第2話 不穏
式典は何事もなく無事終わり、報告を済ませ後は解散の流れとなった。
うーん、今日の晩飯はどうしようかなあ。
いつもの飯屋で済まそうか? いやせっかくだし前に気になった別の所でも――ってうぉおおおおああああ!!?
幸せな考え事をしている俺の目の前に、ピローネが猛スピードで突っ込んでくる。その顔は怒りに満ちていた。
辺りに土埃が舞い上がり、俺は思わず顔の前を手で何度も振り払う。
「何だ何だいきなり、びっくりしたじゃないか」
全力で迷惑そうな顔をしてみたが、ピローネはそんなのはお構いなく話を始めようとする。
全く、こっちは重大な考えごとの最中だったというのに。
しょうもない話だったら無視して帰ってやろうかな。
「ルノォォ……貴様、隊長に何か余計なことを言っただろう?」
……。
……む、無視して帰ろうかな。
俺はピローネに背を向け逃走を図ろうと――
「逃げる素振りをした場合返事は肯定とみなす」
――あ、これは無理です。はい。
よく見ると、ピローネは自分の腹を労わるようにさすっている。
俺は頭だったが、あちらはどうやら腹だったようだ。
「さあ~~~? よく分かんないなあ、お前は一体何の話をしているんだ?」
全てを察した結果、とりあえず面倒なのでとぼけてみることにした。
是非とも上手くいってほしい。
「しらばっくれるなよ貴様ァ!! 隊長はな、怒ったらそれはもう恐ろしいのだぞ!!」
チッ、駄目だったか。
ピローネはそんなに恐ろしかったのか、半分涙目になりながら烈火の如く怒り始める。
「隊長の誤解を解くため、貴様は即刻『先ほどの件、本当は私ルノールドが全ての原因であり、ピローネ様に情けなくもかばってもらっていたのです! ピローネ様には何の落ち度もありません!』と元気良くはっきりとした声で報告してこんかァ!!」
「知るかそんなこと! 大体お前が自分だけ助かろうとしているのがいけないんだろ!!」
「そもそも貴様が私にしがみついたのが――!!」
「お前が素直に俺を連れて行けばなあ――!!」
「「……」」
言い争いが起こる直前で、俺とピローネはほぼ同時に沈黙する。
どうやら考えは同じなようだ。
「もう過ぎたことだ。話を蒸し返すのはよそうではないか」
「そうだな。何だか悲しくなってきたよ、俺」
いつのまにか周りの『またやってるよあいつら(笑)』という雰囲気が、ひしひしと伝わってきていた。
今日の俺たちのしたことといえば、ただ遅刻しただけ。これ以上は目立ちたくないのが共通認識だった。
できるだけ静かにしようと思っていると、落ち着きを取り戻したピローネが口を開く。
「ルノ、この後一緒に飯でもどうだ?」
「……ど、どうした? 急に?」
突然のピローネからの誘いに、俺は少し動揺してしまう。
人目のつかないところへ俺を連れこむつもりなんじゃ……?
ついそう疑ってしまったが、ピローネの顔を見るにそれは邪推だったと反省する。ピローネは真剣な面持ちだった。
ピローネとは今まで話をすることは多かったが、一緒に飯を食うなどそれ以上の交流はしたことはない。こうして何かを誘ってもらったのは初めてだ。
そんな俺の反応を見て、ピローネは照れくさそうな顔をする。
「いや何、ここ中央街の料理を私はまだ味わったことがなくてな。ここ担当の貴様なら良い店を知っていると思ったのだ」
――ああ、なるほど。
今にしてやっと、ピローネの目的に当たりがつく。
……人間と魔族の交流、か。
ピローネはあの式典を見て、何か思う所があったのだろう。
彼なりに、人間と魔族の平和のことを考えて、行動に移したのかもしれない。
身近な異種族に食事を誘うとか、で。
「ああ、分かった。近くにあるとびっきり美味い店を知っているんだ。案内してあげるよ」
なら、俺も見習わないといけないな!
「ふっ、そうか。それは楽しみだ」
ピローネの少し嬉しそうな顔に、つい俺も微笑み返す。
何だか少し悔しいけど、心は晴れやかだった。
*
あれから少しして、俺たちは人気のない裏通りを歩いていた。この道は目的地に近道で、更にここらは暗く危険なので、見回りも兼ねているのだ。
……ピローネは空中で寝そべりながら移動しているが。
頭の後ろで腕を組んでおり、俺の目線くらいの高さでちょろちょろしていて妙にうっとうしい。
「なあピローネ、その移動のやり方教えてくれよ。すごく便利そうだし、俺もやってみたいんだ」
ピローネは俺のほうを向くと、呆れた顔で答えた。
「ルノ、貴様この手の魔術に魔法は苦手だろう。貴様には無理だ」
「う、うぐっ……!」
『魔法』とは、人間が扱える特別な力のことだ。
空気中に存在する、魔力の源となる『魔素』を魔力へ変換、そして魔力を消費することでその力を行使することができる。
対する『魔術』は、人型の魔物、つまり魔族が扱う力。
魔族の体内で生成される『マナ』を魔力に変え、同じく魔力を消費して魔術を使うことができるようになる。
大体の人間が簡単な魔法くらいであれば扱うことができる中、俺は生まれた時から常人よりも使える魔法の数が少な……一つもない。
小さい頃から、いくら練習しても魔法の魔の字も発動させることができなかった。魔法以前にそもそも魔素を魔力に変換することに一度も成功したことがない。
ふと、魔法が使えなくて周りから馬鹿にされた小さい頃の苦い思い出が蘇ってくる。
『えー!? ルノって魔法使えないのー???』『魔法が使えないだなんて、野生の猿とかと同じ程度だね』『魔界にいる魔猿は魔法を使える奴もいるから……ルノは猿以下だぜ!!』
『『『ははははは!!!!』』』
いけない、ちょっと泣けてきた。
そんな、ただでさえ人間のみが扱える魔法を使えない俺が、魔族のみが扱える魔術は使えるわけがない。当たり前の話だ。
しかし、俺は諦め切れなかった。
大発見というのはいつだって、誰もが思いもよらないところから現れるものなのだ。魔法だ魔術だと言葉は違えど、その本質は同じ可能性だってある。
それに何より……何より!
俺だって! 手からかっこよく炎やら雷やら出してみたいんだ――!!
「ま、待ってくれ! 確かに魔法すらてんで駄目な俺だが、やってみないと分からないだろう!? 俺だけ何も使えないなんて悲しすぎる!! ちょっとやり方だけでも試しに――」
ピローネの前に立ちはだかり、抗議をしようとした、その時だった。
突然、どこからか大きな声が響いた。
「な、何だ一体!?」
それは、かつての戦争時に嫌というほど聞いた。
――苦痛や恐怖で歪んだ、悲痛な叫び声だった。
「ピローネッッ!」
「分かっている! 急ぐぞルノ!!」
俺たちはすぐさま悲鳴のした方へと駆け出す。
聞いた感じ、距離は近いか!? これならピローネもいちいち空から向かうより走った方が速そうだ!
人が少ない裏通りなのが功を奏したか、この調子だと速く着けそうだった。
くそ、どうか間に合ってくれ!!
……それにしても。
さっきの声、聞き覚えのあるような……?
全速力で駆け抜け、角を勢いよく曲がった俺たちの前には。
「――スケさん!!!!」
一人の人間と、その場に倒れたスケさんの姿があった。
人魔共同戦線 ~敵はチート系異世界転生者~ いんびじ @enpitsu-hb
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