記録盤 No.009

【チャプター・046/049 底と果て】


 ──そして〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉には大変申し訳無い事ではあるけれど、この辺りで〈ライリィ・ウォーカァ単体〉(思い出して頂くならば、『肩口程の真っ赤な髪/人相の悪い雀斑顔/男性と見紛う背丈の痩身』の、婦妻の“婦”である方だ)は観劇を取り止め、外出の準備を始めている──『十三周目』を一日で攻略する、その試み自体は面白いけれど、見栄えとしてはやはり冴えない。

 もっと、こう、魅せ方と言うのがあるだろうに、〈行使者プレイヤ〉としては兎も角、俳優、或いは監督、作者としての〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉は三流も良い所だ、と言うのが、彼女の偽らざる(変わらざる)感想であり、妻の力は大きかったと、改めて鼻高々とに成っている。

 そんな時刻は午後の三時頃──昼近くに目覚めたら、〈エマ・ウォーカァ単体〉は出掛けており、(昨夜との対比で)寂しさなんかもちょっとは在ったが、二人共、当の昔に教導義務カリキュラムを終えている、/立派な大人であるならば、何時も一緒で無くとも良く、彼女の方は彼女の方で、此れから蹴球フット観戦である。

 〈白金の右脚〉が引退を余儀なくされてから、〈クロムウェルAFC〉は、まぁ何ともかんとも、ぱっとしない。表明を発表した其の脚で、彼氏が〈自殺志願者・支援/防止管理事務所〉なんて所に向かったらしき噂も在れば、とうとう贔屓替えも視野に入れるべきかとも考えたけれど、どうやら今回の試合には、期待の大型新人とやらが出張る予定であるらしい。

 判断は、その彼氏だか彼女だかも分からない誰かの、活躍ぶりを観てからにしよう──そんな想いで、自宅の外へと出ようとした〈ライリィ・ウォーカァ単体〉だったが、(寝室にまで拡散/延長された)配送口に在った打刻紙片パンチカードの中身を見た瞬間、此れからの予定は台無しとなり、軽い幻滅を味わされる。

 既に現地へ赴いていた、/蹴球フット愛好仲間(笑顔がなかなか愛らしい、少し年下の娘だった)からの緊急連絡である其れには、『競技場の芝を刈っていた清掃機械スウィーパァ達が突如暴走し、内部を滅茶苦茶に変え出した/治安維持代役ボットが派遣され、直ぐに事態は鎮圧されたが、修復するには時間も掛かり、今日の試合は延期された』旨が書かれていた──『恐らく〈反逆者ハッカァ〉達の行為と思われる、この様な事態が同時多発的に発生しており、何らかの広報発表が成されるかも知れない。とりあえず家に居た方が良い』等と言う風にも続いていたが、それは彼女にはどうでも良く──排出した打刻紙片パンチカードをペキンと圧し折ると、憂さ晴らしを兼ねて、行き付けの蹴球酒房フットパブにでも向かおうとしたが、残念な事に、玄関の扉は開かなかった。それに関する弁明を、彼女は特に知ろうとしなかったが、羽撃き機械オーニソプタァの喧しい囀り/零頭仕立ての馬車の嘶き/配送口へと積まれて行く、幾つもの打刻紙片パンチカードの重なり等に拠って、大体察しは付けられる。

 そのまま自室へと戻って行けば、再び〈ペイル・ピット〉への観劇に赴く──なんて事は、まぁしないで、そのまま寝台ベッドの上に寝そべった──『妻』の事が心配になったが、悩んだ所でどうしようも無い。彼女は不貞寝をし始める──内に、周囲の喧騒は激しくなるけれど、寝付きは大層素晴らしくて──


(で──折角思い出して頂いたが、〈ライリィ&エマ・ウォーカァ婦妻〉/二人の出番は、此れにてお終いである。お手数でしたが、もう忘れて貰って結構だ)


 そして──


──……で……どうするの此れ……私はどっちでも良い……嘘だけど……──


──……まだです……まだ……まだ大丈夫だと信じていますよ私は……──


──意固地に成るのも分かるけれど……引き際も肝心だよ姉さん達……──


 そして〈唯都シティアリス〉の〈最深部〉から、二番目に深い〈地下階層〉では、〈マザァ〉達三基の仕掛傀儡プレイヤ・パペットが、白黒格子床チェッカータイルの定位置に立って、今後の行方を見守っている──様な段階等、当の昔に過ぎ去って、別の議題へ変わっている。

 内容とは即ち、『計画』中断の是否である──上手く行っていないのか? いいや全然/全く以って。〈飛んで火フライファイア〉だろうと〈燃ゆる蝿ファイアフライ〉だろうと、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉と〈サキシフラガ〉は、/そして数多の〈反逆者ハッカァ〉達は、全員が全員、筋書き通りに動いており、其処から逸脱した者は誰も居ない。

 誰一人として想定を脱しえない、優秀な駒、或いは〈虫〉である彼等の問題は、余りに上手く遣り過ぎている事だった──特定個人の仕業では無い。一つの行いに複数の反応、それが可及的速やかに浸透し、過負荷と成って襲い来る──この『計画』に込められた、四つの意味合いを思い出して頂くとすると、


1.〈太母グランマアリス〉の、実性能を計測し、

 2.〈唯都シティアリス〉の脆弱性を顕として、

  3.(潜在的含む)〈反逆者ハッカァ〉達を炙り出し、

   4.〈永久的なる愚者の偶像グランドマザァ・ハッカァ〉を産み落とす、


 此等の内、『3.』は特に順調であり、〈地下会合アンダーフォーラム〉の連中から、/この機に乗じて地べたから這い出した、哀れで愚かな輩まで、実際に違反を犯したからにはは、大手を振るって取り締まり、拘束する事が可能であった──半数近くが、囮としての代役ボットとは言え、やはり〈反逆者ハッカァ〉は大勢居た。この結果自体には、提案者の〈長母〉も鼻高々であり──けれどもしかし、それ以外の部分、/殊に『2.』に関しては、些か成りとも行き過ぎだった。この状況へと如何に対処するかと言う働きに拠って、『1.』も概ね成功していたけれど、だがそれは、『思ったよりも、実際の限界値は低いらしい』事の判明を意味しており──『脆弱性を顕とする』のは、対処可能な上での話だ。どうにも出来ない問題の顕在化は、やはりどうにも出来ないもので──このまま炎上が進むのならば──(所で『4.』なら、どうとでも出来る。既成事実、その一点こそ大切であり)──


 ──……分かりました……この辺りでそろそろ御暇しましょうか──


 〈次母〉と〈末母〉に挟まれる格好で、〈長母〉は熟考し続けた──撮影鏡カメラ等を通して逐次送信されて来る報告の一つでの、路面機関車停止の、復興予測時間の大幅な遅延を知った時、“彼女”は瞳をすっと見開き、『計画』中断の是否を承認する。三基の意見が出揃った事で、〈三姉妹〉としての総意が決定し、以って最初の発端である、〈ペイル・ピット〉の緊急停止が──成されない?


──……どうなってるの……かちっと押せば済む話じゃないの……──


──しましたとも……ですが此れは……行けない……此れは……──


──……遣られたね……機会タイミングを図られたのか偶然なのか──


 各自各様に狼狽する〈三姉妹〉──『遣られた』と言うのは通達の一つ、/ジョシュ・グレイマンの〈ホワイト・スタッグ〉が、所属不明の人型戦闘飛翔機械に拠って、激闘の末、敢え無く〈撃墜ロスト〉されたと言う事後報告であり──(尚、彼氏と〈従者〉には接点は無い、只の偶然の一致である、いや本当に。〈モノ=クローム〉では無いのだから)──そして『事後』と言うのは他でも無い、何らかの遅延が発生している為で───つまり此れは機会タイミングも抜群の、他の〈唯都シティ〉からの侵犯行為に他成らず────ゴゥン、ゴゥン、ゴゥン、ガキン、と─────

唯都シティアリス〉の最下層で──────歯車の宇宙が不和に喘ぎ───────

〈アリス〉が────────〈太母グランマ〉が─────────幻視的悲鳴を振り絞って─────────────────────────────────

──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────そして見上げれば青い空/白い雲/輝ける太陽が天蓋に張り付き、移ろう事の無い風景を仰がせ、周囲をぐるりと眺めて見れば、白い砂の大地が拡がる──何処までも何処までも何処までも、だ。一度試して見た事があるけれど、どうやら此の地に“果て”は無く、望むのならば、/行うならば、何時までだって歩いて行ける──そうした所で何処へも行けず、延々白亜の平野が続くなら、そんな事をする様な意味も特に無く、試しも『一度』で充分だと言う所だ。

 ──だと言うのに、再び目指そうと思い至るのは、一体どう言う了見なのか? それは彼氏自身/〈行使者プレイヤ〉〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉にした所で、説明出来ない衝動だった──『現実』に於いて、どれ程の時間が経過したのか、拡張された心身では推察する事すら出来ないけれど、きっと夜には違いない。既に午後の九時と迫り、限界時間も近いのでは無かろうか? 十中八九その筈である。で無ければ多分辻褄が合わない──〈行使プレイ〉と〈死亡デッド〉の格子模様チェッカァの末、〈サキシフラガ〉は此処に居る──此処、即ちは〈深層〉に──諸々の『道程』と相次ぐ〈落とし子クリーチャ〉、そして〈首魁ボス〉を乗り越えた──『森』と〈唯都シティ〉と城塞を彼方とする、〈第六層〉が大草原にて、〈首無し騎士と嵐の牝馬〉(の、実際は再現)を、その忠義/忠誠には全く相応しからぬ末路へと導き──栄華残しつつも荒廃が進行する、エリザベス城内の〈第七層〉では、〈ロケット〉の導きに従い廊下を駆け抜け、〈従者〉と〈騎士〉とに囲まれた阿婆擦れ=〈最古の女王エリザベス〉を相手取り、一方的なる嵌め殺しを披露した──続く〈第八層〉/煮え滾る溶岩に覆われた火山では、〈方舟〉に乗り損なった〈恐竜〉の、怨念に満ち満ちた死骸に追い回され、〈忌死の指輪〉(二個目)を失いつつ、〈燃殻の竜骨〉を〈亡骸〉へと変えて──そして〈第九層〉に関しては、『もう二度と御免だ』と繰り返すに留め──迎える〈深層〉の“彼女”相手に、十三度目の神殺しを成し──そして残すは最後の選択/〈筐体ハコ〉の破壊だけなのだが、〈行使者プレイヤ〉はそれを保留とし──延々と、そう、延々と、“何処か”を目指して進んで居る。

 もしも他の〈階層〉であれば、〈ホール〉が確かに在る筈である──下の〈階層〉へと続いている、巨大な竪穴の存在が──だが、此処は〈深層〉/最下層であり、そんなものが在る訳も無い──無い、にも関わらず、操作桿コントローラを握る手は、指は、〈サキシフラガ〉を操作して、白砂の大地を、延々と、延々と──此れは見世物としての行いか? ある意味そうと言えるかも知れない。『瞳』/【の数字】は途方も無く、過去最高の値だった──(彼等がどんな気持ちで観ているかなんて、到底知り様は無かったけれど、)それは暫く上昇し続け、此処に来て概ね安定している。噂は流布され、情報は伝播し、観たいと欲する者は観ている、と、そんな感じの状況か──その内のきっと過半数が、〈深層〉の詳細なんて知りもしないに違いない。そう考えると、それを実際観させて遣ろうと、そんな気分が無い事も無く──だが、それが全てなのかと聞かれたら、違うと断言する事が出来よう。違う──そうでは、無い。誰かの為だとか、何かの為だとか、そう言う理由で在るならば、さっさと〈筐体ハコ〉を破壊して、『十四周目』に行くべきなのだ。『計画』に従い影響を鑑みれば、青い空/白い雲/輝ける太陽に砂漠だなんて景色がずっと続いているだけの〈深層〉等、さっさと通り過ぎてしまい、時間の許される限りに探索行クエストを続け、続け、続け、続け──続けて、それが何になるのか? 途方も無く、/過去最高の値の【功績点】と、知る者ぞ知る名声を得て、有為である事を証明する──それで? それで、そう、お終いなのだ。他には何にも在りはしない。決まり切った法則性パターンと、分かり切った展開を、ウンザリする程に積み重ねても──“何処か”になんて行けないのだ──


 此処まで鬱々と思案した末、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉は不意に悟った。

 自分はこの世界を憎んでいる──この〈唯都シティ〉を、この日々を──其の支配者を──“享楽”── 慈悲の有無等関係無く──その事自体が腹立たしい──


 認識拡張の影響か──その事実に気付き、言語化してしまった其の瞬間、彼氏は吹き出し、笑ってしまった──散々言い繕って居たけれど、詰まる所に結論がそれでは、一体自分は何をしていたのか、と──もっと早くに見切りを付けて、〈反逆ハック〉に協力して居れば──いいや、いや。恐らく、それでは駄目だろう。只単に、違う道筋を行くだけで、結果は多分変わらない──己の固い頭では、こうやって、/こうやって遠回りをして、それでやっと“始めからリスタート”なのだ。其処まで徹底しなければ、一歩を歩む事だって出来なかった筈である。

 だから全ては有為であり──今、成している事だって、有為なのだ。

 〈行使者プレイヤ〉〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉の内なる分身=〈サキシフラガ〉は歩き続ける──次? 次なる場所なんて存在しない。此処こそ“果て”であり、『底』であるなら──だからこそ、とばかりに、進んで行こう。白々しくも拡がる砂地を、薄桃色の三つ編みを靡かせ、只/只管に脚を動かす──そう言えば“彼女”の名称だけれど、〈花〉の名前から取ったのだったか。別の呼び名は〈クモマグサ〉だが、〈ユキノシタ〉ともされている(と、本には記載されていたが、本当の所は良く分からない)──紛いなりにも此の“上”が氷山ならば、実に相応しい名と行いかと、“彼女”の名付け親は呵々と笑う──声に出しての其の笑いは、普段のものより気分が良く、進める指使いも軽やかであり──


 ──そうやって何時まで歩き続けたのか、思い出せない程まで歩んだ時──(振り向くと直ぐ近くには『泉』があって、距離としては全然離れて居ない事が分かる為に、絶対振り向いたりなんてして遣らない内に)──有り得ないものが其処には在った、/否、無かったと言う方が正しいだろう。

 白い砂漠が途切れている──境界が引かれている様にくっきりと、ある地点から砂地では無く──何も、無い。画面モニタを起動させない状態の時の、本当の白亜が拡がっている。それは空の方もまた同じであり、天蓋は途中で断絶され、同様の『白』へと変わっている──〈サキシフラガ〉との距離感は、もう目と鼻の先と言う所で──指を動かす。それが一体何なのか、冷静に考えるならば、答えは明白であると言わざるを得ないけれど、けれど彼氏は冷静では無い──近付くに連れ、自身の腰も上がってしまい、股から伸びる例の管が、最早人には無い〈臍〉の緒の如くと、一緒に付いて来てしまうけれど、そんな事はどうでも良い──

 指を動かす。脚を動かす。何も『無い』が『在る』地点へ──自身も知らない、/『十三周目』の“奇跡”へ向かって──視界全体が、その様に染まる。

 現実から虚構/虚構から現実へと、再び転換するとでも言う様に──


 白、白、白、白──白が溢れ、世に満ちて──

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