――まだだ。

 まだ出せる力はある。サカキは愛槍と己の分身であるアバターから、さらなる魔力を引き出した。

 体の魔力を一滴残らず振り絞り、命すらも魔力に変換し、その身の限界まで紫炎を生み出した。

 ――我が身のすべてを破壊の力へと変えた。この一撃を繰り出せば、自分は指一本動かすことすらできなくなるだろう。

 サカキは手元で暴れ狂う紫炎を必死に制御し、そして最後の一投を放った。


 滅炎系統、共鳴絶技レゾナンスブレイク【デルタ・エクスプロージョン】


 紫炎が尾を引き、一条の暗光となって撃ち込まれた。

 それは応戦に繰り出された黒赤の瘴気をたやすく千切り、魔剣を軽々と弾き飛ばした。

 相手は直前に大技を放ったせいで、力をうまく乗せることができなかったのだ。外套の力もサカキの奮戦で弱まり、力を十分に発揮できていなかった。

 長剣が宙に放り上げられ、そして、黒鋼の鎧に【滅炎】の殲滅槍が突き立った。

 鎧が一瞬で熱に溶け、紫炎が一際強く明滅する。

 崩壊の力が重力となって周囲を飲み込むと、しかしそこで一転。鉄土の大地を震わすほどの振動とともに爆炎が起こり、衝撃波が周辺一帯の大岩を吹き飛ばした。

 洞窟に轟音が反響し、ありったけの土砂が宙に舞った。

 戦場で戦っていた兵士たちが驚き、何事かと腕を止めた。そして立ち昇った紫炎の柱を見るなり、すべての者が呆然と立ち尽くした。





 薄闇が戻った。

 洞窟の天井をうかがい知ることはできないが、どうやらガラス質の鉱石でも何か埋まっていたのだろう。頭上から、キラキラと光る石片が地面にゆっくりと落ち、小気味の良い音を立てて割れた。

 両膝を突き、いまにも倒れ込みそうになる体を必死に支え、サカキは顔だけでも前を見た。

 燻った視界の果て。紫炎が立ち込める中心点に、黒き騎士の姿が見えた。

 その体は、一目見てわかるほどにボロボロだった。いや、あれほどの力を受けてなお、原型を留めているのは驚異的と言ってよかった。

 特徴でもあった黒き鎧は焼|爛れ、所々が破断している。

 そしてその身はうなだれ、サカキと同じく膝を突いている状態だった。よく見れば、胸に刺さった槍の石突きが地面に着き、それが騎士の上体を支えていた。

 ――死んだのか?

 そう思った矢先。その左手が緋槍を鷲掴み、思い切り抜き放った。

 胸部から血の代わりに闇が噴き出し――それが命の源なのか。闇が抜け落ちるとともに、黒騎士の体からは力が失われていった。

 技の威力に耐え切れなかったのか。刃が欠け、ボロボロになった緋槍が地面に投げ捨てられると、ガチャンと頼りない音を立てた。

 黒騎士がサカキを一瞥した。

 すると、何の感情も表れなかったその瞳に、一筋の【情】のようなものが浮かび上がった。

 しかし、それも一瞬だった。

 元の何もうかがえぬ【無】の瞳に戻ると、黒騎士は地面にこぼれた闇の中に、溶けるように潜り、そして消えていった。

 あとに残るのは一本の槍と、そして、【彼】が残していった一振りの剣。

「勝てた……のか……?」

 ぼそりと自問すると、そこで力を使い切り、サカキは仰向けに倒れ込んだ。

 ――実感が湧かない。

 あれほど高揚していた戦気も、いまではすべてが抜け落ちてしまっていて、なんの感慨も湧きはしない。

「そういえば、カツジはどうなったんだろう……? あとで謝っておかないと……。ミナにも、お礼を言わなきゃいけないし……」

 まずすべきことがサカキの脳裏に浮かんだ。そしてそのあとのことを考えると、それだけで意識がまどろんできた。

 エネルギーの不足に体が喘ぎ、脳が考えることを放棄したのだ。

「――……ソーマ君!」

「――……はは、マジかよすげえな。本当にやりやがった」

 聞いたことのある声がいくつか届き、誰かが、サカキの元へと駆け寄ってきた。

 それが誰だったのか思い出そうとして、――そこでサカキの意識はまどろみの闇に落ちた。

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