第12話 その先にある絶望

 銀髪の少年が引き金を弾くたび、薄暗い地下線路が照らされ、その有様を露わにする。

 八坂蓮の見た限り、この地下車輌基地にある電車はその全てが経年劣化や故障などの理由で廃棄されたもののようだった。

 なかには、どうやって壊れたか想像もつかない、ほぼ直角のようにして折れ曲がった車体もある。

 あれはいったい。

 だがその考えにばかり没頭していられない。眼前で繰り広げられる死闘も、どうやら佳境の様子。


 銀髪の少年による、遠間からの発砲はあくまで牽制と威嚇、なんとこの男は接近しての蹴撃の応酬から、間合いのとれない近接距離での射撃を試みる。

 だがこれが功を奏した。銃口を胴体に押し当てられての射撃では、かような達人であれ回避は難しく。

「くっ、」

 初めて八雲が苦渋の色を表情に乗せた。

 すんでのところで身をよじり、激発音、コートに穴が空く。焦げた匂い。間一髪。

 そう。この銀髪は銃火器を近接距離で用いる戦い方を身につけた、対異能者戦闘のエキスパート。

 並の異能者であれば近づく間もなく倒すこともできるが、八雲のような怪物級が相手となると、この少年は銃火器の間合いにこだわらず、自ら近づくことを選択する。

 その理由は二挺拳銃の持つ特性、破戒と束縛を司る礼装にある。

 あらゆる概念を打ち破る秩序破壊・対象独立インディペンデンスと、相手が何であれ一定のルールに束縛させてしまう神聖十字戒テン・コマンドメンツ

 二つを組み合わせた戦術の幅は、例え三十度もの戦闘を経ても八雲に底を見せることはない。

 そのようにして互いに噛み合うスタイルのまま、拳と蹴り、そして投げ技も交えて苛烈を極めていく。

 だが何故だろうか。確かに性格の相性から嫌い合う二人だが、その表情の端々に、どこか楽しそうな愉悦が覗くのは。

「ハッ、まったく、埒があかねえな」

 銀髪が吐き捨てる。刀の先端をかすめたか、片眼の上から血が流れ、眼に入ったようだ。

 八雲も同感というように、刀を地面に突き立てる。

「相変わらず、面倒な奴だ。ますます厄介になった」

 肩で息をしながらの強がりだが、これもまた、彼らなりの流儀。

 自分より弱くなったら、即座に殺す。

「お互い様だ、言ってろ。とりあえず、まだ〈呑まれて〉はないようだな。お前」

「わざわざこんな場所まで、そんなことを言いにきたのか。余計な世話だ」

 国津八雲の危うい点。

 それは強力な異能を扱うことでなく、怪異を内に秘め、それと共存している点である。

 ダブルトリガーは怪異狩りを生業とする、裏稼業の探偵だ。

 八雲のように生まれながら怪異を内に秘める人間は世界でも希少な例だが、後天的に怪異を宿してしまった人間は実のところ、珍しくない。

 それは伝承に語られるような〈呪い〉だったり、祟りであったり、土地神の怒りであったり、様々。

 だからこそ、彼はそれを鎮め、祓い清める手段を持つ。

 そしてだからこそ、八雲のような危険分子を放っておくわけにはいかない。

「違うっての。わかってんのか。怪異それを信じるな。いつ、人間に牙を剥くかわかんねえ代物だ。お前は爆弾を抱えて歩いてんのと同じなんだよ」

 それが爆発した時のことを考えろ、と。

「そういうセリフは聞き飽きた。それで、お前がここまで来た理由はなんだ?」

 双方、溜め息をひとつ。

「大和の〈落とし物の中身〉は霊脈と同化した。もう回収するのは無理だ、諦めろ」

「同化? 同化だと? あれは――」

「システム・ノスフェラトゥ。永劫回帰を続ける不死の血族。例え滅びても、世界のどこかで必ず次代の吸血鬼が目覚める人類絶滅ゼノサイドプログラム。そうだな? 〈竜巻トルネード〉」

「……自力で調べたのか?」

「俺じゃない。〈妹〉だ」

「そうか。まあ、おおむね正解と言っておこう」

 それを、どう形容したものか。

 秘密をあばかれた八雲のばつが悪そうな表情と。

 挑むような視線を背後から投げる、八坂蓮の表情。

 人類を絶滅させる、自然発生型の怪異。根絶することは不可能であったため、特務機関大和で永久に凍結封印するはずだったプロジェクト。

 これは、その極秘計画が外部に漏れたことを意味する。

 ダブルトリガーは全て理解したうえで、国津八雲を止めにきたのだ。

「お前がもたもたしてたせいで、もう事態は引き返せねえところまで進んだぞ。この疫病神め」

「……そうだな」

「霊脈との同化で、最強の怪異である吸血鬼が目覚める。母体ベースはお前のところの魔女の姉だ」

 ――そうして。

 銀髪の少年は、その問いを投げる。

「――殺せるのか? お前」


    *    *    *


 ひとつ、昔話をしよう。

 十年前、ひとりの少女がいた。その少女は他人と違う力があった故、両親に〈悪魔〉と言われて暴力を受け、街中から迫害を受け、ついには一家心中に巻き込まれた子供の話だ。

 少女には姉がいた。優しく、いつも自分の手をひいて導いてくれた姉。

 少女が困った時も、他人と違う力があると解った時も、両親から暴力を受けた時も、迫害を受けた時も。

 ずっと傍にいて、守り続けてくれた姉。

 少女は姉と一緒にいられればよかった。ただそれだけで、この世界に生きている理由が出来た。


 もう解っただろう。

 少女、否、災厄の魔女ミシェール・ベルクリストの至上命題は、この姉を探し出すこと。

 残された最後の家族を見つけだすことが、彼女が取り戻すべき〈生きる理由〉そのものである。


    *    *    *


 答えられず、八雲は視線を地下鉄の闇に投げる。

 ダブルトリガーは、なおも続けた。

「ここの地下には〈龍穴〉がある。そこに流れていったと考えるのが妥当だよな。じゃあ、〈龍穴〉はどこにあると思う?」

 これに答えたのが、今まで後方に下がっていた八坂蓮の鋭い声。

「……八坂城、ですか」

「そうだ。そして、事態の究明と解決を急ぐように政府からお達しも出た」

 ついさっきだ、と。

 瞠目する八雲。銀髪の少年と視線が絡む。

 もう、特務機関大和では手に負えないと判断された?

「怪異による災害を、問答無用で鎮静化させる人間をこっちに寄越す、だとよ」

 それが意味するところは明白だ。

 人間の歴史を紐解けば、すぐに解る。

 人は、手に負えない災害に遭遇した時、それを神々の怒りになぞらえ、祈りを捧げてきた。

 そして、この日本という国は昔から万物に神々が宿るとして〈八百万ヤオヨロズ〉という神を崇め、奉ってきた。

 では、そうした神々の怒りを鎮めるのに何が用いられたか。

人身御供ひとみごくう

 それは怪異とて例外なく。

 〈その人物〉は己の内側に神を留め、楔として生き続ける宿命を背負った少女。

「聖天子陛下……鴇之宮夜ときのみや よるが……」

 彼の幼馴染みであり。戦う理由であり。生きる希望としてのよすが。

 守るべきその少女を、再び矢面に立たせないために、強さを求め、戦ってきたというのに。


 地獄の窯がその口を開ける。


 ミシェールの姉を殺すのか。それとも、心を壊した聖天子を再び生贄とするのか。

 最悪の選択が、眼前に横たわったのを感じて。

 国津八雲は、深く眼を閉じた。

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夜明け前の復讐譚《ヴェンデッタ》 デン助 @dennsuke

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