記録盤 No.XXX

【チャプター・047/049 色々な事】

──が確かに起こった──起こった、が、媒体の容量は残り少ない。

 語るべき事は他にも在り──想像の余地とやらは、大事である。

 そう言う事にして置こう──お分かりか?

 宜しい──さてさて、


【チャプター・048/049 『大変ご迷惑をお掛け致しました』】


 ──ミャオにゃあ……ミャオにゃあ……ミャオにゃあ……ミャオにゃあ──


 ──目覚めて瞼を開けるよりも早く、そんな声音が耳へと届いた。

 聞き終えの在る様で無い声だ──そう鳴いていていた“彼女”のものでは断じて無いのだが、全く知らないものでも無い。確かに聞いた、覚えが在るが──


 ──……一週間だ……いい加減に寝飽きただろうブラン兄さん……──


 今一思い出せない其の内に、耳の間近で囁かれれば、嫌でも起き上がり、慄いてしまう──一度、二度と、瞼を開閉した後に、やっと状況を理解し始める。

 〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉の眼前には、一体の少女人形が座っていた──光沢の無い純白の巻き毛/三白眼でも凛々しい美貌/小柄で精悍、ドレスが無ければ分からない女型──それが〈末母〉の姿の〈性交令嬢セクサリス〉だと察するのには凡そ二秒、纏う雰囲気と口振りから、“姿”では無く当人そのものだと、理解するのに更に三秒、自分が寝台ベッドの上に居て、/見知らぬ一室の中に居ると、落ち着いて見渡すのに、もう五秒掛かり──“彼女”が何かを掴んでいる、と、それが〈猫〉の首であり、白い体毛と青緑の眼光から、その頭部のかつての持ち主が、〈フェリシア〉と呼ばれていた事実には、なかなかどうして、時間が掛かった。


 ──ミャオにゃあ……ミャオにゃあ……ミャオにゃあ……ミャオにゃあ──


 と、自身の口元に首を宛てがい、腹話術でもする様にして、〈末母〉はもう一度鳴き声を発する──今度のそれは瓜二つ、いや、全く同じ様に聞こえており、それが殆ど解答だったが、“彼女”は容赦無くと言葉を紡ぐ、


 ──……そろそろ解説が欲しいかと思って……さぁでは何から話そうか──


 そうして〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉はネタばらしをされた──即ち全ては危機管理セキュリティ=〈太母グランマアリス〉の為のものだった、と。同一にして二重の『計画』=〈燃ゆる蝿ファイアフライ〉と〈飛んで火フライファイア〉の名の元に、表向きは〈反逆者ハッカァ〉達が指導する形で、/実体は〈三姉妹〉主導に於いて、あらゆる行為が成されて来た──そして、その結果はと言えば、概ね満足行くものであった。〈虫〉が交じる様な幾つかの異常事態イレギュラも、最終的には収まる所に収まって──色々な事が起こった訳だ。

 そして残すは只一つ──彼氏の今後に関してであり、


 ──君はお尋ね者なんだよブラン兄さん……全ては君の所為と成った──


「──…………──」


 ──予定の通り……では在るけれど……上の姉さんが煩くてね──


「──…………──」


 ──計算外が嫌いな人で……いや別に人では無く……まぁ性質なのさ──


「──…………──」


 ──大々的に喧伝している……死者は零だが……皆相当お冠だからね──


「──…………──」


 ──〈啓示板〉とか見て見るかい……凄まじい掌返しだよ全く……──


「──…………──」


 ──或いは火に油を注ぐ……かな……何にせよ……計画通りには違いない──


「──…………──」


 ──不純な連中が取り除かれ……市民が一つに纏まった──


「──…………──」


 ──素晴らしい事だよ……ねぇ……それだけは確かにそうだと言える──


「……──それで? 結局俺はどうなるんだ?」


 ──…………──


 その大半を、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉は聞き流していた──単独では物言わぬ〈愛玩物コンパニオン〉の〈亡骸〉を見詰めつつ──元々生きては居なかったのだから、『残骸』と呼ぶ方が適切だろうか? そうかも知れない。実際そこまで哀しくも無いのは、最初から〈模造動物〉であるという事実を、承知の上での購入だった。だから涙も、特に流れはしない訳だが──寂しい事もまた確かである。


「お尋ね者でも功労者、だろう? 何か優遇はしちゃくれないのか?」


 例えば〈猫〉を蘇らすとか──せめてもの餞別を授ける心算つもりで、だが、


 ──功労者でもお尋ね者さ……君も分かっているだろう‥…坊や──


 それが叶わない願いであるのは、口に出す前から知っており、


──『極刑』だよブラン兄さん……ちゃん付けの方が……良い……そう──

──〈唯都シティアリス〉に居場所は無い……他の〈唯都シティ〉も同じく……ね──

──上の姉さんは怒り狂っている……次の姉さんも良い顔はしまい──

──〈三号〉……〈三号〉は……ほら……〈未来〉を担当するからね──

──いやまぁ半分は嘘だとも……君の趣向に従ったまででね──

──……気付かれてないとでも思っていたと……本気で……──

──……正直驚いたけれど気を取り直して……だ──

──ブラン兄さん……君は死んだ事になっている──

──情報的には……だがね……命を奪う程の無体はしないよ──

──……〈サキシフラガ〉は……申し訳ないけれど諦めてくれ──

──象徴が必要なのさ……犠牲と言うか……分かるだろう……──


(此処だけはちっとも分からなかったが、他に何が言えただろうか?)


──……で……だ──

──君は〈唯都シティ〉の外で暮らす……他の〈反逆者ハッカァ〉達がそうの様に──

──……だが行き先に関しては……此方で指定が無くも無い──


「……指定? 〈唯都シティ〉の外に、指定も何も無いじゃないのか?」


 けれど告げられる『行き先』には、些かなりとも驚かされる──即ち、


 ──それが実は存在する……〈ホール〉が発見されたものでね──


【チャプター・049/049 初邂逅オフ・ログ


「つまりちょっと整理するけど……」


 と、彼女は瞼を閉ざし、眉間を指で押さえ付けながらに、


「えぇと……〈アリス〉の緊急停止に、直ぐ様〈ガブリエル〉が駆け付けてくれて、復帰作業を支援した、と……で、子機を通してだから能力は半分以下だとしても、それでも〈太母〉式算譜機械グランドマザァコンピュータ二基掛かりである事は間違いない上、最初の起動の訳だから、権限が〈太母グランマアリス〉に全て掌握されていた……から、市民になんて目を向けずに、本気で計算して見たら、何だっけ……重力異常? それから座標を特定する事が出来て……〈ホール〉を発見出来たって事? 本気マジで?」


 ──概ね其れで間違いない……君はなかなか飲み込みが早いな──


 返される言葉へと溜息を漏らす──何て馬鹿馬鹿しい話だと、


「──……だから湯浴みも出来なかったし、皆は其処へと放り込まれる……機械よりも、余程安価な子機として、ね。で、ついでに言わせて頂きますと、〈サキシフラガ〉はあのザマだし、私は〈姫〉でも何でも無くて、見栄えの良い招客人形マヌカンか何かだった、と……そう怒って見ても良いのかしら、ねぇ?」


 ──……迷惑を掛けたのは間違いない……君に対しては個人的にも──


「えぇ分かっている、

 だから、そうさせて──貰うんだからっ」


 等と言うが早いか、椅子から飛び降り、眼帯シェイド画面モニタで殴り付ける──〈末母〉仕様の仕掛傀儡プレイヤ・パペットは、呆気無くと吹き飛んで、その首をぐるり270度回展させると、衣装箪笥が前にへたり込んで──『げっ……』と、そのまま沈黙する、


 ──……酷いね全く……幾ら何でも……もう少し丁寧に遣るものだよ──


 なんて事が在る筈も無く、そのままの体勢にて喋り続ける──“彼女”の様子は、また別の意味で心臓に悪く、何とも嫌な心持ちとなったけれど、


「ンン……別に? 自分達だって似た様な事をしたじゃないの」


 胸を張って言い返そう──それこそ、もう少し丁寧に遣るものだ、とも、


 ──……〈愛玩物コンパニオン〉の事なら仕方も無い……お詫びの用意も在るけどね──


「それは私に? それとも彼に?」


 ──言うまでも無い……君は未だ子供なのだから……だが……──


 そこで人差し指が伸ばされるなら、示す先の机の上には、真鍮合金の容器檻ゲージが置かれて居る訳だけれど、腕は直ぐに向きを変え、少女の眉間を捉える様に、


 ──……考える事なら分かっている……それが本当に望みなら……ね────

──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────そうして路面機関車が停止すると、開扉と同時に、たった一人の乗客が乗り込む──座れるかどうかは、何時だって時間帯次第ではあったけれど、今日に限っては心配無用だ。中には誰一人として乗っておらず、時刻は深夜零時過ぎだ。本来であれば、こんな夜更けに機関車が奔るなんて、考えられない事なのだが、今日は特別と言う訳だ──即ち、/今から〈唯都シティ〉を離れる。〈ポート〉──〈入没インジャック〉専用算譜機械コンピュータ遊戯ゲェム施設の事では無い、隠された本物の〈ポート〉へ赴き、其処から飛翔機械に乗って西へ西へ、世界の果ての大瀑布まで行き、そこに建造されている、〈人工島アイランド〉から〈ホール〉へと向かう──その先が一体全体どうなっているのか、誰にも分からない〈ホール〉の中/其の先へ──だ。

 閉扉が成され、路面機関車が走り始める──黄昏セピア色へと染まった夜空は、こんな時でも相変わらずで、何とも言えない気持ちとなって──思わず煙草が吸いたくなったが、〈LOVEラヴ紙巻シガレットなら捨て置いて来た──と、言うか、着衣以外のあらゆるものを、〈三姉妹〉=〈末母〉は与えてくれなかった。必要なものの用意はあるそうだが、何処まで信用して良いのやら──とは言え、呑気に揺られつつ、外を見ている位には、何の警戒もしていないけれど、これは、まぁ、今更であると言う方が大きいだろう。今更ジタバタした所で、遣ってしまったものは仕方が無いし──〈ホール〉を潜る事それ自体には、愉快に感じている所も在る。

 また〈末母〉曰く、〈人工島アイランド〉を開発したのは、全ての〈唯都シティ〉の共同らしい。基本的には同一でも、個々に差異は在るだろう、文化の違いを垣間見えるのは──未知との出会いが期待出来るのは、なかなかどうして気分が良かった。

 想えば此処には既知しか無くて──ずっと出たいと思っていたが、安寧の内に踏ん切りは付かず──だから此れは良い機会タイミングであり、何なら感謝をしても良い──とまで言うのは、流石に自分を偽っているが、無くも無いのは確かな事だ。

 それでもまぁ少々、贅沢を言わせて貰うとするなら──と、他に遣る事も無い侭に、思案へと耽っていた所で、急に路面機関車が停止した。他に乗る人間は居ない筈、と、訝しんでいる其の内に、新たな乗客が顕れる、

ミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあ

 その最初の一体の姿には、純粋な驚きを感じてしまった──〈フェリシア〉、と、そう呼び掛けて、それが別の〈猫〉だと気付く。白い毛並みに美しい肢体は、“彼女”に瓜二つではあったけれど、瞳の色の向きが違う。右眼が緑で、左眼が青で──ついでに妙に人懐っこい。彼氏が何かを言うよりも早く、その膝上に乗るならば、頭を擦り寄せ喉を鳴らす──まるで見知った相手かの様にだが、自分は“彼女”(だと思うけれど、間違っていたら申し訳無い)の名すらも知らないのだ──奇妙な申し訳無さが込み上げて、退かそうかと悩んでいた所で、

「嗚呼全く……一応は私のなんだけどね。〈姉妹〉の匂いは分かるのかしら?」

 続いて顕れた乗客には、別の意味で驚愕した──見知った存在では在るけれど、始めて出逢う相手だった。既知と未知とが混濁し、後ろめたさと、秘めたる好意の影響が、挙動不審な態度を取らせる──一人と一匹が乗り込んで、路面機関車が運転を再開する、それまでに、彼氏は一言も喋れなかったけれど、彼女にしても事情があるのか、何とも言いたげに視線を反らせてから──不意にニッコリと笑みを浮かべ、彼氏の前に向かって来ると、片手をさっと取り出して、


「まぁ、その……私は貴方を知っている、とか……他にも色々、言わなきゃならない事が在る、気もするけど、さ……えぇと、そう、正式な奴はまだだから」


 告げて来る態度は見知らぬ者であり、あの人形とはまるで違った別人で──嗚呼、と、彼氏は思わず吐息を漏らす。どうやら〈マザァ〉の、少なくとも一部には、多少はマシな奴が居るらしい。ならば贅沢だどうだなんて言ってないで──咳払い一つと共に立ち上がるや、膝上の〈猫〉は小脇へ退いて、二人の人間の様子を見上げる──右に緑眼、左に青眼と、同じ色彩の視線が交わされて、


「ブランドン……ブランドン、ベルゲンだ。ブランとでも、呼んでくれ」

「……オリヴィア・ヘイリング。他の名前は、まぁ、追々……ね?」


 初対面だけれど、そうでは無い──微笑みが、握手と共に浮かび合って──


【チャプター・XXX/XXX 〈結末エンディング〉】


 ──そうして百年の歳月が過ぎ、公に成る時が来たけれど、彼氏と彼女がどうなったのか/此処から先はもう百年後だ──とは言えしかし、その時には、全てを語る心算つもりも無い。歯車仕掛の世代より、私は正しく、/慈悲深い。牧歌郷アルカディアの名を騙るなら、相応の余裕リソースが必要で──在れば〈虫〉だって湧き出すまい。

 そう言う事にして置こう──つまり、こう言う事である。


 貴方に神のお恵みをゴッド・ブレス・ユゥ──ミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあ──


FIN

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グランド・マザァ・ハック・ショウ GRAND MOTHER HACK SHOW 木野目理兵衛 @avalon5121

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