四角い部屋 - Nice to meet you, monotone. #01

アフリ管理区は、その日も雨だった。


この管理区に、滅多に太陽は顔を出さない。巨大サーバーから発する信じ難い量の排熱と、それによる上昇気流、そして山がちな地形のため、一年を通して雨雲の発生しやすい条件が揃っており、ほぼ常時、雲に覆われているのだ。


ソラールは、管理区内の建物を繋ぐ渡り廊下の窓から、四角くトリミングされた、雨で滲む世界を見る。

彼女は人類ではない。彼女を構成するのは、機能美を兼ね備えたパーツの数々と、複数のチップセットにインストールされたオペレーティング・システム。ヘルメット状の頭部、軽いカーボン素材で構成された四肢外装と、それを動かす光ケーブルによって成立する運動器。外装は全体的に青く無機的だが、人類を模し、二足歩行に適した形状。多くの自己矛盾を孕んだ躯体で歩く彼女は、コンセルバーレである。


「参ったな…。」


ソラールは腕を組み、ヘルメット内に展開されたディスプレイを確認し、もう一度人類についての情報を精査し始めるが、得られるデータは同じだ。人類は基本的には理知的、しかし時に突飛で、非理論的。それらの動機も不明瞭で、個体によって全く異なる。性質の一般化が難しい種である、という認識のみが存在した。


ソラールにとって、人類との接点は皆無に等しかった。彼女は人類について記録でしか読んだことがなかったし、既存の"EXPs(経験データ・過去に他の機体が経験したことをそのまま追体験できるデータのこと)"の蓄積も乏しい。なにせ、人類とコンセルバーレの交流が最も活発だったのは、"EXPs"がデータベース化される前の時代なのだ。


「不確定要素が多すぎる。オルメテウスに情報解析を依頼しておくべきか…。」


ソラールは、オルメテウスと呼んだ別のコンセルバーレに対し、人類に関するEXPsの解析依頼を送る。コマンドを入力するまでもなく、思考がそのままデータ化され、ネットワークを経由してすぐに対象へ送信される。


彼女に課せられた任務は、管理区に住む、空坂陽依という少女に旅をさせることだ。彼女は5年前に、記憶を失った状態で管理区近くの森林で、衰弱しているところを保護された。以後、この区画で暮らしている人類である。年齢は不詳だが、保護時に13歳と推定された。自然言語は使用可能、意思疎通も概ね問題ない対象であるが、出生に関する情報については何も記憶していなかった。

この管理区に保護された人類が住まうことは、何も珍しいことではない。人類の保護事案は、一年に数回はあることだ。現在は、管理区内の指定セクションに20名前後の人類を住まわせている。もちろん、中には区画を出て、人類のコミュニティへ戻る者もいる。定住か非定住か、それは個人の自由に委ねられているのだ。ただ、陽依には記憶が無く、もともと属していたコミュニティは不明だった。


「だから、旅をしてこの子の出生を辿れ、というわけか。或いは、ヒントを探れ、かな。」


渡り廊下を抜け、居住棟へ足を踏み入れる。殺風景な白い壁に、黒い床面の廊下が続く。白い壁には、等間隔で扉が設けられている。足元を照らす白色LEDが、蛍の光のように柔らかく明滅し、目的の部屋までの順路を示す。その光を辿り、ソラールは音もなく歩みを進める。何度か廊下を曲がるが、景色はほとんど変わらない。


ソラールが部屋に入ると、空坂陽依は既に待っていた。白い壁に、白い床の部屋。中央にはグレーのテーブル、その上には銀色のタブレット。入口から見て正面の一番奥には、丸い小窓が三つ並んでおり、そのうち中央の窓辺に置かれた黒椅子に、陽依は静かに座っていた。


窓の外を見る陽依の視線の先には、降りしきる雨。


初対面の人類には、声を掛けて会話開始の意思表示をする必要がある。人類に関するデータベースで得た情報に従って、ソラールは「やぁ。」と声を掛けた。


「…はじめまして。」


陽依は、ソラールの方向を見ずに、そう答える。彼女は無表情のまま、窓の外を眺めている。

雨粒は絶え間なく、万物を濡らしている。


「雨が好きなのかい?」

ソラールは陽依に近づきながら、問いを投げかける。

「…嫌い。」

やはり窓から目を離さずに、陽依は答える。

「それでは、何故眺めている?」


「晴れて空が見える瞬間を、見逃したくないから。」


これがソラールと、空坂陽依の馴れ初めだった。

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ソラールの四角い旅 タマキハジメ @Hazym_Tamaki

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