第37話 1-37
サカキの接近に気付いたカツジが、黒騎士の右脚を狙って斬撃を放った。
黒騎士はそれを大剣の剣先で払い退けると、そのまま遠心力を利用して、大剣を縦に振り回して反撃した。
青年は真上に大きく跳躍して避けた。黒騎士の意識が上を向き、その隙に、サカキが後ろから黒騎士の左わき腹へと緋槍を突き入れた。
漂う血の外套の先に、緋刃があっさりと突き立ち、――そして甲高い音に遮られた。
――止められた!?
サカキは持ち手に響く振動の強さに、鎧の防御力はそれほど高いのかと驚き、しかしすぐに思い直した。
いくら強固な全身鎧とはいえ、関節の稼動域付近には分厚い装甲を置くことは出来ない。その場所は、体を動かす時に必要となる「空き」なのだ。薄い鉄板くらいならまだしも、一撃を受け止めるほどの厚みを確保することはできない。
答え合わせのように外套がたなびき、隠された上体がサカキの目に映った。
果たして剣槍の先端は、黒騎士が左逆手で抜き出した、腰に差していた長剣に阻まれていた。
黒騎士は半身まで抜き出した長剣をすぐさま鞘に収めると、右横なぎの大剣をサカキへと振るい、流れの動作で背中のもうひとつの大剣を左手で掴み取った。
上空からカツジが落下し、黒騎士の頭部に追撃を振り下ろすと、相手はそのまま左剣を抜き放ち、カツジの剣を正面から打ち据えた。
四刃が重なり、四つの響音が奏でられ、そして四本の剣が新たに構えられた。
前後上下左右。目まぐるしく多彩な手段で攻め入るふたりの猛攻。ブラッドエネミーは双大剣を巧みに操り、それらを危うげ無くいなしてみせる。
互角と思われたしばしの攻防も、お互いの対処方法が徐々に変化し、その流れが転じていく。
唸りを上げて下から斬り上げられた黒大剣を、カツジは剣で受け止め、力を逃がすついでに後方上空へと跳び上がった。
放物線の頂点で身を捻り逆さになると、いつの間にか、カツジの手に持っていた銀の剣が黒弓へと変わっていた。
「そら大将! 避けてみろよ!」
既に弓弦は限界まで引き絞られている。番えられた三本の矢が黒騎士を睨み、いまにも飛びかかりかねないほどの圧力を放っている。
【閃電】が生まれ、青の魔力が大気を喰らった。
閃電系統、
三本の矢は、あたかもアミダクジのように幾度となく直角に曲がり、不等間隔に目標へと迫る。
着弾の間隔がずらされて対処が困難となった三撃を、しかし黒騎士は悠然と見上げたままだ。
黒大剣の代わりに主を守るべく、血の外套がひとりでにうねり、意思を持って先端を三つ又の槍へと変えた。
血槍が瞬時に引き伸ばされ、三本の矢を同時に貫くと、雷の矢は四散して地面に落ちた。
すると、その残光に紛れて、一本の矢がストンと黒騎士の足元に突き立った。
見れば、矢の先端には小さな筒が縛り付けられている。
カツジお手製の煙幕弾だ。着弾と同時に着火し、小さな破裂音とともに急速に煙が巻き起こった。
濃煙に視界を遮られた状態でも、黒騎士は慌てることなく、平然と待ち構えた。そして何かに感づいたのか、振り向きと同時に右剣を薙いだ。
死角から強襲をしかけたのはサカキだ。煙幕をうまく利用したつもりだったが、逆に攻撃のタイミングを読まれてしまったらしい。
だが、行動が読まれたところでやることを変える気はない。サカキは緋槍を両手で強く握り締めると、刀身の根元で黒大剣を受け止めた。
剛剣と剛剣とぶつかり合い。
「あああああ!!」
勢いは十二分につけてある。止まることなく刃を滑らせて黒大剣の刀身を伝い、緋槍の剣先を相手の眉間へのカウンターとして繰り出した。
意表を突いたはずの渾身の攻撃も、しかし、すんでのところで突き出された黒騎士の右肩に方向を逸らされ、刃が黒兜の側面を滑り抜けた。
互いの剣が水平に交わり、刀身が体に当たる密着状態。サカキが次の一手に移るより早く、黒騎士はサカキの体を巻き添えにして左に体を捻り、一回転すると、サカキの背中に左肘を打ち当てた。
「ガッ!?」
背面を襲う重打の一撃に、サカキの肺が悲鳴を上げた。咳き込むことだけはなんとか堪えたが、息が詰まり、動きがどうしようもなく鈍ってしまう。
たたらを踏みながらサカキは間合いから逃れようとするが、相手がこの隙を逃すはずがない。
袈裟掛けに振り降ろされた一の剣を転んで避ける。続いて突き出された二の剣を、角度をつけた刀身で剣先を逸らし、なんとかやり過ごす。
が、そこでサカキの体勢は完全に崩れた。
とどめとばかりに、黒騎士はさらに一歩強く踏み込み、大上段から右剣の振り下ろしを放った。
「下がれ! ソーマ!」
合間に割り込んだカツジが、銀の剣を両手で持って迎え撃つ。
カツジは殺意の塊となった断刃を真正面から受け止め、銀刃と黒刃を重なり合わせた。
――最悪、力任せに押し切られるかもしれない。そう覚悟した青年の腕には、意外にも、頼りない手応えが返ってきた。
初撃に大した力を込めていないため、黒騎士の次の行動は素早い。剣を左に滑らせ、体をぐるりと回転させる。
血の外套がカツジの視界を覆い、その左端から二本の剣が水平に迫った。
受けることも退くことも適わぬ必殺の技。轟風が荒れ、二閃が青年の体を通り抜けた。
戦闘不能は確実となる剛の一撃も、しかし、切り裂いたのは空だけだった。
カツジはすんでの所で地面にへばりつくように屈み、攻撃をやり過ごしたのだ。
カツジは銀の剣を構え、返しの一撃を繰り出そうとして、――そこで、黒騎士の体勢がおかしいことに気づいた。
攻撃を振るった直後だというのに、カツジより先に、次の攻撃に移っているのだ。
そしてその両手に握られているのは一振りの長剣。腰に下げられていたそれが、なぜかいまはその手の内にあるのだ。
白銀の柄、そして黒き刀身に禍々しい瘴気を纏わり付かせ、刃の先が青年を捉えた。
「ぐあっ!?」
カウンターに対するカウンターとして放たれたそれは、カツジの肩をやすやすと切り裂いた。
「カツジッ!!」
サカキは叫び、無意識に前に出た。
崩れ落ちる親友の背を通り抜け、剣槍をありったけの力で振るう。
それは千載一遇のタイミングでもあった。だが、よく狙いもせずに放ってしまったため、結果、胸当てのもっとも厚い部分に当たってしまい、ダメージが通りはしなかった。
だが、渾身の力の前にはさしもの巨体も浮き、そして派手に吹き飛んだ。
「カツジ!」
サカキは攻撃の成果も見届けずに目を逸らし、青年に駆け寄った。
「バッカやろぉ……せっかくのチャンスだったのに、いい加減にしやがって……」
重症を負い、膝を突きながらも、強がりを言う気力はあるらしい。サカキと顔を合わせると、カツジは弱々しくも愛想笑いを浮かべてきた。
「カツジ君!」
後ろで控えていたミナが駆け寄り、すぐさま回復の魔術を紡いだ。
カツジは、肩から胸にかけて赤く広がる傷口を一瞥すると、口惜しそうに小さく舌打ちをした。
「ちきしょー、危ねーとこだったぜ……このランクで【
軽口を叩くその顔に、サカキは申し訳なさが溢れてきた。
――自分のせいで、危うく彼を死なせてしまうところだった。
たしかに、例えアバターが死んだとしても、致死量に応じた待機時間のあと、所定の場所で復活することができる。
だが、いくら仮初めの肉体といえど、その心身に受ける痛みは本物だ。場合によってはトラウマとなることもある。
それに死んだ場合に負う罰則もある。低ランクならば気にならないそれも、高ランクになればなるほど重い罰となる。できることなら負うべきものではない。
あからさまな失態に、後悔と自責の念に駆られ、しかし、サカキの心の奥底には、ふつふつと新たに湧きあがるものがあった。
それは【怒り】だった。
仲間を害されたこと。そして、自身の不甲斐無さに対する、強い憤り。
サカキは拳を強く握り締め、手の平に爪を立て、肺から空気を搾り出した。
「ディセットさん……カツジを頼む」
顔を向けることすらせず、彼女に後を任せると、サカキは黒騎士の姿を探した。
大岩の連なる合間、その空僻に、件の騎士はいた。
右手に白銀と漆黒の長剣を携え、大儀そうにその身を揺らし、こちらに歩いてくる。
いましがた振るわれた二振りの黒大剣を探せば、それには、血霧の外套から生えた一節の腕が絡み付き、三本目の腕となって不自然に宙を浮いていた。
――隠し腕だ。さきほどカツジが放った三本の矢を、外套が貫き落とした時点で考慮しておくべきだった。あの外套もまた、奴の体の一部なのだ。後ろに死角など存在しない。
サカキは自分の迂闊さに歯軋りしそうになり、――不意にその背中を、カツジの静かな声が叩いた。
「ソーマ、気負うんじゃねぇ。お前なりのやり方で倒すんだ」
重症にも関わらず、彼ははっきりとした言葉で語った。
青年の顔を見ると、強い意思と責任を持つ大人の瞳が、じっとサカキの姿を映していた。
「失敗したなら、その分はあとで取り返せばいい。怒りだけにとらわれるんじゃねえ。いいか、オレがソーマを庇ったのは、オレよりお前の方が勝機はあると踏んだからだ。だからお前は、いつも通りのお前でヤツをぶっ倒すことだけを考えろ。オレに悪いと思っているなら、なおさらのことだ」
責めもせずに諭し、期待を寄せる。
青年のその考えは甘すぎる。だが、それが彼らしいと言えば彼らしかった。
――ならば自分も、彼が信頼を寄せる「自分らしさ」を出さなければいけない。
「……ごめん。俺らしくなかったよ」
言葉を返し、緋槍を持つ手に力を込める。そして力を抜き、くだらない怒りをどこか遠くへと追いやった。
「ふたりとも少し待っててもらえる? さっさとアイツを片付けてくるから」
気楽な声音でそう宣言すると、サカキは一歩を踏み出した。
後悔も反省もしなければいけない。だが、先にやっておくべきことがある。
倒すべき相手がいるのだ。それは相手が強敵だとか、勝てないだとかは関係ない。
――やるべきことをやるだけ。それが「サカキ・ソーマのやり方」だ。
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