16


 まだ恋を知らない頃――

 大人たちの話を耳にして。

 この世の中には、ふたつの恋愛があるのだと思いました。

 愛しあうもの同士の純愛と、駆け引きや打算で生じる偽愛と。

 まるで正反対の愛があるのだと。


 でも、今の私には……。



 まさに言葉通り、セルディ様は私をとても大事にしてくださいます。

 いつも側においてくださり、何かあるたびに優しく微笑みかけてくださり、傍目には誰もがうらやむ恋人同士のよう。

 私は、今……とても幸せ。

 と、同時にとても不幸です。

 あの方は、けして私を愛することがありませんから。

 例えるなら、あの方の私への愛は愛玩動物への愛に似ています。愛するべき人を一気に失って、生きる気力もなくなった。そんな時に心の隙間に迷い込んだ小鳥のように、あの方は私を愛しているのです。

 そこに、責任という言い逃れを加味して、あの方は私にとても優しくしてくださるのです。そして、私も、愛されることはないと知りながら、あの方の優しさに甘んじている。


 この恋は偽物です。

 実に打算的で、ずるくて、自尊心が高くて、妥協的で、汚れているのです。

 私は、やはり辛くて苦しい想いに囚われたまま。


「俺には……ちょっと残念なことだけど……まぁ、どうせアイツが本気になったら、敵わないことだと思っていたから」

 トビは、私がセルディ様と結ばれたことを、とても喜んでくれました。

 でも、セルディ様が「本気」というのは、どう考えてもトビの思い違いです。うつむく私に、トビはそっと手をとり、言ってくれました。

「レサ、心配するなよ。つきあい始めのきっかけなんか問題じゃないさ。つきあいが深まってからこそ、愛ってものは育つものだから。まぁ、そのうち、アイツも正式に嫁さんにしてくれるよ」

 トビがとても優しいので、私は無理に微笑んでうなずきました。


 でも、そうは思えません。


 だって……。

 あの夜以来、私とあの方は、寄り添いあって眠ることはあっても、愛しあうことがないのですから。

 私は、あの方の誠実さを恨みます。

 あの方は、二度と私とシリア様を重ねあわせません。私を私として、まっすぐ見てくださるのです。ですから、おそらく二度と体を重ねることもないのです。

 そして私は――この愛が偽物と知っている私は、あの夜のように愛を求めることはできません。レサがいくらすがっても、あの方は愛さない。愛してはいないけれど、大事にしてくださるのだから。


 タカは、私を避けるようになりました。

 リューマの仲間たちは、皆、セルディ様には敵わない、どうせ種族が違うのだから……と、どこか開き直っていて、この結果に祝福してくれたのですが。

 おそらく「きっかけ」が彼を傷つけたのだと思います。あの日、部屋から二人で出てくるところをはち合わせてしまったから。

 タカは、リューマの仲間たちの中でも、私にもっとも献身的に尽くしてくれていた人でした。彼をどれだけ傷つけたかと思うと、つい自分を重ねあわせ、私も心が痛みました。

 私はタカの気持ちには応えられなかった。セルディ様が私の想いに応えてくれなかったように。

 その意味で、私とタカは似た者同士でもあったのです。きっと、私が不幸だと気がついたのでしょう。

「俺、レサは、もっとセルディにわがまま言ってもいいと思う! してほしいこととか、もらいたいものとか、いろいろ……」

 やっと口を利いてくれたタカの言葉。

「レサは、女神様なんだ! 俺の命を救ってくれたんだ! だから……もっとしっかり幸せになってくれ!」

 

 私も、幸せになりたい。

 もう辛い恋は捨ててしまいたい。

 偽愛に振り回される私は、弱いのでしょうか?

 嘘にしがみつく私は、醜いのでしょうか?


 でも――逃れられない。



 先日、セルディ様はウーレンに向け、出兵しました。

 ほぼ制圧の連絡に、私はウーレンに行くことを決めました。

 少しでも長く側にいて、少しでもあの方の慰めになるのであれば……私はもうどうでもいいのです。


 あの方の愛が偽物ならば、私の愛も偽物です。

 でも……偽愛の中に潜む私のこの想いだけは……真実なのです。



 =偽愛/終=

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偽愛 わたなべ りえ @riehime

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