第38話 1-38
静まる瞳に黒き騎士の姿を捉え、右手に緋槍――レッドランサー・イフリートを遊ばせながら、構えもせずに踏み込んでいく。
それは形に囚われず、自由な身体を以って挑むというサカキの意思の表れだ。
対するひとりの騎士――【黄土の剣】と称された二つ名を持つブラッドエネミーは、洗練された動作でひとつの型を披露した。
左半身を前に突き出し、刀身を水平に寝かせた状態で、白銀と漆黒の長剣を胸の高さにまで持ち上げる。背中から生えた血の腕は前面に押し出し、威嚇のように大爪と化した二刀の剣を突き出す。
次いで血霧の外套が広がり、ひとつの陣となって主を包み込み、その身を守った。
二連の攻撃に、全方位の防御。それは攻守に置いて完璧で、打ち破るのは並大抵のことではないだろう。
それなのに、
――……要は致命傷だけは避けて、その分を攻撃に回せばいいだけだ。
いまのサカキには、簡単なことに思えてしまった。
損害を覚悟した上で、攻めに攻めて打ち勝つ。危険な綱渡りをせずして勝利などありえない。
サカキは腹括ると、ためらうことなく黒騎士の間合いに踏み込んだ。
静寂が一転。大爪が伸び、蛇の如きしなやかさで宙を這った。
サカキは身を捻り、軽やかに一転すると、すれ違い様に腕の節を切り裂いた。
手応えが頼りない。外套の揺らぎは幽体のように捕らえどころが無く、実体があやふやだ。だが、少しの間でも動きが鈍るのならそれでいい。
続く連撃。漂う外套の先端から、鋭針が幾重にも突き出された。
身を反らして避け、避けきれないならば刀身で逸らし、行く手の邪魔なら切り捨てる。
僅か数秒の攻防の果てに陣を突き破り、緋槍の間合いに本体を収めた。
相手が動くより早く、神速の突きを放つ。
長剣が閃き、二条の突きが交差する。先端がすれ違い、緋刃と黒刃が唸りを上げて互いの喉元へと襲いかかる。
相打ち――になるはずがない。
同時。両者は動きに捻りを加えることによって姿勢を崩し、ギリギリのところで致命傷は避けた。
刃が互いの肩に食らいつき、骨の表面を削る不快な感触と激痛が駆け抜けた。
だが、その程度で終わりはしない。槍刃と剣刃が両者の頭上に跳ね、連撃の流れに移る。
青の戦闘衣が翻る。緋色の剣槍が地面を削り、摩擦によって火花が散ると、刃に焼尽の炎が燃え広がった。
黒の全身鎧が鳴り、それに応えた。漆黒の長剣が薄闇の一点を切り裂くと、先端から瘴気が溢れ、刃に漆黒の闇が纏わりついた。
練り込まれた一撃が、互いの行く手を阻んで激突する。
炎と闇が衝撃を呼び、空間一帯に魔力が吹き荒れ、少年と騎士を包み込む。
力比べと思わせ、サカキは不意に緋槍を滑らせた。重心を低くしてコマのように回転し、黒騎士の脚を狙って斬撃を見舞う。
うまく裏をかいたはずの攻撃も、黒騎士が繰り出した蹴撃に刀身の根本を抑えられ、不発に終わった。
――やはり、甘くはないか……!
即座に反撃が飛んできた。振り下ろされた長剣を後ろに避けた。
サカキは武器を構え直そうとしたが、右方からせまる殺意に気付き、そこで諦め、休むことなく一歩前に出た。
間一髪。横から伸びてきた大爪が、サカキの後方の空間を削り取った。
安易に距離を取ることは許されない。こちらの間合いを維持し続けることが、攻撃と同時に、敵の攻撃をも封じる最良の防御となるのだ。
――それなら、とことんやってやるさ!
緋刃に炎を擦り熾し、なぎ払う。
難なく長剣に受け止められた。だが、それは織り込み済みだ。すぐさま魔力を開放し、刀身の外に熱を放出する。
乱雑に吹き荒れる熱風と炎。紅蓮に視界が埋めつくされるその最中。サカキは目くらましの炎を突き抜け、切っ先を繰り出した。
緋槍が黒騎士の横腹を軽く裂き、突き抜ける。
与えたダメージ軽微だ。その証拠に、黒騎士は一時の乱れなく両腕を操り、剣を閃かせた。
回避が間に合わず、熱が腕を走り抜けた。サカキは持ち手を切られた痛みに顔をしかめたが、ダメージはいかほどにもない。驚いて間合いを離す愚かな真似はせず、休む間も無く攻勢を仕掛けた。
左右からの連続攻撃に始まり、虚撃を用いた騙まし討ちや捨て身の一撃など、使える技は惜しみなく使い、果てには石突きすら攻撃に交えた密着戦まで演じた。
サカキはその身を荒ぶる波濤と変えて緋槍を振るい、対する黒き騎士は達人の技を持って長剣を操った。
両雄の戦いは熱を帯び、次第に、防御を捨てた壮絶な切り合いへと発展していく。
黒鋼の鎧の隙間を抜け、槍刃が内を裂く。青の戦闘衣を貫通し、剣刃が肉に突き立つ。
もはや真っ向からの殴り合いだ。マナの拭き散る血染めの戦いを、それでもふたりはやめることを知らない。
一手で刃が届かぬなら二手を打つ。二手で届かぬならさらなるもう一手を。
現状の技で足りぬというのなら、サカキは戦いの中で思いついた新たな技を試し、使い物になるように昇華させていった。
しかし、それでも、
「あと一歩、か……)
肝心の詰めの一手が届かない。
両者に蓄積したダメージから見て、終わりはそう遠くない。
そしてこのままダメージの重ね合いを続けて行けば、サカキの方が先にマナが尽きてしまうだろう。
相手には鎧の防御力と外套の守りがある。持久戦になればなるほど、それは決定的な差となってサカキの前に立ちはだかった。
――何かひとつ、大技でも決められればいいんだけど……
それも難しい状況だ。
幾度となく切り刻んだおかげか。黒騎士の外套の動きは鈍り、守りは手薄になってきた。
だが黒騎士本体の動きは健在で、その底無しの体力から繰り出される猛攻は、いまを以ってなお衰え知らずだった。
付け入る隙などありはしない。……しかし、だからといって諦めるにはまだ早い。
どこかで隙を見つけ出し、あるいは作り出し、その刹那の瞬間に全てを込めた一撃を放つしかない。
そのためには、いままで以上に踏み込む必要がある。
そう覚悟した直後。避けきれぬ一撃に、つい間合いを離してしまった。
そして仕切りなおしとばかり、また間合いを詰め寄せようとサカキは前に出た。
しかしその直後、サカキは異変に気付き、表れた視界の変化にゾっとした。
霞がかった血霧の外套。幾重にも切り裂かれ、無残な姿となったそれが、いつの間にか戦いの場全てを覆うほどにまで広がり、血臭漂うその牙をむき出しにしていたのだ。
黒騎士は外套の守りが削がれたとみせかけ、周囲一帯へ新たな攻めの一手を巧妙に張り巡らせていたのだ。
その事実に気が付くと、サカキの額から一筋の汗が流れ落ちた。
それを汚れた袖の先で拭い、あご先も拭おうとして――サカキは、自分の口元が笑っていることに気付いた。
――自分は怖くて笑っているのか? ……違う、楽しいのだ。
限界を超えてなお届かぬ自分に、相手はさらなる技を以って全力で叩き潰そうとしているのだ。
このまま戦い続けるだけでも勝てるというのに、驕ることなく、全身全霊を尽くそうとする相手の敬意が嬉しくてしょうがない
「すごいな……これは挑みがいがありそうだ」
アバターの残りの魔力はそれほど多くない。体力も底を突きかけ、四肢はヘドロに浸かったように重かった。
それでも、五感は時を打つたびに冴え渡り、いままで以上の力が出せることを伝えてきた。
――早く、前に出ろ。
「いわれずとも!」
気力に漲る身体に押され、サカキは跳ねるように地を蹴った。
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